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西の扉をくぐって牢獄道を通り、扉を開ける。
「はあ……」
歩き回って疲れちゃった。ちょっとだけ休憩……。オイルランプの側に座り込んだ。ジジ……とランプの芯が燃える音が、かすかに耳に届く。
どうしたら池の東側へーーリズのところへ行けるんだろう。行けるところは全部行ってみたのに……。もうどうしていいか、わからない……。空を仰いで、大きくため息をつく。
「……?」
仰向いた私は、その時あることに気づいた。東の壁の上部に、隙間がある。壁のてっぺんには二つのフックがあって、そこから二本の鎖が伸びていた。
東側の壁だけ、鎖で吊ら下げられているみたいだ。何かの仕掛けかな?動きそうな気はするんだが、どうやって動かすか分からない。スイッチも見当たらないし。
薄暗くてあんまり上を見上げることがなかったから、隙間があるなんて今まで気づかなかった。……うん?隙間?
「!!」
思わず立ち上がった。隙間!
回廊の天井は、それほど高くない。何とかあそこまで登れたら、あの隙間を通り抜けられるかもしれない!ちょっと狭そう。私、年齢にしては小さいってよく言われるし……試してみる価値はあるよね?そしたら、リズのところに行けるかも!
よし、あそこを通り抜けられるかどうかやってみよう!まずは踏み台を探してこなくっちゃ!
牢獄道を通る。何か役に立つものがないか、牢の中を調べてみた。牢のベッドは作り付けで動かせないし、その下に転がっている石とか骨じゃ踏み台代わりを頼むのは荷が重そう。仕方ない、他を探そう。
東の扉へ行くと、断罪の間がある。この部屋で台っぽいものと言ったら、石の机くらい。それは見るからに、動かせそうにない。でも……万が一ということもあるし……。念の為、石の机に挑んでみることにした。
「せえのっ……!」
やっぱり無理だった。ここは諦めよう。
中庭に出て見回してみたが、踏み台にできそうなものは見当たらない。ガーデンチェアでもあればよかったのに……。
開かずの扉の近くにある、地下道に続く井戸か。地下道には、踏み台になるものなんてなかったわ。それにもし何かあったとしても、それを持ってこのハシゴに上るのはちょっと無理。調べる必要はないかな……。
牢獄道を通り、人柱の間に来た。何度確かめてもこの中にリズがいるんじゃないかって、期待と恐怖で押しつぶされそうになる。
「…………」
大丈夫。リズはいないわ。
死体の柱ばかりで、役にたちそうなものはない。さあ、台を探すの。しっかりして。
二階の雛鳥の間に来た。この部屋には檻と杖と……それから香炉。他の部屋に比べると物が多いが、台の代わりになりそうなものはない。
三階の忘却の間にやってきた。がらんとした部屋には、いろんな物が放り込まれてた木箱がある。汚れた木箱を覗き込んだ。木箱か……。木箱なら台になりそう……でもこれじゃあね。
木箱の横板には、大きな割れ目ができている。板を止めている釘もぶらんぶらんだし、控えめに木箱は崩壊寸前だ。うーん……。もしかしたら丈夫かもしれないし、一度試してみて……。そう思いながら、木の箱の縁に手をかけた。引き寄せてちょっとだけ力を込めた瞬間、バキッという音と共に木箱は崩壊。
「!!」
とどめようとした手も虚しく、ガラクタが一斉に雪崩を起こす。
「…………」
ガラクタの山に剥ぎ取られしまった板をそうっと乗せると、ついでにそっと木箱から離れた。誰にも怒られないって分かっている。何となく罪悪感が……。
地下一階まで下りて、酒樽の間に入る。たくさんの樽が置かれていた。樽か……。うん、樽ならいい台になりそう!
辺りを見渡して、やや大きめの樽に近づく。一階へ持っていくには、階段を上がらないといけない。が小さいと乗ったとき上まで届かないし、できれば大きい方がいい。この大きさでも、転がせば何とか持っていけるよね。
樽に手をかけると、力任せに引っ張った。その瞬間、異様な臭気が立ち上がる。何、この臭い!
込み上げた吐き気にたじろいだ時、樽がぐらりと揺れる。ゴトン!
「!!」
『それ』は麻袋に入れられていた。縦に長くて、赤黒い脂が染み出てきている。な、なに……これ。まさか……。自分の想像に震えが走った。袋はまだその半分を樽に潜めている。
「…………」
グッと目を瞑った。一緒に心の目も瞑る。そして、麻袋に手をかけて強く引っ張った。
ずずっ。今はこれが何だってどうでもいいの。私はーーリズを捜さないと。ずずっ。彼女が待ってるの!ずずっ。
「はあ、はあ……」
ようやく麻袋に包まれた物体は、樽を離れてくれた。それを引きずる感触がじっとりと手に染みつき、何度も何度もパジャマで手を拭った。これでいい。さあ、樽を持って上に行かなくちゃ……。
「はあっ……」
やっと到着……!最後に樽をもうひと転がしすると、へなへなとその場に座り込んだ。ああ、重かった!空になったとはいえ、樽はやっぱり重くて階段を上がるのは一苦労。せめてもの救いは、途中で「お化け」に遭遇しなかったことだ。遭ってたら、どうなっていたことか。
少し休んで息を整えてから、樽の底を上にして隙間のある壁の前に立てた。樽を登って、その上に立ってみる。頭がもう少しで天井にくっつく。うん、何とか高さは足りそう。
「……よし!」
気合いを入れると、壁をよじ登った。
「…………」
結論から言えば、見事壁を越えるのに成功。通ったっていうより、落っこちたって感じ。体中打ち身や擦り傷だらけになっちゃってしばらく立ち上がれないとか、そういうことは達成感の前では大したことじゃない。まあ、そんなには。
滲んだ涙を拭いて、よろよろ立ち上がる。落っこちた先は狭い通路になっていて、目の前にはすぐに急な階段が迫っていた。壁を見ると、レバーがついている。
「…………」
少し迷ったが、レバーを引いてみることにした。途端軽い地響きがして、砂埃と一緒に横の壁がーー落とし戸が持ち上がっていく。収まりゆく砂埃の中で、さっき苦労して持ってきた樽が鎮座していた。どうやら落とし戸の開閉レバーだったようだ。良かった……これでもう壁を乗り越えて落っこちるなんて、しなくて済むわ。
打ちつけて痛む肩をさすりながら、ほっと息をつく。急な階段を上がると、渡り廊下に出た。廊下は、高い位置で部屋を横切っている。まるで部屋の中に橋がかかっているみたい。結構な高さがあるのに手すりがないので、ちょっとひやっとした。ここは……もしかしたら、中庭の開かずの扉の中?自分の脳内地図と照らしあわせて考える。うん、多分そう……。
窓から青白い月の光が差し込んでいた。お堂……なのかな。暗くて奥の方はよく見えない。通路の縁に膝をついて、下に広がる空間を覗き込む。
「リズ!」
私の声が軽く反響。返事を待った。でも何の物音も返ってこない。リズもお化けもいない。小さな息をついて、立ち上がった。
渡り廊下の東側だ。階段の終わりにドアがある。そこをくぐると、柵の向こうの風景に見覚えがあった。回廊の東奥の部屋だ。向こうから入れなかった柵の内側に出てきたのね。少し辺りを調べてみよう……。
ここは断罪の間の柵の中だ。狭い柵の中には、石の机と内扉がある。内扉のとってを引いてみる。やっぱり、カギがかかってる。カギを開けないと、こちらからでも開きそうにない。一応辺りを探してみたが、カギの類は見つからない。そうそう、都合よく落ちてたりしないわよね……。
柵を突き抜けて置かれている石机の上には、古い手錠が乗っていた。
「ん……?」
石机の影の床に、鉄製の蓋が。開けられそう。蓋だもの。よいしょ……。
取っ手を掴んで手前に引っ張ると、蓋がスライドして四角い穴が出現。穴には垂直にハシゴが下りている。下りられるみたい。