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ある日の昼下がり。執務室のデスクに座るゼンティの前にアレンが立ち、二人だけで話をしている。
「ふぅん、なるほどね。ポワゾンの件は、やっぱりレンの仕業だね」
「はい。さらに秘密裏に毒の開発を進めているようです」
アレンはレンティから得た情報をゼンティに全て報告する。近衛兵でありながらスパイのような役割でもあった。
ゼンティはすでに実質はアディール国の王権を握っている。王位継承権第一位であるセンティが正式に王となる日は近い。
……ただ、ゼンティはその時期を狙っている。復讐を果たし王となるべき時を待っている。
「じゃあ、引き続きよろしく。レンに何してもいいからね。どうせ殺しちゃうし」
「はい。承知しました」
感情もなくアレンが同意すると、ゼンティは清々しい顔をして伸びをした。
そして椅子から立ち上がると、何気なく窓の外を眺める。中庭ではリィラとヒメが楽しそうに散歩をしている様子が見えた。
その時のリィラは、ヒメと一緒に城壁内の周囲を散歩していた。
「ひ、ヒメちゃん、ちょっと待って」
「ぴゃん!」
元気いっぱいの子犬風のヒメは城を一周する勢いで走り回っていて、その後ろをリィラが走って追う形になっている。
これはヒメの散歩というか、リィラがヒメに散歩させられている状態であった。
ようやくリィラが追いついて息を切らしながらヒメを抱き上げると、いつの間にか城の裏口付近にまで来ていた。
(お城の裏側……なんか薄暗い……)
そう思って壁を曲がろうとした時、角に地下へと続く階段を見付けた。こんな場所にあるのだから、おそらく地下牢か何かに続いているのだろう。
その階段の下から話し声と足音が聞こえてきたので、リィラは反射的に引き返して壁の死角に隠れた。
やがて階段を登って地上に出てきたのは、真っ白なドレス姿のレンティと、黒衣の見知らぬ男性だった。
(レンティさんと……あの人は誰だろう?)
壁に隠れながら様子を見ていると、レンティは男性と別れてリィラとは逆方向へと歩いていく。
男性の方はリィラの方へと歩いてくるので、リィラは急いで引き返そうと思った……が。
「ぴゃん!」
ヒメがリィラの腕の中から飛び降りて男性の方へと駆けていく。
「あ、ひ、ヒメちゃんっ!!」
慌ててリィラも飛び出していくが、ヒメは男性の足に飛びつくようにして戯れている。
男性は驚いて足元のヒメを見ていたが、やがて前方に駆け寄ってきたリィラの姿に気付くと顔を上げた。
「あぁ~ビックリした。あなたが飼ってる子犬ですか? 可愛いですねぇ」
男性はニコニコと愛想のいい笑顔を向けてくる。歳は20代くらいで、長い黒髪を後ろで結んでいる。
服装は、医者が着る白衣を真っ黒に染めたような黒衣。黒髪と黒の瞳と黒衣で真っ黒だ。
何者なのかは知らないが、リィラはとりあえず頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、私はリィラです。センティの婚約者……です」
(婚約者でいいんだよね……?)
リィラは名乗りながら不安になった。今の自分の肩書きが分からない。結婚相手と言われたので、婚約者と同じ事だろうと思った。
本当はすでにゼンティと結婚しているが、まさか今さら婚約者を名乗る事になろうとは思わなかった。
すると男性は驚きながらも笑顔は絶やさない。
「あぁ~! リィラ様ですね、噂は聞いてます。僕は研究者で開発者のドックと申します」
「何の研究ですか?」
「それは秘密です」
ドックは人差し指を立てて『内緒』のポーズをしながらウインクした。地下から出てきた割には明るい性格らしい。
するとドックはいきなりリィラの顔の至近距離にまで迫ってきた。リィラは驚いて一歩下がる。
それはドックに対しての嫌悪感ではなく、毒を持つ自分に普通の人間が近付いたら危険だという条件反射が働いてしまう。
「へぇぇ……毒の種族。初めて見ました」
「えっ!?」
リィラは一瞬で顔が青ざめた。まさか、見ただけで種族を見抜かれてしまうなんて。すぐに否定すればいいものの、そんな機転は利かない。
動揺して視線を激しく泳がせていると、ドックはリィラから離れて明るい笑顔と口調でリィラの不安を吹き飛ばす。
「あぁ、大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
「……なんで分かったんですか?」
「リィラ様の秘密を知った以上、僕も秘密を明かしますね」
別に秘密を自ら教えた訳ではないし、知られてもゼンティの力で何とかなる気はする。だがリィラは、純粋にドックが持つ秘密の内容が気になる。
「僕が研究しているのは『毒』です。毒の研究と開発をしてます」
「毒の……!?」
地下の研究室で行うくらいだから極秘任務だろう。しかも先ほど、レンティもドックと共に地下室から上がってきた。
どこまで突っ込んでいいのか分からないが、レンティが絡んでいるなら国家機密かもしれない。それを話してドックは大丈夫なのだろうか。
そんなリィラの心配の目線を何かと勘違いしたのか、ドックは照れ臭そうに笑った。
「気付きました? そう、僕は『毒のドクターのドック』なんです。面白いですよね?」
……そんな事はどうでもいい。
ドックは誰にも言わないと言うが、レンティに毒の種族である事はバレたくない。いや、ドックにバレた以上、レンティに話が伝わってしまう可能性は高い。
どこまで、このドックという男を信用していいのか分からない。
「あ、じゃあ、僕は休憩時間なので失礼します。今度、ぜひ地下の研究室に来て下さいね」
ドックは背を向けて、そのまま城の正門の方へと歩いて行った。
気付くとヒメが足元にいて、可愛らしい赤い瞳でリィラを見上げている。
(ゼンティに相談した方がいいかな……)
毒の研究。これはきっと重要な情報に違いない。しかしゼンティに話して敵だと判断されれば、ドックは躊躇いなく殺されてしまうだろう。
ドックはリィラの秘密を知ってしまったのだ。それだけでゼンティはリィラを守ろうとするかもしれない。
まだ何も起きていないのだから、ゼンティに相談するのはもう少し様子を見てからにしようと考えた。
……しかし、ゼンティはドック以上に鋭い。
リィラがヒメとの散歩を終えて、城内のゼンティの執務室へと入る。
ゼンティはリィラの姿を見るなり、椅子から立ち上がって壁に押し付ける勢いで迫る。
毒を吸いたいのだろうと思ったリィラは素直に大人しくゼンティの口付けを待つ。ここで禁断症状を出されても困るからだ。
だが、ゼンティはリィラに普通に軽く口付けただけで、それ以上の事はしなかった。
「ねぇ、リィラちゃん。僕に隠し事してない?」
「…………!」
どこで気付かれてしまったのだろうか。魔物の赤い瞳は人の心を読む力でもあるのだろうか。
何も答えないリィラに、ゼンティは不満そうに口を尖らせる。まるで子供だ。だがリィラも同じ表情を返したくなった。
「ゼンティは私に何も教えてくれないくせに」
リィラの拗ねた顔が可愛くて、ゼンティは思わず頬が緩んでしまう。
「あぁ、そうだね。じゃあ言ってみなよ。何を教えてほしい?」
ゼンティが素直に折れてくれるのは珍しい。基本的にリィラの願いは叶えるゼンティだが、魔物の人格の方だったら、こうはいかない。
これはゼンティの核心を聞き出すチャンスかもしれないので、リィラは慎重に質問を選ぶ。
「ゼンティの『復讐』って何?」
これは紛れもなくリィラが一番知りたい、ゼンティの真意であった。
するとゼンティは一瞬だけ赤の瞳を大きくした後、真面目な顔になってそっとリィラから顔を離した。
「分かった。話す前に見てほしい場所があるんだ。今から三人で行こう」
リィラの返事を待つ事なく、ゼンティは部屋の隅に控えていたアレンに視線を向ける。アレンは無言で頭を下げて同意を示す。
アレンはレンティの執事のはずだが、基本的にはゼンティの側にいる。やはりゼンティの下僕が真の姿だ。
そして、ゼンティとリィラの口付けも見慣れているので何とも思わない。
そうして三人が馬車で城を出発する準備を始めた頃、レンティは自室のテーブルで一人で紅茶を飲んでいた。
ノックの後にレンティの部屋に入ってきた兵の男がテーブルの前に立ち、レンティに報告をする。
「センティ様が馬車でお出かけになるようです」
「……そう」
レンティはティーカップをソーサーに置くと、長い睫毛を伏せて唇の端を上げた。
「では、兵団に連絡をお願いしますわ」
それだけを伝えると、レンティは再びティーカップを口元へと運ぶ。