テラーノベル
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4
康二の弾き語りが終わる頃には。
時計は九時を過ぎていた。
「いやー、今日も最高やったな」
康二が自分で言いながら。
ギターをケースにしまっている。
「自分で言うんだ」
阿部が笑う。
「誰も言ってくれへんかったら寂しいやん」
「俺、ちゃんとよかったって言ったじゃん」
「もっと言って」
「欲しがるなあ」
「褒められて伸びるタイプやから」
「はいはい。すごかった、すごかった」
「雑!」
店の中に笑い声が広がる。
阿部は。
残っていた酒を少しだけ飲んだ。
結局。
今日は二杯。
岩本が弱めに作ってくれたものしか飲んでいない。
酔っている感じはほとんどなかった。
「どう?」
岩本が聞く。
「大丈夫そう?」
「うん」
阿部は自分の頬を触る。
「多分」
「また多分」
隣にいた目黒が笑った。
「だって分かんないんだもん」
「自分がお酒強いかどうか?」
「そう」
何気なく答えてから。
阿部は少し黙った。
目黒が見る。
しまった。
そう思ったけれど。
もう遅い。
「……あんまり飲んだことないんだよね」
曖昧に笑う。
目黒はそれ以上聞かなかった。
それが。
ありがたかった。
「写真撮ろ!」
突然。
康二が言った。
「何の?」
渡辺が嫌そうな顔をする。
「今日の記念」
「何の記念だよ」
「俺の最高のライブ記念」
「毎週やってるじゃん」
深澤が笑う。
「ええやんええやん。あべちゃん初めて来てくれたし」
康二はどこから持ってきたのか。
カメラを構える。
「ほら、みんな集まって」
「店閉める前に?」
岩本が呆れている。
#❤️💙
みら

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それでも。
結局全員集まる。
宮舘の隣に渡辺。
岩本の隣に深澤。
康二はタイマーをセットして。
慌てて走ってくる。
阿部は端に立とうとした。
すると。
「こっち」
目黒に呼ばれる。
「え?」
「入らないと」
目黒が少し詰めて。
隣を空ける。
阿部はそこへ入った。
肩が。
少しだけ触れる。
「撮るでー!」
康二が叫ぶ。
「三、二、一!」
カシャ。
シャッターの音。
その瞬間。
阿部の胸が。
少しだけざわついた。
写真。
そういえば。
部屋には。
一枚もなかった。
段ボールを全部開けたのに。
誰かと写っている写真も。
自分だけの写真も。
一枚も。
「もう一枚!」
カシャ。
みんなが笑っている。
阿部も。
笑った。
今度は。
ちゃんと。
店を出る頃には。
十一時近くになっていた。
「じゃあまた明日ね、あべちゃん」
渡辺が手を振る。
「翔太、明日来るの?」
「起きれたら」
「やっぱり」
「期待しないで」
「してない」
「それはそれで腹立つ」
宮舘が笑いながら。
渡辺を連れて帰っていく。
康二も。
「またなー!」
と大きく手を振って。
反対方向へ歩いていった。
残った阿部と目黒は。
同じアパートへ帰る。
「一緒に帰ります?」
目黒が聞く。
「うん」
二人で歩き始めた。
夜道は静かだった。
店からアパートまでは。
歩いて五分ほど。
隣を歩く目黒は。
阿部に合わせているのか。
ゆっくり歩いている。
「楽しかった?」
「うん」
阿部はすぐ答えた。
「康二、すごかった」
「普段あんなにうるさいのにね」
「それ本人に言ったら怒るよ」
「言ってる」
「言ってるんだ」
二人で笑う。
しばらく歩いて。
阿部は空を見る。
「今日さ」
「うん」
「康二が歌ってる時」
少し迷う。
「なんか……思い出しそうになったんだよね」
目黒の足が。
ほんの少しだけ遅くなった。
「思い出しそう?」
「うん」
阿部は前を見たまま話す。
「明るいところにいて。音楽が聞こえて」
「……」
「人がたくさんいた気がする」
でも。
それだけ。
顔も。
場所も。
何をしていたのかも分からない。
「掴もうとしたら消えた」
阿部は笑った。
「変だよね」
目黒は。
何も言わなかった。
その沈黙に。
阿部は立ち止まる。
「めめ」
目黒も止まった。
「俺さ」
もう。
隠さなくてもいいような気がした。
目黒なら。
そう思った。
「記憶ないんだ」
「……」
「自分の名前以外」
目黒が。
静かに阿部を見る。
「目が覚めたら、知らない部屋にいて」
阿部は続ける。
「年齢も。仕事も。家族がいるのかも。友達がいたのかも」
「全部?」
「全部」
「……そっか」
その一言だけだった。
可哀想とも。
大変だったねとも。
どうして病院に行かないのとも。
言わない。
阿部は。
少し安心した。
「部屋にあるもの調べたんだ」
「うん」
「通帳にすごいお金入ってて」
「すごい?」
「一人なら一生暮らせるんじゃないかってくらい」
「……」
「あと日記もあった」
阿部は。
あの日見つけたノートを思い出す。
「でも、大事そうなところ全部破られてた」
「自分で?」
「たぶん」
「残ってたのは?」
阿部は少し黙る。
「しばらく一人で生きたいって」
目黒は。
何も言わない。
阿部は笑った。
「だからさ」
「うん」
「前の俺は、一人になりたかったんだと思う」
「……」
「でも今の俺、一人なの寂しいんだよね」
言葉にすると。
少しおかしかった。
「全然違う」
目黒が。
小さく笑った。
「違ってもいいんじゃない?」
「え?」
「前のあべちゃんと」
目黒は。
ゆっくり歩き始める。
阿部も隣に並んだ。
「記憶がないなら、今のあべちゃんがそう思ってるってことでしょ?」
「そうだけど」
「だったら、今は一人じゃなくてもいいんじゃない?」
「……いいのかな」
「誰に許可取るの?」
「前の俺?」
「自分じゃん」
「そうなんだけど」
阿部は笑う。
少し歩いて。
また口を開く。
「でも」
「うん」
「思い出したい」
目黒を見る。
「俺が誰だったのか」
「……」
「なんで一人になろうとしたのか」
「うん」
「何があったのか、ちゃんと知りたい」
目黒は。
しばらく答えなかった。
街灯の下を通る。
その横顔が。
少しだけ寂しそうに見えた。
けれど。
次に見た時には。
いつもの顔だった。
「あべちゃん」
「何?」
「今は」
目黒が言う。
「無理に思い出さなくてもいいんじゃない?」
阿部は目を瞬く。
「……なんで?」
「思い出そうとした時、苦しそうだったから」
康二の歌を聴いていた時。
目黒は。
気づいていた。
「思い出すことより、今普通に笑えてる方が大事じゃない?」
「でも……」
「思い出すなとは言ってないよ」
目黒は笑った。
「急がなくていいってこと」
阿部は。
少し考える。
「時間かけてもいい?」
「いいんじゃない?」
「何年かかっても?」
「何年でも」
あまりにも。
迷いなく言うから。
阿部は笑った。
「めめが決めることじゃないけどね」
「あ、確かに」
「ふふっ」
二人で笑う。
アパートが見えてきた。
少し前まで。
帰るのが嫌だった場所。
一人しかいない。
静かな部屋。
でも。
今は。
隣に目黒がいる。
明日になれば。
カフェへ行く。
宮舘がいて。
たぶん渡辺がいて。
いなかったらいなかったで。
きっとまた笑う。
夜になれば。
岩本と深澤もいる。
康二だって。
また来る。
思い出せない過去は。
まだ怖い。
だけど。
「めめ」
「ん?」
「話してよかった」
目黒が。
少しだけ目を細める。
「いつでも聞くよ」
「ありがとう」
アパートの階段を上る。
二人の部屋の前まで来て。
阿部は自分の鍵を出した。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
ドアを開ける前に。
阿部は思い出して。
ちゃんと隣を見る。
「めめ」
「ん?」
「今度作りすぎるのいつ?」
目黒が笑った。
「明日にでも作りすぎます」
「わざとじゃん」
「バレた?」
「バレるよ」
笑いながら。
阿部は部屋へ入った。
ドアを閉める。
静かな部屋。
それでも今日は。
前ほど寂しくなかった。
過去の自分が。
どうして一人になりたかったのかは。
まだ分からない。
でも。
今の自分には。
少しずつ。
一人じゃなくていい理由ができ始めていた。
コメント
1件
ああ、第4話……阿部が「記憶ないんだ」って打ち明ける場面、すごく胸にきました。写真を撮るときに「部屋には一枚もなかった」って気づくところも切なかった。でも目黒が「急がなくていい」って言ってくれて、阿部が「話してよかった」って笑えたのが本当によかった。最後の「一人じゃなくていい理由ができ始めていた」にじんわりきました。みらさんの描く距離感、繊細で好きです🌷