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そう言うと、アラベルはエントランスの階段を嬉しそうに駆け上がろうとしたが、三段ほど登ったところで立ち止って振り向いた。そして、アリエルを潤んだ瞳で見つめる。
「お姉様、今後オパール様がお姉様をお茶に誘うことがなくなってもがっかりなさらないでね? お姉様が素敵な人だって私だけは知ってますわ」
それだけ言うと呆気に取られているアリエルを置いて、アラベルは部屋へ戻っていった。アリエルの横に立ってそれを見ていたアンナは苦笑した。
「アラベルお嬢様は、本当にいつも天真爛漫でいらっしゃいますね。さぁ、お嬢様も早くお部屋へ戻りましょう。これからルーモイに持っていくドレスなどの準備をしないといけませんしね、それにしても、湖だなんて私は初めてですからとても楽しみです!」
楽しそうにアンナはそう言ったが、アリエルはもしかしてオパールがルーモイの別荘にアラベルも招待したのではないかと思い、複雑な心境だった。
夕食の席でアリエルは両親に報告した。
「来週なんですけれどハイライン公爵令嬢の別荘に招待されたので、そちらで過ごすことになりそうです」
するとフィリップは微笑んだ。
「アリエル、素敵な友人ができたのだね。行ってくるといい」
「お父様」
アラベルが口を挟む。
「アラベル、どうした?」
「実は私もオパール様にお手紙で誘われたのです」
それを聞いてアリエルはがっかりしていた。そんなアリエルを気にする様子もなく、アラベルはアリエルをチラリと見るといった。
「でも、あの、その……」
「なんだ、アラベル。はっきり言いなさい」
フィリップにそう言われ、アラベルは意を決したように言った。
「エルヴェが……あの、殿下が毎日一緒に過ごしたいと仰るので行くことはできませんの」
フィリップは驚いて答える。
「アラベル、それは本当のことなのか?」
するとアラベルは恥ずかしそうに頷いた。アラベルと離れられると思ったアリエルは訝しんでいるフィリップを説得するように言った。
「お父様、よろしいではありませんか。とても素敵なことですわ」
「いや、殿下と過ごすことに私も異論はないのだが……」
「では決まりですわね。アラベル、ハイライン公爵令嬢には私から伝えておきますわね」
そう言って微笑むと、アラベルは慌てたようにひきつった笑顔で答える。
「自分で手紙を書くから、アリエルお姉様は何も言わないでよいですわ」
「そう。ならいいけれど」
そう答えるとなぜかアラベルは少し悔しそうな顔をしたが、アリエルはそんなアラベルににっこり微笑むとこれで来週からアラベルの顔を見なくて済むと安堵した。
別荘に誘われるぐらいなのだから、翌日からアラベルもオパールのお茶に誘われるのではないかと心配したが、予想外にアラベルはオパールに呼ばれることはなかった。
「私はエルヴェとお出掛けすることになってますから、オパール様も遠慮して誘わないのですわ」
お茶に呼ばれたのか質問するアリエルに、アラベルは頬を染めながらそう答えた。アリエルはほっとするとオパールとルーモイの別荘に行くことを心待ちにした。
翌日、フィリップがアリエルに優しく微笑むと言った。
「公爵令嬢からの正式なお誘いなのだから、それなりにドレスを準備しなければならない。それに、お前はほとんどドレスを待っていないではないか。この際だからドレスを買い足しなさい」
そう言って急遽ドレスの準備をするよう商人を呼びつけてくれた。
「お父様、私はそんなにドレスは必要ありません。私にばかりではなく、アラベルにもドレスを作って上げてください」
ドレスを買ってもらったとアラベルに知られては、嫉妬で何をされるかわかったものではなかったのでアリエルは慌てた。するとフィリップは苦笑する。
「アリエル、お前は妹思いだね。大丈夫、アラベルのことは心配する必要はない。安心して自分のことだけ考えなさい」
フィリップはそう言ってくれたが、準備中アリエルはやはり不安になった。ルーモイに出掛ける準備をしている間アラベルが何度かアリエルの部屋を覗きに来ては、準備されているドレスをじっと見つめていることがあったからだ。
アリエルはなにかされるのではないかと気が気ではなかった。
そんなある日アラベルは何を言うかと思えば突然、目に涙をためてこう言った。
「お父様もアリエルお姉様の方が大切なのですね……」
アリエルは半ば呆れながらも答える。
「あら、貴女は殿下とお出掛けになるのでしょう? 殿下とお出掛けすると言えばお父様はドレスぐらい新調してくれますわよ?」
アリエルはそう答えると、実際に前回のアラベルを思い出していた。アラベルはアリエルに見せつけるようにエルヴェに誘われているからとよくドレスを新調していたものだった。
だから今回もアラベルはアリエルに対抗するようにドレスを新調するだろうと考えたのだが、アラベルは予想に反してアリエルの部屋へ来ては恨みがましくアリエルを見つめるだけだった。
そんなアラベルを見てベルタが見かねて注意した。
「アラベル、惨めなことはおやめなさい。伯爵家の令嬢としてそんな行動は品位に欠けています。それに、貴女はお父様に大切にされていないとでも言うの? そんなことを言うのはお母様だって許しませんよ?」
するとアラベルは酷く傷ついた顔をして言った。
「お母様……酷い!」
アラベルはそう呟くと自室へ戻っていった。ベルタは困ったように微笑んだ。
「あの子、本当はハイライン公爵令嬢に誘われていないのではないかしら? だから貴女が羨ましいのね。しょうのない子ね、でも甘やかす訳にはいかないし放っておきましょう」
そう言うとアリエルが持っていく物の選定を手伝ってくれた。
ルーモイにいく当日、荷物を馬車に積み込み家を出る段階になってもアラベルはお見送りに出てこなかった。外へ出てアリエルがアラベルの部屋を見上げると、カーテンの隙間からアリエルを見下ろすアラベルと目があった。
アリエルがアラベルに微笑むと、アラベルは不機嫌そうにカーテンをピシャリと閉めた。
ベルタが言っていたとおり、アラベルはオパールに誘われなかったのだろうと確信した。その上、アリエルはアラベルとエルヴェが出掛けると言っても悔しがる事もない。それがアラベルにとって余計に気にくわないのではないだろうか。
そんなことを考えるとアリエルは少し胸のすく思いがした。こうしてアリエルは両親に見送られホラント家を後にした。
ルーモイの別荘に着く頃にはすっかり日が傾いていた。ずっと馬車に乗っていたので、別荘に着くとアリエルは端ないと思いながらも両手を上に上げ思い切り伸びをした。すると背後から突然抱き締められる。
「お姉様、待ってたんですのよ!」
オパールだった。アリエルは自分のお腹に回されたオパールの腕をギュッとつかむと答える。
「私もオパールに会いたかったですわ。それに今日をとても楽しみにしていたのですよ?」
背後から顔を除かせてオパールはアリエルに訊く。
「本当? 本当にお姉様も今日を楽しみにしてくれてましたの?」
「もちろんですわ。今日からは夜も朝も一緒ですわね」