スタジオの扉を開け、特に会話もなくここまで来た2人と共に入る。若井がギターの側へと向かうのを視界に、僕もキーボードの側へと行く。備えられた椅子に腰を下ろした時、キーボードの上へと何か紙のような物が置かれた。
「…これ。」
そう言い僕を見つめる元貴の顔に、さっき若井から聞いた言葉が頭に浮かんだ。渡されたそれに目を落とせば、やはり先程よりも簡単になった楽譜のようなものだった。様々な所が削られており、当時にこの曲の良さも無くなってしまっているような。でも、元貴が判断したことだ。僕は何も口出しなんてしない。
君と一緒に何を観よう
「…若井から聞いたよ、!ありがとう僕の為に。」
後ろで僕たちを見守る若井が複雑な表情を浮かべたのが分かった。本当は僕だってもう少し頑張りたい。もっともっと練習して、元貴が作ってくれた音を創りたい。
僕と一緒で良かったの?
「涼ちゃんはどうなの。」
「へ、?」
「本当にこれでいいの?」
不安なんだ いつか壊れるのは
元貴の言葉の意味を聞こうとして開いた口を閉じる。全部、分かってる。だから僕は言葉にする。
「…っ、元貴の作ってくれた曲、ちゃんと弾きたい。」
声は震えていたが、伝えたかった僕の想いはしっかりと伝えられた気がする。重かった肩の荷が降りたような気がして、小さく息を吐く。その瞬間、元貴の大きな声と共に身体に衝撃が走った。
何となくだけども わかってるんだ
「涼ちゃーん!!!!!」
「っわ、…な、どうしたの、!?」
「俺やっぱ涼ちゃんだーーいすき!!」
ぎゅーっと強く抱き締められる感覚に、思わず笑みが零れる。大好き、と頬を擦り寄せる姿が何とも微笑ましい。
「涼ちゃんが弾くって決めたなら俺も全力でやるから。でも、…涼ちゃんのペースでね。」
「…うん!!ありがとう、元貴。」
僕に抱きついたまま顔を上げた元貴にそう言われる。頑張って、とか無理しないで、とかよりも荒んだ心に染みる言葉にじわりと瞼が熱くなるのを感じた。感謝の意も込めて、元貴の頭をふわりと撫でた時、スタジオに若井の声が響いた。
「はいじゃあ2回目いきまーーす!!さーん、にー、」
「ちょちょちょ、まって!!!」
マイクを通して聞こえた焦らせるようなカウントダウンに、僕を抱き締めていた元貴の体が慌てて離れていく。スタンドに置いてあったマイクを手に取った元貴が発した歌声は裏返っていて、スタジオが笑いに包まれた。
「めっちゃ裏返ったじゃんかよ!!はぁ、…じゃあ気取り直して行くよー!!」
元貴に合図を送る前に、キーボードに置かれたままの楽譜を手に取る。続くであろう裏面を捲ってみれば、何も書かれていない白紙で、思わず首を傾げる。最初から元貴は変えるつもりなんてなかったのだろうか。まあ、今となっては気にすることなんてない。僕はこのキーボードを全力で弾くだけ。指先がやけに軽かった。この先の明るい未来を暗示するように。
コメント
3件
あえて白紙?信頼関係の証だな。