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「あー、サンキュ」
「悪いが回復はお前がやってくれ。もう魔力がない」
「さすがにあれだけバカスカ魔法乱射して、まだ魔力あったらさすがに嫌味だもんな。よし、任せとけ」
息が合ったやりとりで、今度はジェードさんが魔法を唱え、二人を柔らかな緑色の光が包む。ジェードさんの体から痛々しかった傷が消えていくのが嬉しかった。
魔物の血も、ジェードさんの傷も血も、まるで最初からなかったかのように消え失せる。そこには、平和な学園にいたときと変わらない二人の姿があった。
ああ、本当に終わったんだ……。
なにもできなかったけど、あれだけの魔物を敵に回した二人が、無事にここに立てているだけで、今はもう充分だよ。つい落ち込んじゃったけど、そんな感情は後回しでいい筈じゃない。
「ジェード、アリシア嬢はどうした」
リカルド様の言葉に、あたしもびくん! と反応してしまった。そう、気になっていた。だって、全然姿が見えない。もしかして……って嫌な想像がよぎっていたから、あたしの体も自然硬くなる。
「まさか……その、」
「あっ! いやいや、大丈夫だから!」
目をそらし、歯切れが悪くなってしまったリカルド様に、ジェードさんは慌てたように言葉をかぶせた。
「死んでもないし、大きなケガもしてないから! たぶんめっちゃ元気」
「多分ってどういうことだ」
「ここからかなり離れた場所で、結界張って待機してるから心配しなくて大丈夫」
その言葉を聞いて、心底ホッとした。リカルド様もきっと同じ気持ちだったんだろう、「そうか、良かった」とひとこと呟いて長く息をついた。
「それにしても、なぜあんなに大量の魔物に襲われていたんだ。あの数は異常だろう」
「俺は純粋なる被害者だよ。文句はアリシア嬢に言ってくれ」
「? 意味が分からないが」
「それがさぁ、なかなか樹海を抜けられないのにいらついたんだか知らないけど、アリシア嬢が急に小さな小瓶を取り出したんだよ。で、蓋を開けた途端」
いきなり、見たこともないような、巨大な魔物が襲ってきたんだという。その衝撃でアリシア嬢の手から吹っ飛んだ小瓶が、ジェードさんに直撃した。
「最悪だよ、もう。気持ち悪いドロドロした液体でさ。でも魔物が容赦なく襲ってくるから、それ気にしてる暇ないじゃん。二人で死にもの狂いで戦ってさ、そいつはなんとか倒したんだよ。オレ的にはもう、大金星だったわけ」
二人ともボロボロだったけれど、ひとまずは勝利に安心して、自分たちが入れるくらいの結界を作ってとりあえずは落ち着こうかとアリシア嬢と話していた時だった。
魔物の追撃を必死に躱し、防戦する数分のうちに、魔物の数がみるみる増えていく。
「さすがに死を覚悟したよ」
追われて、追われて、アリシア様とも逸れてしまった。
アリシア嬢にはいっさい興味を示さず、自分だけを追ってくる魔物の様子に、さすがのジェードさんもピンときた。
さっきの変な液体が、魔物を惹きつけてるんじゃないかって。
四方八方からの魔物の攻撃に、さすがに防ぎきれずにいくつもの傷を負い、血を吐きながら、このままじゃヤバいと自分を守る結界を張って……リカルド様に助けを求めたのがついさっきのこと。
「お前が来てくれるなら、下手に応戦しない方が賢いだろ? その時点で結構なダメージもくらってたし。だからとりあえず、結界の維持に全力で努めた」
「英断だ」
「でっしょー?」
言葉少なに褒めるリカルド様に、ジェードさんは満面の笑みを見せる。
さっきまで死を覚悟していたなんて思えない安心し切った笑みに、ジェードさんのリカルド様への信頼を見た気がした。
「それで、アリシア嬢は?」
リカルド様が重ねて聞けば、ジェードさんは考えるように小首を傾げる。
「場所は分からないけど、お前たちが来る前に、念話で『結界張って動かないで』って言ってあるから、大丈夫だと思うんだよね」
「そうか」
「あ、さっき俺がやったみたいに閃光魔法撃ってもらおうか。その方が早い」
言うが早いか、ジェードさんは目を閉じた。
あたしはやったことないから分からないけど、きっと今、念話してるんだよね。すごいなぁ、憧れちゃうなぁ。
「よし、大丈夫そう」
目を開けたジェードさんが言った瞬間、遠い空にまばゆい光が点滅する。
「あそこか」
「ひえっ!!!??」
位置を把握したリカルド様が、即座にあたしとジェードさんの手を掴んで転移する。さすがにあたしは慣れたけど、ジェードさんは思いっきりびっくりしていた。
これだけ仲が良さそうでも、リカルド様の転移って見たことがなかったのかしら。
そして、リカルド様の転移精度の正確さには、あたしもまだ驚いちゃうよね。だって、目の前でアリシア様が腰を抜かしたみたいになってるし。
「良かった、大丈夫みたいだね」
しかもあんな目にあっておきながら、すぐにアリシア様にかけよって声をかけてあげているジェードさんの優しさったら。ほんと顔だけじゃなくて男前な人だな。
アリシア様は震えながら、ジェードさんへと手を伸ばした。
「ジェ、ジェードさん……無事で」
「無事で、じゃないだろう!!!」
突然の怒声が、樹海を震わせる。
思わず耳を覆うくらい……リカルド様のこんな声を聞いたのは、初日にあたしが結界を転がり出て以来のことだった。