美奈子とその夜は別れて、千秋は美紅の待つマンションへと帰る。
帰りの電車の中では、LINのやり取りはおやすみ程度で終わらせた。
もしかしたら、もう2度と美奈子と会えない気もした。
「お帰りなさい。思ったより早かったね」
「明日も仕事だし、仕事の打ち合わせで軽く飲んだだけだし」
美奈子を遅くまで引き止められなかったので、10時前に千秋はマンションに到着した。
「お風呂すぐ入れるよ」
美紅の笑顔が眩しい。
汚れ切っている自分とは対照的だと思った。
美紅を愛しているのに、どうして美奈子を引きずってしまうのか千秋は自分が分からない。
美紅を裏切ってまで、どうして美奈子と会いたいのか、美奈子に囚われているのか分からない。
「千秋さん?難しい顔してるよ。疲れた?」
「ううん。なんでもないよ。飲みすぎたかな。風呂入ってくるね」
ネクタイを外し、スーツの上着をソファに脱ぎ捨てると、美紅がそれを腕にかけてベッドルームへ向かう。
ハンガーを持ってリビングに戻って来た。
「下も脱いじゃって。一緒にハンガー掛けておくから」
千秋は言われるまま下も脱ぐと美紅に渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして。ほら、その格好流石にマヌケだよ。早くお風呂入っちゃって」
ワイシャツに靴下姿。
そんな格好でも、美紅は千秋が愛おしい。
自慢の素敵な旦那様だからだ。
「千秋さん」
美紅に呼び止められて千秋は振り返る。
「あのお店、いったんだー」
美紅はハンカチを出そうと、スラックスのポケットに手を入れ、レシートも一緒に出した。
レシートを見られた以上、美奈子が飲んだカクテルの表記を見れば、連れて行ったのが女性とバレると千秋は思った。
「あ、ああ。ごめん。連れて行ったの女性なんだ」
レシートを見ていた美紅が千秋を見る。
「だから、カクテル、飲んでるんだね。誰と行ったの?」
美紅の表情が曇る。
「東堂の真壁課長」
業務提携先の女性課長と分かり美紅はホッとした。
その課長とは、結婚前に美紅も顔見知りだった。
とても美人で仕事ができるが、どちらかと言えばハンサムウーマンで、人の夫を盗るような人物ではない。美紅のことも可愛がってくれていた。
「そうだったんだ。仕事の相手って真壁さんだったんだ」
美紅は安心して笑顔になった。
その表情を見て千秋は胸が痛む。
もっとひどい嘘を、美紅につくことになるかもと考えた。
「心配しなくて大丈夫だよ。本当に仕事だから。愛してるのは美紅だけだよ」
にっこり笑う千秋。
その笑顔に美紅も笑顔で返す。
「分かってまーす。千秋さんが浮気とか考えられないもん」
この会話は地獄だと千秋は思った。
地獄だと分かっていながら、後ろめたさを感じながらも、千秋は美奈子と2人きりの世界で会いたいと思ってしまった。
「ほら、お風呂」
美紅は千秋を促す。
千秋がリビングから出て行くと、美紅はレシートを見つめる。
なぜ領収書じゃないのか気になった。