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⚠ソ連×中国
中国がソ連の弟子だった時代の話
朝の空は、どこまでも灰色だった。
陽の光はどこかに置き忘れられたまま、重たい雲が空一面に覆いかぶさっている。
でも我は、それが嫌いじゃなかった。
この国の朝は、いつだって無愛想だけど誠実だ。
「……また寝癖がついているぞ、中国」
書類をめくりながら師匠が言った。
我は慌てて手で髪をなでつける。
「ど、どうせ帽子被るし……問題ないと思います……」
「外に出るならいいが、家の中でもそのままなのはだらしない」
「……うぅ」
朝の訓練前、いつもこんな小言から始まる。
けれど、それがもう日課になっていた。
午前中の訓練は、雪かきからだった。
師匠の屋敷の裏庭は広く、石造りの道が凍ると危ないからだ。
「……我、また滑るんじゃないかと心配です……」
「滑るな」
「簡単に言いますね……」
けれど、彼はちゃんと一緒にスコップを持っていた。
黙々と雪をどけるその背中は大きくて、時々ちらりとこちらを見る目があって、
口数少ないのに、いつもちゃんと見てくれているのがわかる。
それが我には、ちょっとだけ嬉しかった。
午後、書庫での勉強中。
師匠の声は淡々としていて、感情がこもっているようには見えない。
だけど、読み上げる声の調子や、難しいところで止まってくれるタイミングで――
「……あ、師匠、いまのもう一度言ってください。そこ、我ちょっと聞き逃して」
「ふむ。……最初から読み直す」
決して責めない。黙って、繰り返すだけ。
冷たそうに見えて、その繰り返しは我にとって、とてもありがたかった。
「……あの、師匠!。さっきの話、例えがすごく分かりやすかったです!」
「そうか」
「……そういう無愛想な言い方、得意なんですね。……昔からですか?」
「さあな」
「……そうですか」
むすっとする我を見て、師匠はわずかに目を細めた。
たぶん、あれは――笑ってた。
夜になり、雪がまた降り始めた。
夕飯のあとは静かで、書庫にいた我はふと、師匠のいる台所を覗きに行く。
「……何をしてるんですか?」
「温かいものを淹れている。今日は冷えるからな」
「……いつもは我がやる係なのに」
「お前がこの間、砂糖と塩を間違えたせいだ」
「うぅ……」
黙って差し出されたカップからは、やさしい湯気が立っていた。
ミルクと紅茶と、少しの蜂蜜。
それは我が好きな味で、でも口に出したことは、一度もない。
「……なんで、好み知ってるんですか?」
「弟子の好みくらいは、把握している」
それ以上は言わなかった。
でも我は、少しだけ手が熱くなった気がして、カップを両手で握りしめた。
眠る前、我はふと、今日のことを日記に書いていた。
「……今日は怒られなかった。たぶん、珍しい」
ペンを止めて考える。
怒られなくてよかった、のに――なんだか物足りない。
「……次はもっと、師匠になにか言われたい、かも」
そう思って自分でも驚いた。
でも、いつもそばにいるその存在が、何も言わないのは――少しだけ、寂しい。
我はペンを置き、布団にもぐりこむ。
そのまま、目を閉じながら思う。
(明日も、同じ空ならいいな)
その夜、雪は音もなく降り続けた。
寒さに凍えるはずの屋敷の中は、ほんのりと――
あたたかかった。
____END
コメント
1件
え…めっちゃ好き……最高やん…