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少年は青信号になっても歩き出さなかった。
何度進めの合図が出ようと、立ち止まって、交互に光るそれを、ただひたすら見つめた。
人々はその少年を不気味に思い、誰一人声をかけることなく、急ぎ足でどこかへと向かっていく。
肩がぶつかっても
邪魔だ、などと小言を言われても
足を踏まれても
少年は止まり続けた。
そんな少年に、通りすがりの青年が声をかけた。
「ほら、青信号だよ」
彼がかけた言葉はそれだけで
それ以上、何も言うことはなかった。
少年は長い間黙っていたが、しばらくして、たった一言、ポツリと呟いた。
「死にたい、」
青年は驚いた。
しかし、その一言に対しても、何も言わなかった。
青年は少し悩み、こう言った。
「ほら、赤信号だよ」
少年は一瞬驚いた目をした。
青年がかけた一言は、確実に死を促すものであったからだ。
しかし、青年は信じていた。
この少年は死なないと。
青年の信じた通り、少年が歩き出すことはなかった。
青年は少年を家に招き、話を聞くことにした。
どうしてあそこに立っていたのか。
どうして動かなかったのか。
そして、何度も訪れた赤信号を、なぜ無視したのか。
気になったことは全て聞いた。
初めは口を開かなかったが、時が経つにつれ、だんだんと青年に心を開き、話してくれるようになった。
少年は、ネグレクトに遭っていたらしい。
小さな頃からまともな食事も与えられず
親は毎日どこかへ遊びに行っていて
学校に通うのも、生きるのも精一杯。
そんな日々を過ごしていると
いつの間にか義務教育を終えてしまう年齢になり
「この先生きる希望などない」
そう思った少年は、「死」を求め、車通りの多い交差点に立ったのだという。
でも、一歩を踏み出せなかった。
望んだ「死」は目の前だったのに。
いざ「死」を目の前にすると、怖くてたまらなかった。
誰かが押してくれればいいのに。
このまま車が突っ込んできてくれたらいいのに。
そんな甘い考えを持った自分にも、ひどく腹が立ったと。
少年はそこまで話して、ようやく涙を流した。
そして、こう言った。
「たすけて、っポロ」
それは、青年が一番求めていた言葉だった。
上辺の事実でも、嘘で囲った言葉でもない
心の底の叫び。
青年はそれをずっと待っていた。
「もちろんだよ」
青年は一言そう言うと、少年の頭を撫でた。
「一緒に逃げよう」
その一言を聞いた少年は、決意した。
青年とともに
新たな道へと進んでいく、と。
そして
その道で何度赤信号にあたろうと
青信号にしてみせる、とも。
『信号』