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――弓星の襲来。
それは思ったよりも大きな話だったようで、アイーシャさんは彼女の仲間たちを緊急で招集した。
確かに魔星の存在感を考えれば、七星の一人がクレントスに紛れ込めていたというのは大問題だ。
その辺りを含めて、アイーシャさんたちはジェラードに話を聞くことを申し入れてきた。
「初めまして、アイーシャ様。お目に掛かれて光栄です。
私はジェラード・レスター・マクドネルと申します。
貴女のご活躍、武勇は私も存じ上げております」
「ご丁寧にありがとうございます。
私はアイーシャ・ルクス・アドリエンヌ。辺境都市クレントスの、暫定統治者です。
後ろの者は私の仲間のオリヴァー、カトリナ、フルヴィオです」
「おお。そんな高名な方々を束ねているだなんて、アイーシャ様の実力を窺い知ることができますね」
……私、こういう話の流れって苦手だなぁ……。
ジェラードが普通にこなしているのはさすがだけど、私としてはもっとゆるい感じで話を進めたいというか……。
「えっと、アイーシャさん。
ジェラードさんとは旅の途中で知り合いまして、ミラエルツから王都まで、ずっとお世話になっていたんです」
「ええ。アイナさんと再会したあと、いろいろとお話を伺いましたけど――そのときに伺った、ジェラードさんですよね?」
「はい、そうです!
それでジェラードさん、何で弓星と一緒にいたんですか?」
私がジェラードに質問すると、アイーシャさんたちもジェラードをじっと見つめた。
ジェラードはそれに臆することなく、自然体で話し始める。
「私はアイナさんと、王都で一旦別れました。
個人的な用事がミラエルツにあったからなのですが、その用事が終わるまでに、『世界の声』でアイナさんが神器を作成したことを知ったのです。
改めて情報を集めてみれば、アイナさんが王国から指名手配をされている。そして、どうやらクレントスに向かっているらしい……と」
ちなみにこれは、ジェラードの台詞である。
アイーシャさんたちと話しているせいか、一人称は『私』だし、私の呼び方は『アイナさん』になっている。
……いつもと違うから、違和感がすごい。
「ふむ……。アイナさんがクレントスに向かっているのは、噂としては知られていたからな。
ジェラード君の力量なら、その情報を掴むことは容易だろう」
そう言ったのはフルヴィオさんだった。
情報戦を担当している関係か、そういった噂レベルの話も把握しているようだ。
それに、恐らくは……ジェラードのことも以前から知っていた?
「他に有力な情報もありませんでしたので、私はクレントスに向かうことに決めました。
そして、出来るだけ早くクレントスに着きたかった。そこで、王国軍に接触して利用しようと考えたのです」
「……『利用』、ですか?」
単語的に興味を持ったのか、そう聞いたのはアイーシャさんだった。
王国軍とはずっとやりあっていたわけだから、『王国軍を利用する』という内容に惹かれたのだろう。
「ええ。クレントス以外は、この国は平和ですからね。
王国軍に取り入って、一気に移動することを狙ったのです」
「うふふ♪ 確かに検問を通ることを考えれば、それが早いかもしれませんね。
……ねぇ、アイナさん?」
「そ、そうですね。私も苦労しましたし……」
何せ、1回目は奴隷紋まで刻まれてしまったのだ。
2回目も、強行突破を考えていたくらいだし……。
「それで、ジェラード君。
王国軍に接触して、弓星の側近になったと言うことか?」
「ええ。私は剣をそれなりに扱えますので、その腕を見せればどうにでもなると思っていました。
しかし会った相手が偶然、七星だったのは幸いでした。彼らは軍規に縛られない、特殊な権限を持っていますから」
「……そうは言いますが、七星ともあろう者が、見ず知らずの人間を側近にしますか?
たったの3人で敵地に踏み込むのに、さすがにそれは――」
ジェラードの言葉に疑問を投げたのは、カトリナさんだった。
確かに敵地で裏切られたら、かなりの危険に陥ってしまう。……実際に弓星は、裏切られて殺されちゃったわけだし。
「もっともなご指摘です。そこで私は、これに頼ることにしたんですよ」
そう言いながら、ジェラードは突然上半身を|肌蹴《はだけ》させた。
……何だかカトリナさんの目が嬉しそうなのは、きっと気のせいだろう。
「――奴隷紋」
「え?」
アイーシャさんの言葉に私も慌てて見てみると、ジェラードの逞しい胸の筋肉が――じゃなくて、その上に奴隷紋が刻まれているのが見えた。
「はい。ここまですれば、弓星も信じてくれるかなと」
ジェラードはそれを何ともないように言うが、奴隷紋を刻まれるというのは精神的にかなりきてしまう。
私に刻まれたのは一瞬だったけど、これからはもう刻まれたくないというのが本音だ。
「……その奴隷紋、少し特殊ですね。主が複数いるタイプ……ですか?」
「その通りです。
私の主には弓星と、その側近の魔法使いが設定されています」
「へ、へぇ……。そういうのもあるんだね?
でも、何で2人に?」
「どちらかが私の監視をしていましたので、2人にするのが都合良かったのでしょう」
「むぅ……。つまりジェラードさんは、アイナさんを助けるために王国軍に組み入って、さらに奴隷紋も刻んだと……。
何という忠誠心、天晴ですぞ!!」
話をまとめながら感服したのはオリヴァーさんだった。
忠誠心――とはまた違うのだろうけど、オリヴァーさんは騎士だけあって、そういう話に弱いのだろう。
「なるほど、筋は通っていますか。
アイナさんは、素敵な仲間をお持ちですね」
「えへへ♪」
アイーシャさんの言葉に、私は素直に喜んでしまった。
……あ、いや。もう少しまともな返事はできなかったのかな。一瞬あとに、何とも微妙な自己嫌悪が襲ってきた。
「それにしても、どこからこの街に入ったのですか?
今は街中に警戒の手をまわしていますし、裏切りや連絡が途絶えたなんて話も聞いていませんけど……」
「私たちがクレントスに入ったのは、今日の昼過ぎの戦いの最中です。
東門側の警戒が解かれたので、その隙に……ですね」
「東門? あそこはグレーゴルが護っていたはずですよね?」
グレーゴル……というのは獣星の名前だ。
……あ、あれ? グレーゴルさん、私たちと一緒に戦っていなかったっけ……?
その疑問に、いち早く気付いて納得したのはオリヴァーさんだった。
「……なるほど。
アイーシャ様、グレーゴルは途中で現場を放棄して、魔星クリームヒルトに攻撃を仕掛けていったのです。
現場放棄に気付いたあと、すぐに人員をまわしたのですが、そのときの隙だったようで……」
オリヴァーさんは、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
彼に直接的な責任は無いとは言え、それでも戦いの全権を委ねられているのだ。
「……グレーゴルの我儘を許して、一人だけ配置していたこちらのミスですね。
アイナさん、危険に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
「いえ、結果的には無事でしたので全然問題ないです。
それよりもグレーゴルさんは、仲間の仇討ちというのが理由なので……できれば、許してもらえませんか?」
「彼の事情も知っていますから……そうですね。アイナさんがそう言ってくださるのであれば、今回は許してあげましょう。
魔星を倒したという功労もありますし」
「ありがとうございます!
ところでジェラードさん、いつまで肌蹴ているんですか?」
「おっと、これは失礼」
他の人たちが話している中で、やはりカトリナさんの目はジェラードに釘付けだった。
ジェラードが服を整えようとすると、少しだけ寂しい目をしてしまった。
「……あ。その前に奴隷紋、消しちゃう?」
「そうだね、お願いできるかな?」
普段の口調に戻ったジェラードに謎の安心感を抱えつつ、私は魔法を唱えた。
「バニッシュ・フェイト!
……はい、おっけー。このままだと傷跡が残っちゃうから、薬も塗ってあげるね」
私はそう言いながら、アイテムボックスから薬を取り出した。
キャスリーンさんの身体の傷跡を消すために作った薬で、私が奴隷紋を刻まれたときにもお世話になった逸品だ。
「あ、ありがとう。
でも、薬くらいなら自分で塗れるから!」
そう言うと、ジェラードは私から薬を奪って自分で塗り始めてしまった。
……案外、ウブなのかな? いや、わざわざそんなことをされたくないだけか。
ジェラードって、そもそも女性経験は豊富そうだし。
「それにしてもアイナさん、凄いですね……。
錬金術師なのに、バニッシュ・フェイトまで使えるだなんて……」
思わぬ大魔法を目の当たりにして、カトリナさんは静かに驚いていた。
この魔法を使えるのは錬金術のおかげだけど、わざわざそれを伝える必要も無いだろう。
「この魔法のおかげで、何回も助かっているんですよ。
今回も、弓星の側近を倒すのに使いましたし」
「いざとなれば私もアイナさんの手助けをするつもりだったのですが、奴隷紋があったのでタイミングを見計らっていたんです。
まさか、側近の魔法使いを倒すとは思ってもいませんでしたよ」
そう言ってから、ジェラードは嬉しそうに笑った。
……なるほど。
ジェラードが途中まで何もしなかったのは、それが理由だったのか。
確かに2人が主として設定されているなら、ジェラードが1人を倒したところで、すぐにもう1人から制約を受けてしまうだろう。
ジェラードが様子を見ていたことは、私には納得できるものだった。
「でも、最後は手を貸してもらって命拾いしました。やっぱりジェラードさん、頼りになります!」
「ははっ、そう思ってくれたなら何よりさ。
戦うアイナちゃんを見て、僕も惚れ直しちゃったよ♪」
「あはは、またまた~」
……やっぱり、ジェラードは軽い口調の方がしっくりくる。
出会った頃はなかなか慣れなかったけど、今となってはこの口調があってこそだ。
賑やかに騒ぐ私たちを、アイーシャさんたちは優しく眺めていた。
それに気付いたとき、私はやたら照れてしまったけど……まぁ、たまにはそんなこともあるものだ。