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第320話 生きている痕跡
【現実世界/警察関連施設・臨時合同分析室】
朝から、日下部の机の上には紙の資料が積み上がっていた。
電気料金。
医療用酸素の納入記録。
特殊保存液。
空調設備の保守契約。
非常用発電機の点検記録。
さらに、一般家庭や普通の事業所ではほとんど使わない交換用フィルターの購入履歴。
どれも単独で見れば、それほど不自然ではない。
病院なら酸素を使う。
研究施設なら特殊な液体も扱う。
大きな建物なら非常用発電機がある。
だが。
それらが同じ場所へ、何年も途切れず運ばれているとなれば意味が変わる。
日下部は三つの画面を並べた。
「やっぱり、会社名から追うよりこっちですね」
木崎が紙コップのコーヒーを持ったまま近づく。
「何件まで減った」
「最初は二百七十三です」
「多いな」
「湾岸地区全体から拾ったので。そのあと医療設備、地下区画、長期電力使用、閉鎖または休業中の施設って条件を重ねて、三十一」
「で?」
「ここからが本番です」
日下部が画面を切り替えた。
三十一件の一覧。
その横に。
電力。
酸素。
保存液。
設備点検。
廃棄物。
項目ごとに印がついている。
「表向き閉鎖してるのに電気だけ使ってる場所は結構あります。倉庫とか、サーバー室とか、保管施設とか。でも」
一件を拡大する。
「この建物、三年前に営業終了してるのに、医療用酸素の納入だけ続いてる」
木崎が眉を寄せた。
「病院じゃねえのか」
「元は再生医療系の研究施設です」
「元は?」
「今は会社ごと清算済み。登記上は空き施設です」
城ヶ峰が別の机から振り返った。
「所有者は」
「二回変わっています。最初の会社が閉鎖したあと、不動産管理会社へ。その半年後、別の資産管理会社へ」
「実体は?」
「ほぼありません」
日下部が二つの会社名を表示する。
所在地は貸し事務所。
代表者は別会社の役員と重複。
従業員数は不明。
電話番号もすでに使われていない。
木崎が鼻で息を吐いた。
「いつものやつか」
「はい。ダミー会社の可能性が高いです」
城ヶ峰が画面へ近づいた。
「クロスゲートとの繋がりは」
「直接は出てません」
日下部はそう答えてから、もう一つ資料を開く。
「でも間接的にはあります」
表示されたのは保守会社だった。
空調。
地下設備。
生命維持装置。
特殊冷却。
それらの点検を請け負っていた業者。
「この会社、以前クロスゲートの地下研究区画でも仕事をしています」
木崎の目が細くなった。
「それを先に言え」
「今確認取れたところです」
「じゃあ、一件目はかなり濃いな」
「はい。ただし、まだあります」
◆ ◆ ◆
二件目は、湾岸倉庫街の外れにある低温保管施設だった。
表向きは医薬品や研究試料を保管するための建物。
現在も会社自体は存在している。
だが。
取扱量に対して電力使用量が多すぎた。
「これ、冷凍設備じゃないのか?」
木崎が聞く。
「最初はそう思いました。でも温度記録がおかしいです」
日下部がグラフを出す。
一定の低温を維持する冷凍倉庫なら、季節によって電力消費は多少変動する。
だがこの施設にはそれとは別に
年間を通してほとんど変わらない基礎消費があった。
「地下です」
「分かるのか」
「建築時の古い図面が残ってました」
地上二階。
地下二階。
ただし。
現在の管理資料では地下二階が消えている。
城ヶ峰が聞く。
「改築か」
「その記録がありません」
木崎が顔をしかめる。
「図面から階が消えるのかよ」
「書類上では」
日下部は別の資料を重ねた。
さらに。
同じ施設へ年に数回
医療用の保存液と循環装置用フィルターが納入されている。
「医薬品の保管に、これ要るか?」
「普通はいりません」
木崎が画面を見る。
「二件目」
日下部が頷いた。
◆ ◆ ◆
三件目。
こちらはさらに妙だった。
海沿いに建つ、旧生体研究センター。
十年以上前に一部閉鎖。
その後、施設の大半は使われていないことになっている。
だが。
完全閉鎖ではない。
敷地の一角だけ
保守管理が継続している。
「電気は?」
城ヶ峰が聞く。
「少ないです。だから最初は除外しかけました」
「なら何が引っかかった」
日下部が一枚の請求記録を出した。
非常用発電機。
燃料交換。
定期始動。
バッテリー交換。
年二回の負荷試験。
「使ってない施設で、非常用発電機だけこんなに維持する必要あるか?」
木崎が聞く。
「普通はありません」
「停電して困るものがある」
城ヶ峰が静かに言った。
日下部が頷く。
「それも、数分止まるだけで困る何かです」
三人とも。
同じものを想像した。
生命維持装置。
木崎が腕を組む。
「三件か」
「現時点では」
「榊原梓がいる確率は?」
日下部は首を振った。
「数字にはできません」
「そうだな」
城ヶ峰が答える。
「まだ『人間を長期間維持している可能性がある施設』までだ」
「はい」
「身体が梓だとは限らない」
その言葉で
部屋の空気が僅かに重くなる。
これまでに
身体と意識を切り離された人間は
榊原梓だけではない可能性が出ている。
地下施設で見つかった
身元の分からない遺体。
カシウスたちが行ってきた実験。
一つの身体だけを探しているつもりで
別の何かへ辿り着くこともあり得る。
木崎がコーヒーを飲み干した。
「だから全部行く」
城ヶ峰が見る。
「順番は」
「濃い順」
日下部が画面を見直す。
「一件目。旧再生医療研究施設」
「次」
「低温保管施設」
「三件目が旧生体研究センター」
木崎が立ち上がった。
「捜索令状の材料、揃えろ」
「もうまとめてます」
「早いな」
「そう言うと思ったので」
城ヶ峰がわずかに笑う。
「日下部も慣れたな」
「慣れたくはないですけどね」
◆ ◆ ◆
【現実世界/雲賀家・午前】
匠は、警察から送られてきた三つの施設情報を黙って見ていた。
テーブルの向かいにはハレル。
隣にサキ。
ハレルの胸元では
カメラ型の主鍵が淡く光っている。
榊原梓との繋がりは、まだ切れていない。
「この三つ?」
ハレルが聞く。
「ああ」
匠が答える。
「今のところ一番可能性が高い」
サキが画面を覗く。
一件目。
かつて再生医療を扱っていた施設。
「ここ……閉まってるの?」
「表向きはな」
「でも中では電気とか使ってる?」
「そういうことだ」
ハレルは三件を見比べた。
どれも写真だけなら
人ひとりが眠っている場所には見えない。
一件目は古い研究棟。
二件目は無機質な倉庫。
三件目は雑草の増えた研究施設。
「こんなところに……」
ハレルが呟く。
匠は何も言わなかった。
十分あり得る。
むしろ人間を隠しておくなら
誰も人がいると思わない場所の方が都合がいい。
サキが聞く。
「榊原さんには言う?」
匠は少し考えた。
「候補が出たことまでは伝えていい」
「場所も?」
「まだだ」
ハレルが父を見る。
「何で?」
「外れた時の負担を増やしたくない」
匠は画面を閉じる。
「それに、見つけた施設が安全とも限らない」
ハレルは主鍵へ触れた。
「でも、探してることは伝えたい」
「それはいい」
少し間。
「ただし、見つかるとは言うな」
「分かってる」
ハレルは主鍵を掌で包んだ。
強く握らない。
呼びつけない。
ただ向こうへ声を送る。
「榊原さん」
主鍵が淡く揺れる。
「身体を探してます」
返事はない。
「まだ見つかってないです。でも、候補が三か所まで絞れました」
もう一度。
光。
「だから」
ハレルは少し考え。
「もう少しだけ、探させてください」
主鍵の奥で
細い光がゆっくり巡った。
サキがそれを見る。
「聞こえてるかな」
「たぶん」
ハレルは答えた。
「聞こえてなくてもいい。見つけてから、もう一回言う」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
榊原梓の光が
僅かに揺れた。
言葉として返すほど
まだ安定していない。
それでも。
現実側から届いた情報は
深い層まで流れ込んでいる。
《候補施設・三》
深層Cの観測領域に、現実側から共有された情報が反映される。
白峰律はその表示を見た。
一件目。
旧再生医療研究施設。
その名称を見た瞬間表情が変わった。
「……そこ」
カシウスが白峰を見る。
「知っているのか」
白峰はすぐには答えない。
建物の外観。
旧企業名。
所在地。
記憶を確認する。
「榊原さんを最初に保存した施設ではありません」
「なら関係ない」
「いいえ」
白峰は画面から目を離さなかった。
「私が身体をあなたへ預ける前、移送先候補として見せられた施設の一つです」
カシウスは何も言わない。
白峰が続ける。
「最終的には使わないと聞きました」
「そうだったか」
その答え。
白峰の目が細くなった。
「覚えていないんですか」
「必要のない記録は保持していない」
「あなたは保持していなくても、私は覚えています」
白峰は一件目の情報を見る。
「地下に生命維持設備があった」
そして。
カシウスを見る。
「榊原さんを動かしたのは、あなたです」
沈黙。
梓の光が僅かに強くなる。
白峰は言った。
「そこにいるんですか」
カシウスは答えない。
それだけで。
白峰には十分だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界/臨時合同分析室】
日下部の端末へ新しい情報が届いた。
異世界側。
匠経由。
白峰律からの情報。
《旧再生医療研究施設》
《過去に生命維持設備あり》
《榊原梓・移送先候補として検討歴あり》
日下部が椅子から立ち上がった。
「城ヶ峰さん」
「何だ」
「一件目」
木崎も振り返る。
日下部は画面を二人へ向けた。
「白峰が知ってます」
城ヶ峰の目が変わる。
「どこまで」
「榊原梓の身体を移す候補だった施設だそうです」
木崎がすぐに言った。
「確定じゃねえ」
「はい」
城ヶ峰は施設情報へ目を戻した。
「第一候補にした判断は間違ってなさそうだな」
日下部が頷く。
「はい。偶然設備が残っているだけ、という可能性はかなり下がりました」
木崎が上着を取った。
「なら、まずここだ。行くぞ」
日下部が確認する。
「令状は」
「急がせろ」
「分かりました」
城ヶ峰は画面に残る施設写真を見た。
海沿い。
古い研究棟。
正面入口には閉鎖を示す板。
人がいるようには見えない。
それでも電気は流れている。
酸素が運ばれている。
フィルターが交換されている。
非常用設備が維持されている。
誰かがそこを止めないように。
ずっと
金を払い。
物を運び。
機械を動かしている。
城ヶ峰が低く言った。
「人間を隠せても」
木崎が見る。
「何だ」
「生かしてる痕跡までは、全部消せない」
画面の施設写真に赤い印がついた。
第一捜索対象。
旧再生医療研究施設。
榊原梓の身体へ。
初めて。
現実の場所から伸びる線が一本。
はっきりと繋がった。
コメント
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うわああああ第320話読んだよおおお!!😭✨ やばいやばいやばい!!ついに榊原梓さんのいる場所に迫ってきたね…!!日下部たちの調査シーン、めっちゃかっこよかった!!ダミー会社とか段階を踏んで絞り込んでいく感じがもう完全に本格捜査モノで胸熱だった🔥 特に「生きてる痕跡までは隠せない」って城ヶ峰さんの台詞、エモすぎて痺れたよ…!!ずっとずっと冷たく保管されてた梓さんの身体への道筋が一本に繋がった瞬間、鳥肌立った😭💕 ハレルが主鍵通して梓さんに「探させてください」って伝える場面も優しくて泣ける…まだ見つかってないけど、もうここまで来てるから絶対届くよな…!!次回が待ちきれないよ〜!橘先生いつもありがとうございます!!🌸✨