安藤エレーナの企画した舞台、そのオーディションは桜が咲き誇る春に行われた。夏になる頃には最終選考を終え、秋には稽古が始まる。公演時期はこれまた春という、一年掛かりの挑戦的な企画だった。安藤エレーナの演出の人気は凄まじく、このオーディション情報は彼女の名前の効力で瞬く間に広まった。テレビが取り上げたことからも、その話題性は確かだろう。一般人からも参加者を募り、歴のあるなし、インフルエンス能力等は問わず、演技力のある者を選ぶ。そういった触れ込みがあった。
僕は竜ノ木さんにこれまでの感謝を述べ、更に家族にはこれで最後と伝えることで、自ら背水の陣を作りあげた。最初のオーディションは面接。これは、過去に養成所の授業で練習していた内容を駆使、それをブラッシュアップしたもので、難なく突破した。2回目のオーディションでは、参加者同士の掛け合いによる即興芝居。ランダムに与えられた時代設定で、自らが作り上げた役を動かして、審査員を感動させろというもの。これは手応えがまるでなく、ため息を吐きながらカフェオレを飲んでとぼとぼと帰路に着いたが、蓋を開けてみれば合格していて、一安心した。
そして、訪れた最終審査の日。リモートで企画者の安藤エレーナ本人による審査が行われるそうだ。会場の受付を訪れると、即座に中に案内された。無機質な会議室。真っ白な部屋に机と椅子が一組。モニターが繋がっていて、画面には安藤エレーナがいた。服装は、”伝説の演出家”というイメージからは想像しえない地味なおばさん、ザ・舞台人といったラフな装いである。しかし、ハーフというだけあって、目鼻立ちはやけにはっきりしている。すべて見通す慧眼を持っているのだ。静かな威圧感に包まれる。「最終審査へようこそ。Mr.鋼哉 さあ、時間がないから早速やっていきましょう。デスクの上を見て」
机の上には6つの小道具が置かれていた。それぞれ紙が添えられている。左から、”魔法の杖” ”ふわふわのクッション” ”タイムマシン” ”隠し扉の鍵” ”星のペンダント” ”未来予知のカード”と書かれている。「5秒あげる。そのアイテムの中から一つ選んで。そしたら5分間の一人芝居!はじまり・はじまり~」マジかマジかマジかマジか!予想だにしていなかったオーディション内容に心臓がバクバクと鼓動を強め、全身が張りつめる。「5秒経ったわ。Let’s start!」
どうにでもなれ!!目を瞑った僕が手にしたのは、タイムマシンだった。小型で丸く、色は白い…。まるでAIスピーカーのような……。上手く活かしてやれるだろうか?臆している暇は無い。芝居はもう始まっている。僕の役者人生最期の芝居が。ふと、僕は小学校のお笑いクラブの発表会を思い出した。あの時、部員の4人と熱量のズレがあって、台本は僕が一人で仕上げた。中身は確か、未来からやってきた人語を喋るオコジョが、過去の人間に死の運命を告げる。人間たちはそれに抗うも、運命は変えられず…最後はみんな死んでしまう……というショッキングな内容だった。今思えばどの辺りがお笑いだったんだろう。放課後、担任だった横山先生も言っていた。「ちょっと、話が大人すぎるんじゃないか…まあ否定はしないけどさ。これ、蒼司朗一人で書いたの?スゴいなぁ、発想力。んでやっぱ、蒼司朗の演技、俺好きだわ」…僕の原点になった言葉。鼓動が加速していく。これは…緊張ではない、わくわくしているんだ。
ーーーーーーーーーーいけるっ!『タイムマシン』再演開始