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とある朝。20歳前後の男がダイニングテーブルの椅子に座り、黒い瞳を持つ切れ長の凛々しい目を右へ左へと動かしている。彼は紫の短髪に前髪だけを少し長くして下ろしている髪形をさせ、彫刻かのように整っている顔が少し困惑したような表情をしている。
彼の名前は、ムツキ。この世界で最強にして唯一の転生者である。
彼の名前を漢字で書くと1月を意味する睦月だ。男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前である。本人もとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。
彼のこの世界での目的は、スローライフを送ることである。それもモフモフやハーレム付きのかなり贅沢なスローライフである。
「えーっと……ナジュミネもサラフェもちょっと落ち着いてくれるか?」
ムツキは少し俯き加減でボソッと呟く。
「旦那様はちょっと黙ってくれないか!」
「ムツキさんは今お呼びではありません!」
ムツキは思わず首を竦める。彼の左右両隣には美少女が座っており、両手に花といったところだが、どうも彼の居心地は悪そうだ。
「食事は三角食べと言って、ご飯、汁物、おかずを一口ずつゆっくりと食べるものだろう。旦那様もそう思うだろう?」
ムツキを旦那様と呼ぶ美少女はナジュミネという元・炎の魔王の鬼族の女の子である。鬼族といっても、角がない種族できめ細やかな白い肌をしている。彼女はまるで陶器の人形が動き出したかのような華麗な姿で、ウェーブの掛かっている真紅の長い髪に、真紅の瞳と釣り目がちな目と全体的に紅い。
彼女は上に黒のタンクトップを着て、下にパステルピンクのドルフィンパンツを履き、肌の露出が多めの装いをしている。彼女の胸の張り方や腰回りの大きさを見れば、スタイルの良さが容易に分かる。
「何を仰っているのですか。料理は一品ごとに1つ1つの食材をじっくりと味わいながら食べるものですよ。ムツキさんも1つ1つを感じたいでしょう?」
ムツキをさん付けで呼ぶ美少女は、サラフェという元・水の勇者の人族の女の子である。彼女は着せ替え人形が動き出しているかのような可愛らしい顔をしており、透き通るような青い髪を両サイドにまとめているツインテール姿で、垂れ目がちな目の中にある瞳の色がその髪の色と同様に綺麗な青色である。
彼女の肌は健康的な褐色で、体型がとてもとてもスレンダーで真っ直ぐスラっとしており、青色の上下のパジャマが愛くるしい姿を映えさせている。
「あ、いや、俺はどちらでも……。ナジュとサラフェが仲良くしてくれると嬉しいかな」
ナジュミネとサラフェは食べ方の違いでちょっとした口論になっているようだ。その渦中にムツキはいる。何故なら、彼は2人に朝食を食べさせてもらっているからだ。
彼が美少女たちに食べさせてもらっているのには理由があり、それは彼の呪いにある。彼は最強であることの代償とも言うべきか、日常生活を送るには不自由過ぎるほどの様々な呪いを抱えていた。その中に自分ではご飯を食べられないというものまである。つまり、彼はモフモフやハーレムの女の子たちにお世話をしてもらわないと生きていけないのだ。
「話を逸らさないでくれるか! 妾とサラフェの仲が良いとか悪いとかではない!」
「そうです! 食べ方の問題ですよ!」
「うぐっ……うーん……」
ムツキの煮え切らない答えがナジュミネとサラフェの感情の炎に油を注ぐ形になった。彼は困り果てた顔をする。正直、彼は細かな作法に興味がない。楽しく皆と食事ができれば、それでいいのである。
「何を朝っぱらから、2人してムッちゃんに怒鳴っているのよ……ムッちゃんが困っているじゃない? ねー、ムッちゃん、おはよ♪」
「おはよう、リゥパ」
ムツキを愛称で呼ぶ美少女はリゥパという白い肌と長く尖った耳が特徴的な見目の美しいエルフである。彼女は若干スレンダーな体型で、優しそうな丸みを帯びた目の中にある瞳の色や髪の色は淡い緑色をしており、髪がショートボブで短く綺麗にまとめられている。
彼女は寝起きで薄緑色のベビィドールを着ており、白い手足がむき出しになっていて色っぽい。また、両腕に身に着けている琥珀色の腕輪はエルフの姫の証である。
彼女は彼に後ろから優しく抱き着く。彼女は彼の頬に自身の頬を摺り寄せて、愛情表現をしてみせる。
「ちょっと聞こえていたけどね、ナジュミネもサラフェも食べ方にこだわりがあるのは別にいいけれど、人に押し付けるのはどうかと思うわよ? しかもそれで喧嘩するなんてみっともない」
リゥパが少し冷ややかな表情でナジュミネとサラフェを嗜める。普段はナジュミネが調整役や仲裁役であるものの、彼女が暴走した場合には、リゥパが代わりをつとめていた。
「……たしかに」
「……たしかに」
「聞き分けがいいのはいいことよ。どうしても気になるなら、当番を別々にすることね」
リゥパは小さく溜め息を吐いた後に、少し俯き加減の2人に優しい声を掛ける。
「それもそうだな」
「そうですね」
「……というわけで、今から私がムッちゃんにあーんしてあげるわ」
リゥパのムツキを抱き締めていた腕が彼から離れ、彼女はムツキの上に向かい合うように座って、皿とスプーンを手に取り、彼の口へと食事を運ぼうとする。しかし、それはナジュミネとサラフェの華麗な連携により止められる。
「待て、それは話が違うぞ。旦那様にあーんをするのは妾だ」
今度はムツキを困らせないようにと笑顔のナジュミネだが、明らかにリゥパに向けた彼女の視線がキツめである。
「あ、いえ、私は本来別に構わないですが、ただ、当番なので役割は全うしなければいけませんから、リゥパさんにご迷惑を掛けるわけにはいきません」
一方のサラフェはどうでもよいという素振りをするが、役割を全うするという建前でリゥパを止めている。
「まあまあ、2人とも。ここは喧嘩両成敗ということで私がするわよ?」
「妾だ」
「いえ、私が」
「ちょ、ちょっと……皆……」
ムツキが困った様な顔をしていると、台所の方から黒い影が颯爽と現れた。
「やめるニャー!」
3人を止めたのは、人語を話す一匹の黒猫だった。黒猫の名前はケット。彼はほとんどの毛が黒色で、ただ胸元にだけ白いふさふさの毛を蓄えている。そして、キラキラとする金色の瞳をしており、感情表現が豊かな2本の長い尻尾を持っている。2本の後ろ足で器用に二足歩行をしており、2本の前足はまるで人族の手のように動かしている。
彼はただの猫ではなく、猫の姿をしている妖精であり、妖精族を束ねる王様でもあった。なお、エルフも妖精族の1種であるため、エルフは彼の傘下である。
彼はムツキのことをご主人と呼んで慕っていて、百匹以上の妖精たちとともに、ムツキの生活をバックアップする生活を続けている。
「3人ともご主人を放っておいてニャにを喧嘩しているニャ。ニャか良くできニャいニャら、オイラたちでご飯係を回すからしニャくていいニャ」
ケットに叱られて、ナジュミネ、リゥパ、サラフェはしゅんとした様子で項垂れている。
「すまない……」
「すみません……」
「ごめんなさい……」
「謝る相手が違うニャ」
ケットは3人に素直に謝られ、先ほどよりも少し柔和な様子で優しく指摘する。
「旦那様、すまない」
「ムツキさん、すみません」
「ムッちゃん、ごめんね」
「いや、いいんだよ。皆の気持ちは嬉しいな。まあ、俺は皆で仲良く食べたいかな」
ムツキはホッと胸を撫で下ろし、ケットに心の中で盛大に感謝をしていた。そうこうしている内にどんどんと2階から1階へと降りてくる複数の足音がする。
「おはよう、ダーリン♪」
ムツキをダーリンと呼ぶのは黒狸の半獣人の女の子で、名前はメイリという。
半獣人は人が動物的な耳や尻尾などの特徴も持っているようなイメージだと理解すれば早く、彼女の場合、耳、尻尾、肘から先の腕と手先、膝から下の脚と足先が狸のようになっている。
彼女の肌の色や髪の色は黒く、少年のようなショートヘアに真ん丸な顔、真ん丸な目、真ん丸な茶色の瞳は小動物的な可愛さを引き立てる。しかし、その幼い顔立ちと低身長には似合わない大きな胸が半袖のシャツ越しでも存在を主張していた。
「おはよう、ハビー」
ムツキをハビーと呼ぶのは白狐の獣人族のコイハだ。白狐とは、つまり白銀のキツネである。獣人は半獣人と異なり、動物がヒト型に近付いて2足歩行したような姿だとイメージすれば早い。
彼女は白銀の毛並みが美しく、すっと伸びたマズルや尖った耳、ムツキ同様の切れ長の目に茶色の瞳、ふさふさの尻尾と高い身長が特徴的な美しい白狐である。
「おはようございます、マスター」
ムツキをマスターと呼ぶのは、人族の始祖に造られた兵器であるキルバギリーだ。髪は灰色のポニーテイルに、瞳も同じように灰色であり、肌とも言える表面は薄橙をベースに少し光沢のある薄い虹色が掛かっているかのようである。
「ふわぁ……おはよ、ムツキ」
ムツキと呼ぶのは、この世界の唯一神である女神ユースアウィス、普段、ユウと呼ばれる幼女である。
彼女は白いナイトキャップに薄青色の寝間着姿で現れる。背中が隠れるくらいの長い金髪に透き通るような白い肌をしていて、ぱっちりなお目目の中には綺麗な青い瞳がその存在感を主張していた。お人形さんと呼ばれても遜色ないほど、理想的で綺麗な姿である。
今の彼女は幼女の姿をしているが、自由自在に姿を変えられる。
「おはよう、みんな。って、ユウまで起きてきたのか」
普段、中々起きることのないユウが起きてきたので、ムツキは驚いてしまう。
「失礼ね。私だって起きる時は起きるよ!」
「すまん。まあ、せっかく、皆揃ったんだ。一緒にご飯を食べないか?」
全員が賛成とばかりに洗面所で洗顔と手洗いを済ませた後に席に着いた。これで、ムツキとハーレムの女の子たちは勢ぞろいである。
なお、ケット以外の主要な妖精たちが何匹かいるものの、今は家に不在のようだ。
「では、今日もいただく命に感謝ニャー!」
ケットが号令のようにいただきますの挨拶をする。それに合わせて皆が口を揃えた。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
その後、総勢8人の雑談も含めた楽しい朝食になった。