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竹刀の先が、かすかに震えていた。怖いからじゃない。
悔しいからだ。
「もう一本!」
道場に響く先生の声。
汗が目に入り、視界がにじむ。それでも、俺は足を止めなかった。
小学六年生、最後の春。
大きい体の割に届かないって、何度も言われてきた。
でも――
届かないなら、踏み込めばいい。
その一歩が、俺の全部だった。
武道和刀(たけみちかずと)がはじめて「悔しい」と強く思ったのは、校庭だった。
小学一年生の秋。
リレーの選手を決める日。
「かずとは補欠ね」
先生の言葉はやさしかったけど、胸に重く落ちた。
走るのが遅い。
力も強くない。
運動もそこまで得意じゃないのに、
「背が高いから強いでしょ?」と勝手に期待される。
できないと、がっかりされる。
それが、嫌だった。
分かっている。でも、悔しい。
家に帰っても、ランドセルを投げたまま動けなかった。
「どうした?」
父の声。
和刀はうつむいたまま言う。
「強くなりたい」
何に、とは言えなかった。
ただ、負けるのが嫌だった。
次の日、父に連れられて行ったのが近所の道場だった。
道場の扉が開く。
――ドンッ!
床を踏み鳴らす音。
――パァン!!
面を打つ鋭い音。
和刀の心臓が跳ねた。
防具をつけた大きな子が、何度打たれても前に出る。
逃げない。
下がらない。
その姿が、まぶしかった。
「やってみるか?」
奥にいる先生らしき人が竹刀を差し出す。
貴方は?
(私は高安この鹿神剣友会の師範だ)
和刀は少しだけ迷う。
怖い。
でも。
小さな手で竹刀を握る。
和刀は、自分の長い腕を見る。
この体は、ずっと邪魔だった。
でも――
(もし、この高さが武器になるなら?)
そっと竹刀を握る。
重い。でも、しっくりくる。
「……やります」
その瞬間、
コンプレックスだった“高さ”が、
はじめて可能性に変わった。
「じゃあ、まずは素振りだ」
高安師範に渡された竹刀を、和刀は握った。
長い腕。
だから期待される。
「大きいな。」
その言葉が、少し重い。
(大きいだけじゃ、意味ない)
和刀は竹刀を振りかぶる。
ぶんっ。
思ったより軽い。
でも、まっすぐ振れない。
もう一度。
ぶんっ。
腕が長いぶん、軌道がぶれる。
先が揺れる。
「肘を締めろ。大きく、まっすぐ!」
高安師範の声が飛ぶ。
和刀は歯を食いしばる。
背が高い。
リーチもある。
なのに、うまく使えない。
後ろのほうで、同じくらいの年の子がきれいな素振りをしている。
胸が、ちくりと痛む。
(背が高いだけじゃ、だめだ)
和刀は足を開く。
大きく息を吸う。
そして――
「メン!!」
道場に響く声。
ぶんっ。
さっきより、少しだけまっすぐ。
汗が額をつたう。
腕が重い。
でも止めない。
ぶんっ。
ぶんっ。
ぶんっ。
一本一本が、悔しさ。
一本一本が、決意。
高安師範は、和刀の竹刀の握りを直した。
「背が高いのは武器だ。だがな、武器は磨かなきゃただの棒だ」
その言葉が、胸に刺さる。
武道和刀は、小学二年生にしては背が高い。
だからこそ、期待される。
でも――
まだ、うまく振れない。
ぶんっ。
竹刀の先が揺れる。
和刀は歯を食いしばる。
(大きいだけじゃ、だめだ)
もう一度、振りかぶる。
「メン!!」
声が道場に響く。
ドンッ。
足を踏み込む。
長い腕が、空気を切る。
さっきより、ほんの少しだけ、まっすぐ。
高安師範がうなずく。
「そうだ。自分の長さを信じろ」
その一言で、胸の奥が熱くなる。
ぶんっ。
ぶんっ。
ぶんっ。
腕が重い。
汗が落ちる。
それでも、止めない。
背が高いことを、言い訳にしない。
和刀は、ただひたすら振り続けた
「今日はここまで!」
高安師範の声が響いたとき、和刀の腕はもう限界だった。
竹刀を下ろすと、じん、と手のひらがしびれる。
でも実際は、体も思うように動かない。
道場を出ると、夕方の空が赤く染まっていた。
ランドセルを背負い直す。
さっきまで竹刀を握っていた手が、まだ熱い。
家までの道を歩きながら、今日の素振りを思い出す。
ぶれた軌道。
小さくうなずいた高安師範の顔。
「自分の長さを信じろ」
その言葉が、何度もよみがえる。
父が言う
「どうだった?」
和刀は少しだけ考えてから言う。
「……きつかった。でも、やる」
短い言葉。
でも、本気だった。
自分の背の高さが嫌だった。
目立つだけで、期待だけされて。
けど今日、初めて思った。
(この体で、強くなれるかもしれない)
自分の部屋に入る。
ランドセルを置き、窓の外を見る。
そして、そっと両手を前に出
さっきと同じように、振る。
ぶんっ。
音はない。
でも気持ちはある。
「メン」
小さな声。
誰も見ていない部屋で、もう一度。