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kaede🍁
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おその★
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#❤️💙
みら

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3
午後七時。
阿部はもう一度。
昼間働いていた店の前に立っていた。
昼は外に出ていたランチの黒板が片付けられている。
代わりに。
小さな灯りだけがついていた。
「……ほんとに同じ店?」
少しだけ緊張しながら。
扉を開ける。
カラン。
昼と同じベルの音。
でも。
中の雰囲気は全く違っていた。
明るかった照明は落とされて。
カウンターの上に柔らかい灯りが並んでいる。
静かな音楽が流れていた。
「いらっしゃい」
カウンターの中から声がした。
見たことのない男。
背が高くて。
腕が太い。
一瞬。
阿部の足が止まる。
「あの……」
「阿部さん?」
「はい」
男は笑った。
「翔太から聞いてるよ」
「渡辺さんから?」
「今日から昼働き始めたんでしょ」
「はい」
「俺、岩本照」
「阿部亮平です」
「よろしく」
岩本がカウンターの奥を指す。
「翔太ならもう来てる」
見ると。
一番端の席に渡辺が座っていた。
「遅い」
「まだ七時ちょうどですけど」
「俺が先に来てたから遅い」
「それ理不尽じゃないですか?」
阿部が隣に座ると。
渡辺が笑った。
昼間とは違って。
渡辺も仕事をする気はないらしく。
すでにグラスを持っている。
「何飲む?」
岩本が聞く。
阿部は。
後ろに並んでいる瓶を見る。
「……何があるのか全然分からないです」
「お酒は飲める?」
「たぶん」
「たぶん?」
渡辺が笑う。
阿部は少し困った。
自分が何を飲んでいたのか。
どれくらい強いのか。
それも覚えていない。
「俺、自分がお酒強いか分からなくて」
岩本は深く聞かなかった。
「じゃあ弱めにしとこうか」
「お願いします」
「甘いのとさっぱり、どっちがいい?」
「さっぱり」
「了解」
岩本がグラスを用意し始める。
その手際を眺めていると。
店の奥から声がした。
「照ー」
女の声。
「これどこ置くんだっけ?」
「そこじゃなくて下」
「下?」
「右」
「右ってどっち?」
「ふっか、それ本気で言ってる?」
声の主が。
奥から出てくる。
阿部と同じくらいの年齢に見える女。
長い髪を後ろで軽くまとめている。
阿部を見ると。
ぱっと笑った。
「あ、新しい子?」
「うん」
岩本が答える。
「今日から昼に入った阿部さん」
「へえ」
女はすぐ阿部の隣まで来た。
「深澤辰哉です」
「阿部亮平です」
「あべちゃん?」
「今日それ何回目だろ」
阿部が笑う。
深澤も笑った。
「翔太がもうそう呼んでるから」
「じゃあ、もうそれでいいです」
「俺はふっかでいいよ」
「ふっか」
「うん」
会って数秒。
また。
自然に名前を呼んでいた。
この店に来る人は。
距離が近い。
でも。
嫌じゃなかった。
「はい」
岩本がグラスを阿部の前に置く。
透明な酒に。
柑橘の香り。
「弱めにしてあるから」
「ありがとうございます」
「乾杯しよ」
渡辺がグラスを持ち上げる。
「何に?」
阿部が聞く。
「新しい店員」
「俺?」
「そう」
深澤も勝手にグラスを持ってくる。
「じゃあ、あべちゃん初出勤お疲れー」
「ふっか今日何もしてないじゃん」
岩本が言う。
「応援はできる」
「今知り合ったばっかりでしょ」
「細かいなあ」
四人で。
軽くグラスを合わせる。
「乾杯」
阿部は一口飲んだ。
「……おいしい」
「よかった」
岩本が笑う。
「これなら飲めそう?」
「はい」
「無理しなくていいからね」
「分かりました」
隣では。
渡辺と深澤がもう別の話を始めている。
昼間の店より静かなのに。
不思議と。
寂しくない。
阿部はグラスを持ったまま。
店の中を見回した。
「いいですね、ここ」
「でしょ?」
深澤がすぐ反応する。
「昼も好きだけど、俺は夜の方が好き」
「ふっか昼起きてないだけじゃん」
渡辺が言う。
「起きてるよ」
「嘘」
「昼過ぎには」
「それ起きてないのと同じ」
「翔太に言われたくない」
二人が言い合う。
阿部は。
思わず笑った。
岩本は慣れているのか。
何も言わずにグラスを拭いている。
「二人、仲いいですね」
阿部が言うと。
渡辺が嫌そうな顔をした。
「どこが」
「めちゃくちゃ仲いいじゃん」
深澤が笑う。
「長いからね」
「知り合って?」
「うん」
深澤が答えて。
自然に岩本を見る。
岩本も。
深澤を見ていた。
その視線で。
阿部はなんとなく気づく。
「あ」
「何?」
深澤が聞く。
「もしかして」
阿部は二人を交互に見る。
「恋人?」
深澤が笑った。
「正解」
「やっぱり」
「分かりやすい?」
「なんとなく」
岩本も少し笑う。
「ふっかが分かりやすいんだよ」
「照もでしょ」
「俺は普通」
「普通じゃない」
二人のやり取りを見ながら。
阿部はグラスに口をつける。
昨日は。
宮舘と渡辺。
今日は。
岩本と深澤。
自分の周りに。
少しずつ人が増えていく。
知らない人だったはずなのに。
気づけば。
笑っている。
「……不思議」
小さく呟く。
「何が?」
渡辺が聞く。
「いや」
阿部は首を振った。
「なんでもない」
まだ。
自分の過去は何も分からない。
だけど。
今は。
それを考えなくてもいい時間がある。
それだけで。
少し楽だった。
「ねえ、あべちゃん」
深澤が言う。
「今度、康二が歌う日来なよ」
「あ、今日聞きました」
「ほんと?」
「週一回やってるって」
「じゃあ次絶対来て」
「来ます」
「決まり」
また。
予定が一つ増えた。
阿部は笑う。
記憶を失ってから。
予定なんて。
ほとんどなかった。
なのに今は。
明日も仕事がある。
次に来る夜もある。
会う人もいる。
少しずつ。
この町で。
自分の生活ができ始めていた。
数日後。
阿部は。
初日にしっかりメモを取っておいてよかったと。
心の底から思っていた。
「アイスコーヒー二つと、カフェラテ一つ……」
注文を確認して。
手を動かす。
グラスを出して。
氷を入れて。
コーヒーを注ぐ。
隣を見る。
誰もいない。
「……ほんとにいないんだ」
渡辺は。
今日、店に来ていなかった。
休みだとは聞いていない。
遅刻とも聞いていない。
ただ。
いない。
初日に。
『俺は気が向いた時しか働かない』
と言っていたけれど。
冗談だと思っていた。
どうやら。
本当だったらしい。
「館さん」
厨房にいる宮舘へ声をかける。
「ん?」
「俺が勤める前さ」
阿部は作ったドリンクをトレーに乗せながら聞いた。
「翔太いない日はどうしてたの?」
宮舘は。
フライパンを振りながら。
何でもないように答える。
「一人でやってたよ」
阿部の手が止まった。
「……一人?」
「うん」
「全部?」
「全部」
「料理して?」
「うん」
「注文取って?」
「うん」
「料理運んで、ドリンク作って、レジも?」
「そう」
阿部は。
宮舘を見る。
「無理じゃない?」
「意外となんとかなるよ」
「いや、ならないでしょ」
宮舘が少し笑った。
「混んだ日は大変だったけどね」
「翔太は?」
「いたら手伝ってくれる」
「いたら」
「うん」
阿部は思わず笑った。
「本当に気まぐれなんだ」
「そうだよ」
宮舘は慣れた様子だった。
それどころか。
困っているようにも見えない。
「怒らないの?」
「何を?」
「来ないこと」
「別に」
「でも恋人なんでしょ?」
「恋人だからって、毎日店で働いてもらう必要はないからね」
宮舘は出来上がった料理を皿に盛る。
「翔太が来たい日に来て、手伝いたい時に手伝えばいいよ」
阿部は。
少しだけ黙った。
そういうものなのか。
恋人。
というものが。
自分にはまだよく分からない。
過去の自分にいたのかどうかさえ。
分からないから。
でも。
宮舘がそれでいいと思っているなら。
きっと二人にとっては。
それが一番自然なのだろう。
「はい、これ三番」
「あ、はい」
阿部は料理を受け取る。
「行ってきます」
「お願い」
ランチのピークが過ぎる頃には。
阿部もだいぶ店の動きに慣れていた。
注文を取って。
ドリンクを作って。
料理を運ぶ。
空いた皿を下げて。
会計をする。
初日は。
一つするたびにメモを確認していたのに。
今は。
考えるより先に身体が動くことも増えた。
それでも。
分からなくなれば。
エプロンのポケットから小さなメモ帳を出す。
「……やっぱ書いといてよかった」
小さく呟く。
渡辺がいなくても。
なんとかできている。
それが。
少し嬉しかった。
「そういえば」
厨房から。
宮舘が声をかける。
「阿部」
「ん?」
「今日、康二歌うよ」
阿部が振り返る。
「今日?」
「うん」
宮舘は時計を見る。
「夜」
「あ」
初日に康二と約束した。
今度聴きに来て。
絶対やで。
そう言われていた。
「何時から?」
「八時くらいだったかな」
「じゃあ行こうかな」
宮舘が笑う。
「康二、喜ぶと思う」
「この前絶対来てって言われたから」
「言いそう」
「ふっかにも言われた」
「じゃあ行かないと怒られるね」
「二人に?」
「二人に」
阿部は笑った。
ほんの数日前まで。
夜になっても。
何も予定がなかった。
家に帰って。
一人で過ごすだけだった。
今は。
今日。
康二が歌う。
それを見に行こうと思っている。
誰かがいる場所へ。
自分から行きたいと思っている。
「館さん」
「何?」
「今日の賄い何?」
宮舘が少し考える。
「今日は生姜焼き」
「じゃあそれ食べて、一回帰ってから来る」
「了解」
そう言ってから。
阿部はまた仕事に戻った。
夜が。
少し楽しみだった。
夜。
阿部は一度家に帰って。
シャワーを浴びてから。
また店へ向かった。
昼間とは違う。
小さな灯りのついた入口。
もう何度か来ているから。
最初ほど緊張はしない。
扉を開ける。
カラン。
「いらっしゃーい」
一番最初に聞こえたのは。
深澤の声だった。
「ふっか」
「お、あべちゃん。来たね」
カウンターの中には岩本。
深澤はその隣で。
何をしているのか分からないけれど。
グラスを並べていた。
「今日手伝ってるの?」
阿部が聞く。
「一応ね」
「一応?」
「ふっかは手伝ってるつもり」
岩本が答える。
「ちゃんとやってるじゃん」
「さっきグラス三個落としそうになったけどね」
「落としてないからセーフ」
「危ないんだよ」
二人の会話に。
阿部は笑う。
「翔太は?」
「いるよ」
深澤が奥を指す。
見ると。
渡辺は宮舘と並んで座っていた。
完全に客だった。
「翔太」
阿部が近づく。
「今日も働かないんだ」
「夜は俺の仕事じゃないし」
「昼もほとんど仕事してないじゃん」
「してるよ」
「昨日いなかった」
「昨日は気分じゃなかった」
本当に。
何の悪びれもない。
阿部は笑う。
「館さん、よく許してるよね」
宮舘は隣でグラスを持ちながら。
「別に困ってないから」
と言う。
渡辺が得意そうな顔をした。
「ほら」
「翔太が偉いわけじゃないよ」
「分かってる」
「絶対分かってない」
そんな話をしていると。
「あべちゃーん!」
店の奥から。
康二が大きく手を振った。
今日はカメラを持っていない。
代わりに。
ギターケースが置いてある。
「来てくれたん?」
「約束したから」
「えらい!」
「何その褒め方」
康二は嬉しそうに笑う。
「今日めっちゃええ歌歌うからな」
「自分でハードル上げて大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
「ほんとに?」
「多分」
「多分なんだ」
二人で笑う。
康二は準備に戻っていった。
阿部は空いているカウンター席へ座る。
「何飲む?」
岩本が聞く。
「前飲んだやつ」
「覚えてない?」
「名前聞くの忘れた」
「じゃあ今日覚えて帰って」
岩本が笑いながら。
酒を作り始める。
その時。
また。
入口のベルが鳴った。
カラン。
「いらっしゃい」
岩本が顔を上げる。
阿部も。
何となく振り返った。
「あ」
入ってきた人を見て。
声が出た。
目黒だった。
目黒も。
阿部を見つけて。
少し目を丸くする。
「あべさん?」
「目黒さん」
阿部は思わず笑う。
「目黒さんもここ来るの?」
「たまに」
「知ってたんですか? この店」
「そりゃ知ってますよ」
目黒が笑う。
「結構前から来てるで」
「そうなの?」
阿部は周りを見る。
岩本も。
深澤も。
宮舘も渡辺も。
誰も驚いていない。
「みんな知り合い?」
「まあね」
深澤が答える。
「めめも常連」
「めめ?」
阿部が目黒を見る。
「そう呼ばれてるの?」
「ふっかさんが勝手に」
「みんな呼んでるじゃん」
深澤が笑う。
「じゃあ俺もめめって呼んでいい?」
阿部が何気なく聞くと。
目黒が一瞬。
阿部を見る。
それから。
少しだけ嬉しそうに笑った。
「……もちろん」
「じゃあ、めめ」
「はい」
呼んでみる。
なんだか。
目黒さんと呼ぶより。
少し近くなった気がした。
目黒は阿部の隣に座る。
「仕事どうですか?」
「楽しい」
「本当?」
「うん。翔太いない日多いけど」
「ちょっと」
離れたところから渡辺の声が飛んでくる。
阿部は笑った。
「でも、館さんと二人でもなんとかできるようになってきた」
「すごいじゃん」
「メモいっぱい取ったから」
「真面目」
「また言われた」
「誰に?」
「翔太」
「じゃあ本当に真面目なんだ」
「二人に言われただけで決めないでよ」
そんな話をしているうちに。
康二が店の奥へ移動する。
小さな椅子に座り。
ギターを抱えた。
店の照明が。
ほんの少しだけ暗くなる。
深澤が声をかける。
「はい、みんな静かにー」
「ふっかが一番うるさい」
岩本に言われ。
「今から静かにするの」
と返している。
康二が笑った。
「じゃあ、始めます」
店の中が。
静かになる。
ギターの音。
優しい。
柔らかい音だった。
さっきまでずっと喋っていた康二とは。
少し違う。
阿部は。
自然と耳を傾ける。
勇気をもらえるような。
誰かのお守りになるような歌詞。
知らない歌。
初めて聴く曲。
なのに。
なぜか。
胸の奥が少しだけ痛くなった。
「……」
ギターの音を聞いていると。
何か。
浮かびそうになる。
でも。
掴もうとすると。
消える。
「……っ」
阿部は眉を寄せた。
何だった?
今の。
思い出せそうだった。
もう一度。
そう思って。
無理に探ろうとした時。
隣から。
小さな声がした。
「あべさん」
目黒。
阿部が見る。
「大丈夫?」
「……え?」
「ちょっと苦しそうな顔してる」
阿部は。
自分の手を見る。
無意識に。
強く握りしめていた。
「ごめん」
「謝らなくていいけど」
目黒はそれ以上聞かなかった。
ただ。
「聴こう」
と。
康二の方を見る。
阿部も。
もう一度ギターを見る。
今度は。
思い出そうとするのをやめた。
ただ。
康二の歌を聴く。
すると。
さっきの苦しさは。
少しずつ消えていった。
一曲終わる。
店の中から。
拍手が起きる。
阿部も。
思いきり手を叩いた。
「康二、すごい」
「ほんま?」
「うん。めちゃくちゃよかった」
「やった!」
康二は嬉しそうに笑う。
「来てくれてよかった」
「俺も来てよかった」
それは。
本当にそう思った。
知らない曲だった。
少し変な感覚もあった。
でも。
それ以上に。
楽しかった。
康二は二曲目を弾き始める。
今度は。
明るい曲。
深澤が小さくリズムを取る。
渡辺は宮舘にもたれて聴いていて。
岩本はグラスを拭きながら。
時々深澤を見る。
隣には。
目黒がいる。
阿部は。
その光景を眺めた。
まだ。
ここにいる全員と出会って。
ほんの数日しか経っていない。
それなのに。
不思議だった。
昔から。
ここにいたみたいに。
居心地がいい。
日記には。
一人で生きたいと書いてあった。
だけど。
今の自分は。
一人より。
こっちの方が好きだった。
「……俺、本当に」
阿部が小さく呟く。
目黒が聞く。
「何?」
「ううん」
阿部は笑って。
康二の方を見る。
「なんでもない」
今は。
思い出さなくてもいい。
そんな気が。
少しだけしていた。
コメント
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うわー、第3話もすごく良かった…!夜の店の雰囲気が昼と全然違ってて、岩本さんと深澤さんの恋人同士の空気感に「あ、なるほど」って自然に腑に落ちたわ。康二の歌で阿部が何か思い出しかけるけど、無理に探ろうとせず「今」を受け入れる流れが沁みた。目黒も「めめ」呼びになって距離縮まった感じがいいよね。阿部の周りに人が増えて、彼自身が「一人よりこっちが好き」って思えるようになったの、すごく成長だなって思う。続きめっちゃ気になる!