テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
この物語にはキャラクターの死や心の揺れを含む描写があります。
夜の空はどこまでも澄んでいて、星すら瞬いていない。
けれど、この夜には、何かが違う――妙な、異質な静けさが張りついていた。
イロハの故郷、月見の森。
今はもう“森”と呼べる景色はなく、そこに広がっていたのは、焼け焦げた大地と、黒くすすけた木々の亡骸だけだった。
疲れてた。正直、限界だった。
エージェントとの戦い、リアスとの遭遇、試作体実験の真実。
そして――イロハの“友達”が生きているかもしれないという希望。それと同時に、突きつけられた過去。
ほんの一日で、俺はこの世界の裏側を嫌というほど見せつけられた気がして、正直、心のどこかが擦り切れそうだった。
そんな時にイロハが、「一度休みませんか?」と言ってきて、今に至る。
隣ではイロハが静かに腰を下ろし、焦げ土に手をついた。
「……ここに来ると、精神が統一される」
俺は一歩遅れてその場に座る。
月見の森というより、今はただの“跡地”にしか見えない場所だったけど、確かにここには“空気”があった。
静かすぎて、音すら吸い込まれるような、不気味なほどの静寂。
「……なんか、前に来た時は気づかなかったけど……静かだな」
「だって、ここは“聖域”だもの。壊れかけているけど」
“聖域”。それにしては、あまりにも無残すぎる光景だった。
俺の視線の先では、イロハがぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
その姿が一瞬だけ、心細さに震える“子ども”のように見えて、何も言えなくなる。
そして、ぽつりと――イロハが語りはじめた。
「……私はこの森で、フユリとよく散歩した。お母様には、“静寂を継ぐ者”として色んなことを教わった。命の重み、運命の選び方も」
俺は黙って隣に腰を下ろす。
何か言葉を返したかったけど、今だけは、沈黙のほうが正しい気がして。
ただ、語る様子を眺めるだけ。
「……修行は厳しかった。でも、フユリがいたから。あの子、うるさくて、よく話しかけてきたの。最初は煩わしかったけど……今は、すごく恋しい」
イロハは焼けた森を見つめながら、遠い昔を追うように静かに言葉を紡ぐ。
「そういえば、お母様……夜眠れない時に、子守唄を歌ってくれてた」
「……どんな歌?聴かせてよ」
俺がそう聞くと、イロハは目を逸らして、沈黙する。
「良いのですか?……歌はあまり得意ではないのですが……」
「大丈夫だよ、聞かせてよ。」
イロハはゆっくりと目を閉じ、静かに息を吸って――
そして、歌い出した。
静かな月の夜 やさしく照らす
そっと手をとり 夢へと誘う
願いの灯火 風に揺れたら
詩うは静寂、刃は月光
それは祈り 救い 受け継ぐ想い
そして 永遠の別れ
世界を静寂で 包んでおくれ
その歌声は、まるで夜そのものに溶けていくような……なんていうか、ものすごく美しい。
言葉にできない、あたたかくて、それでいて胸が締めつけられるような響きだった。
俺は、ただ空を見上げるしかなかった。
「……いい歌だな。でも……“永遠の別れ”って、ちょっと寂しいよな」
「……生きている者は、いつか必ず、永遠の別れを経験するものよ」
イロハのその言葉に、俺は思わず――呟いていた。
「……ああ、そうだな。みんな、いつかは」
イロハが目を見開く。その顔が、ほんの少しだけ驚いたようで。
……そんなに意外だったか、俺がそう言ったの。
――その時だった。
ドンッ――!
地響きと爆風が襲った。焼け焦げた大地が爆ぜ、炎と瓦礫が舞い上がる。
すぐ隣で、イロハが咄嗟に頭を抱えるのが見えた。
「っ……イロハ!!」
俺は迷わず、身体を盾にするように覆いかぶさった。背中に衝撃と熱が走る。
その勢いで、イロハが抱えていた白猫のぬいぐるみが――空へと飛ばされ、そのまま地面に落ちた。
「イロハ、大丈夫か!?」
「……ええ。でも……レンからもらった、ぬいぐるみが……!」
「それより!?……お前、自分の命よりそっちが大事なのかよ!?」
けれど、イロハの目は真剣だった。
いやいや、ただのぬいぐるみだろ?どうしてそこまで……
その時だった――
夜の空に、笑い声が響いた。
「……あーあ、爆発させてイロハを消そうとしたのに、失敗か。まぁ、いいや。あの二人に消してもらおう」
声の主が現れる。ふわりと浮かぶ白い影。
無重力のように空を舞うその姿は、どこか夢のように……けれど、悪夢のように現実だった。
リアス・ネムリエ。
「……リアス」
イロハが低く名前を呟く。その声には怒りとも恐怖ともつかない感情が混ざっていた。
リアスは、指を鳴らす。
その瞬間、空間が軋むように裂け――そこから、二つの影が姿を現した。
「紹介するわ。うちの可愛い幹部たち、ヒバルとシス」
子どものような見た目。けれど、目は……異様なほど冷たかった。
「ヒバル、シス。壊しちゃっていいよ」
「はーい!リアス様〜♪」
「了解です、リアス様」
俺はその様子に、半ば呆れたようにぼやく。
「……なんで、観測機関の長といい、幹部といい、こんなガキばっかなんだよ」
「こら、レン。“ガキ”なんて言葉、品がありません」
イロハが小声でたしなめてきた。珍しいな、いつもは黙ってるだけなのに。
その瞬間、リアスの目がギラリと光った。
「……お前のほうが、よっぽど子供っぽいわよ?」
低く、笑うように。でも確かに、怒っていた。
あ〜、やべぇ……怒らせちゃダメな感じだった……?
リアスは、手を広げる。
「さぁ!ヒバル、シス。あの二人――“決別”させなさい!」
「了解。兄さん、いくよ」
「うん、シス!叫んでくれた方が、楽しいしねぇ〜♪」
決別……?どういうことだ?
そんなことを疑問に思っても、考える時間なんて一秒もなかった。
空間が引き裂かれるような音が響き、次の瞬間、強烈な重力に身体が引き寄せられた。
いや、待って!何が起きてるんだ!
「……っ、イロハ!!」
「レン……!!」
目の前で、イロハが引き裂かれていくように、空間の向こうへ引きずられていく。
俺は手を伸ばした。けど――届かなかった。
俺は吸い込まれる直前、あるものを見た。
その場に、ただぽつりと落ちている、
イロハがずっと抱きしめていた白猫のぬいぐるみ。
焼け焦げた黒土の上で、それだけが静かに座っていた。
まるで、俺たちの“想い”を、そこで待ち続けるかのように。
……気づいたときには、もう、ここにいた。
空も、地も、壁もない。
ただ、灰色の空間が、限界も終わりもなく広がっている。
無音。無風。無意味。
俺の足元すら、どこにあるのか分からなかった。
「……どこだ、ここ……」
そのとき、音もなく“それ”は現れた。
紅い髪。黒い外套。仮面のような微笑。
観測機関の幹部、ヒバル。
「ようこそ、観測者くん」
心の奥底に、冷たい水を垂らされたような感覚。
「……イロハはどこだ……!?答えろ!!」
俺の怒鳴り声に、ヒバルはくすりと笑う。
ああ、イラつく。このガキ。声に怒気が乗るほど、こいつは喜ぶ。
「うーん、継承者ちゃん?別の空間にいるよ。
レンくんには、まず自分のことを見つめてもらわなきゃねぇ」
何を言って——。
そのとき、ヒバルが目を閉じる。まるで、深呼吸するように。
「……見えた。 君、なかなか……可哀想な人生、歩んできたんだねぇ」
俺の背中に、氷が這い上がるような悪寒が走った。
「……は?」
「お父さん、君が十歳の時に君を庇って亡くなったんだよね?
歩道に突っ込んできた飲酒運転の車に……
バーン!って」
ドクン、と心臓が跳ねた。
……やめろ。
「目の前で倒れてるお父さんに、手のひらに、べったりついた血。サイレンの音。 “助けなきゃ”って思って、でも……震えて何もできなかった……。その時くらいかな?君が、血の匂いが少し苦手になったのは。」
「っ……」
なんでこいつは、俺のことを知ってるんだ?
まるで記憶を見られているかのような……こいつの、能力?
だとしたら、だいぶん厄介だ……。
「お母さんには、何度も言われたよねぇ?
“あんたのせいだ”って。“あんたが死ねばよかった”って。」
胸が詰まる。
俺の中で、何かがきしむ音がした。
俺の脳内で、俺の母さんが、俺の頬を打った時のことが、鮮明に、映画のワンシーンのように浮かぶ。
ヒリヒリと痛む頬。怒って、泣いてる母さん、そんな様子に怯えるミヨ。
でも、俺は、一人その場に突っ立っているだけ。
『ねぇ母さん、そんなに死んで欲しいなら、おれを殺せばいいじゃん。』
そんなことを言った覚えもないのに、脳内に俺のその言葉が、何度も何度も響き渡る。
あぁ、どんどん暴かれてく。
「それに加えて、君の妹の大事なぬいぐるみも、いつもお母さんは壊してたみたいだね?で……君はそれを直してるうちに、裁縫が得意になった。」
「……それ以上言ったら……」
「どうするの?泣く?叫ぶ?剣、振るう?
でもさぁ、動けなかったの、君だよね?葬式でもお父さんが死んだってのに、涙の一粒も出なかったんだから。」
言葉の刃が、皮膚の下まで入り込んでくる。
心臓に、突き刺さる。
そうだな、確かにそうだった。
俺は父さんの葬式の時、泣けなかったんだ。
多分、その時はまだ子供で、’’大切な人が死んだ’’。そういう 現実を受け入れられてなかった。
だって、まだ生きてる気がしたから。
棺桶の中の父さんは、いつもの寝ている父さんの顔と変わりなかったし。
まだ、笑って話しかけてきそうな気がしていたから。
でも、そのせいで、親戚の人たちからは気味悪がられたけど……。
ヒバルはまだ話す。
「救いはあった。ミヨちゃん。妹。
あの子だけは、君のこと、信じてた。守ってくれてた」
「…………」
「でも、ある日――虚霊が現れて、あの子は……連れて行かれた」
――やめろ、やめろ、やめろ……!
「君、叫びながら手を伸ばした。けど届かなかった。
また、“守れなかった”ねぇ?」
「……」
俺の喉から、音が漏れた。言葉にもならない、かすれた音。
「最後に交わした視線。優しかった。
あの子、怖がってなかったんだ。……君を責めなかった。
それが、いちばん残酷だよね?」
「……だまれ!!」
怒鳴った。けど、空気は震えもしない。
俺の声は、この空間にすら拒まれているようだった。
ヒバルは、楽しげに歩いてくる。足音すら立てず、すべるように。
「君さ、継承者のこと、“守らなきゃ”って、思ってるみたいだけど……
本当は、“守れなかったこと”に囚われてるだけじゃない?」
剣を握ろうとする。けど、指が動かない。
なんで……!なんで動いてくんねぇんだよ!
ああもう!なんでなんでなんで!
肩が重い。心が沈む。足元が崩れていくみたいな、そんな感覚。
「その継承者ちゃんも、君の手から、またすり抜けるかもねぇ?」
「やめろよ……っ!」
「“希望”なんて顔してるけどさ、本当は……君、もう壊れてるよ?」
――そのとき、自分でも気づいた。
俺の中にあった“光”みたいなものが、今、消えかけてる。
泣きたい。叫びたい。でも、それすらできない。
おれは、また……
また、大切なものを失うのか。
……イロハ……
……おれは……
――助けられるのか?
……レンの声が、聞こえた気がした。
すぐ傍で呼ばれたような、けれど遠く霞んでいて、届かない。
その次の瞬間、音が消えた。世界から、全ての音が。
私は目を開ける。
そこは、真っ白な空間だった。氷のような色。
でも寒くない。ただ、空気が張りつめすぎて、息を吸うたびに肺が凍っていくようだった。
静寂は、雪より重く、孤独より冷たい。
「……レン? ……どこ……?」
声に出しても、返ってくるのは私の呼吸音だけ。
レンは、いない。誰も、いないはずだった。
……なのに。
白のなか、現れたのは――幼い少年。
深い海のような青髪。感情の欠けた瞳。
片方の目を前髪で隠している。その姿には、覚えがある。
「……あなた……さっきの、観測機関の……」
彼は、私に一度だけしゃがみ、まるで儀礼のように、敬意を表す仕草をした。
「こんばんは、継承者様」
「……何のつもり?」
「少々、苦しんでから消えていただきます。リアス様の命令ですから。悪く思わないでくださいね」
その口ぶりも、表情も、感情が削ぎ落とされていた。
ただの命令。私を倒すことに、何の意味も見出していないようだった。
私はそっと剣に手をかける。鞘が鳴る。
「私は、レンに……会わなければならない。消えるわけには、いきません」
彼は静かに立ち上がり、何もない空間に右手を差し出した。
「観測データ、転写完了」
次の瞬間、私の剣とまったく同じ形の剣が、その手に現れた。
「……っ、それは……!」
「あなたの動きも、攻撃も、力の源も。すべて理解済みです」
一歩、踏み込んできたその動作――まるで私の“かつての動き”だった。
「……模倣、ですか」
「ええ。あなたの戦い方は、美しく、合理的で、そして――わかりやすい」
言い終えたとたん、彼の姿が霧のように揺れて、消えた。
「っ……どこ……っ」
「こっちですよ、継承者様」
背後。反射的に振り返ったその瞬間、鋭い刃が喉元へ迫る。
避けきれない――
私は咄嗟に、左手を前に出した。
冷たい衝撃とともに、焼けるような痛みが走る。
彼の剣が、私の左手を貫いていた。
「……ゔぁぁ……っ」
熱い。久しぶりに感じる強烈な痛さ。血が、噴き出してる。
手の感覚がなくなっていく。けど、倒れちゃだめ。
動きなさい、私。
痛い?苦しい?そんなの関係ないわ。
そんなことよりも、大切な事が私にはある。
「……勇気、ありますね。けど、無駄です」
彼はゆっくりと、私の手に突き刺さった剣を捻った。
骨が、軋む。神経が、叫んでる。うるさい。
「いっ……!?」
私は思わず膝をつきそうになる。
けれど、視線だけは彼から逸らさずにいた。
こんな痛み……
「……失礼ですが」
私は、血の気の引いた唇を無理に動かしながら、静かに言葉を紡ぐ。
「その剣……少々、邪魔です。抜いていただいても、よろしいでしょうか?」
「……抜くと思います?」
彼の声は、まるで冷たい水音のように無機質だった。
なら――
「……なら、自分で抜きます」
私は、右手で剣を握り直し、左腕を力任せに引いた。
痛みで目が滲む。意識が削られていく。
でも――
「……くっ、ああ……」
まだ、私は立っていた。左手から流れる血が、白い空間を紅く染めていく。
その中心に、私はいた。
それでも、剣を手放さずにいた。
「……こんなところで……手こずっている訳には……いきません……」
震える身体を叱るように、私は再び構える。
「私は……レンを、守らなければならない」
目の前の少年がどんなに冷たくても、強くても。
私には――譲れないものがある。
倒れるわけには、いかない。
第十の月夜「絆の決別、本来の自分」 ―感情の名は―へ続く。
お知らせ
みなさん十章を読んで頂きありがとうございます!
作者のレイです。
またまたお知らせがあります。
本当に申し訳ないのですが、しばらくの間、投稿をお休みさせていただきます。
理由を挙げますと、
私はこの前、お知らせで、「全章リライト中」と言ったのは覚えていますか?
はい、リライトをしていると、投稿する時間が無いのです。
しかも私は、最初に物語のプロットを書いてから(最終回も全部、ざっくり流れ決めて)物語を書いているのですが、なんと予定していた内容と、まったく違うネタが沢山思いついてしまって。
こんな時に、毎週月曜、金曜に投稿は難しいとなり、今回お知らせさせて頂きました。
みなさんにはご迷惑をおかけしますが、ご理解頂けると幸いです。
本当に申し訳ありません。
ですが、みなさんに喜んで貰えるような作品を描きたいという気持ちがあるので……
必ず、私は戻ってきます。なるべく、早く。
みなさん、それまで待っていて貰えると嬉しいです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
では、また次の話で会いましょう!
月虹レイ🌙* :゚