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勘違いとかさせないで 昼休みのざわめきの中、コトコの教室の扉が勢いよく開いた。
「コトちゃーん、来たよ!」
背の高いミコトが、軽やかに笑いながら顔を出す。その瞬間、クラス中がざわついた。高校3年生と言うだけあって、背丈もあり、オマケに顔が学年1と言っていい程整っている美形なミコトは、ドアの前で一際目立った。
「また先輩だ〜」「いいなー杠」
など活気な声もあれば、
「なんでアイツなの」「あいつ、いっつもすまし顔でマジキモイのに」
などコトコに対してヘイトの様な声も多数聞こえる。
多種多様な声が飛び交う中、コトコは頬杖をついたまま冷ややかに視線を上げる。
「……授業終わったばっかりでしょ。時間も少ないのに、わざわざ来る意味あるの?」
「意味ならあるよ〜。コトちゃんの顔を見に来るっていう、ね。」
「馬鹿みたい」
ツンと返されても、ミコトは余裕の笑みを崩さない。周囲の友達が「きゃー」「私も言われたい!」なんて声をあげる中で、彼はあたかも当然のように部屋にはいり、そしてコトコの隣の席に腰を下ろした。
「今日も今日とて可愛いねぇ〜」
「それ、今日何回目」
「さぁ?何回目だろうと僕がコトちゃんを愛してるのに変わりは無いからね」
ミコトはほんのりと桃色に染まるコトコの頬を、ふわりと優しく撫でる。そして軽く、頬へキスを落とす。周りの目を全く気にしていない。コトコは拒絶しながらも、そんなミコトの異常さに慣れてしまった。
「っ、やめて、はしたない」
「可愛いねぇ」
なんだかんだでイチャイチャ過ごしていると、5分前入室の時間に近づき、ドタドタと教室に人が入ってくる。
「え〜、もう時間?もっとコトちゃんを愛でたかったなぁ〜」
「はいはい、さっさと帰りなさい」
ミコトは席を立ち、また後でね、とコトコにウインクをして教室を出て行く。
コトコの教室にはまだ先程の雰囲気が残っており、女子たちがミコト先輩がどうだのこうだの絶えずキャーキャー騒いでいる。コトコはそれを無視し、窓へ視線を変える。
早く会いたい、など心の中で微かに想いながら。
そんな日の放課後。窓から差し込む夕陽の光が体を照らし、自身を軽く茜色に染める。野球部の活動が終わり、皆それぞれ片付けをして帰っている。
ミコトもその中の1人で、部員に任された荷物をしまい、帰る準備を一通り終わらせて、コトコが昇降口にやってくるのを待っていた。
部活がいつもより早めに終わったこともあり、まだ時間がある。なので校庭には、まだ部活動中の生徒が残っていて、他部の友達の姿も目に入る。
そんな時、
「ミコト先輩、ちょっといいですか」
廊下でミコトに声をかけてきたのは、全く知らない関わりのない女子だった。リボンの色が中3なので、多分コトちゃんと同じ学年の子かな、と予想する。
「いいけど…どうかした?」
とりあえずこっちに来てください、と手を引かれ空き部屋に案内される。
──後ろにコトコがいた事を、気づかずに。
コトコは部活が終わり、汗を拭きながら、いつもミコトがいる高等部3年昇降口へ向かっていた。
遠くにぼやけて見えていたミコトの姿が、段々とはっきり見えてくる。そして同時に、同じクラスの女子がミコトへ話しかけているのが見えた。そして、空き部屋に入っていく。
…確か、あの女子はクラスのマドンナだ。明るく、優しく、ふわふわしていて守りたい母性が働く、と男子が話していた気がする。コトコと真逆だ。
後ろからその場面を見てしまったコトコは、胸の奥がざわつく。
(……何よ、あれ)
女子の頬が赤い。どう見ても“告白”だった。
理解したくも無い事実を、瞬時に脳で理解してしまい、コトコの中で何かが壊れ、崩れ落ちた。
高等部の昇降口へ向かっていた足は、いつの間にか自分の昇降口へと来ており、コトコはそのまま靴を履き替えて外へ出た。
胸に空いた風穴に、冷たいものが抜けていくようだった。
部屋に入ると、女子は少し恥ずかしそうな顔をした後、ミコトと目線を合わせる。
「私、ミコト先輩の事が好きです」
頭のどこかで予想していたような、このためか、と腑に落ちる言葉が女子から発された。ミコトは告白されること自体には慣れているので、いつものお決まりの台詞を言う。
「…ごめんね、僕、好きな人がいるから、君とは付き合えない」
これまでの経験上、ミコトは変に嘘をつくより、はっきり言った方が相手は諦めやすい事を理解したので、丁重にお断りする。
コトちゃん以外興味無いんだよなぁ……と感じながらチラ、と女子の方を見ると、静かに泣いていた。泣かすつもりはなかったんだけどな、とハンカチを差し出す。
「……ごめんね」
「いえ……その方と幸せになってくださいね」
「うん」
女子は涙を拭いた後、赤くなった目の周りを擦りながら、部屋を出ていった。
好きになった相手が、僕以外だったら君も幸せになれたかもね、とミコトは思いながら、自分以外誰もいなくなった静寂の教室を出ていった。
⸻
「ただいま」
ミコトの、いつもの軽く聞き心地の良い声ではなく、少しの寂しさが絡んだ声が玄関に響く。玄関口には同居人が、荒々しく脱いだであろう靴が散乱している。
彼はそれをきちんと並べた後、洗面所へ向かい手を洗う。そして2階の部屋へ行き服を脱ぎ、リビングへ降りる。いつもと同じ行動だ。だが、足取りは明らかに重かった。
「あー、おかえり。なんかあったのかよ?」
何かを見兼ねたジョンが問いただす。
「コトちゃんと下校できなかったぁ」
「はぁ?」
なんともくだらない理由で落ち込んでるな、とジョンは軽く吐き捨てる。
「なんか知らない女の子に告白されて、断って昇降口戻ったらコトちゃんいなかった」
「またかよ」
ミコトが告白されるのは日常茶飯事と言っても過言では無い。ジョンはミコトが告白された事には深く言及せず、適当にあしらう。
ソファに座ると、隣に座っていたジョンに、これ、と渡されたコップのジュースを受け取り、1口飲む。
「なんで先帰っちゃったんだろぉ……」
困ったように呟く。
「あのイカレ女が、ミコトが告白されてる所、見たんじゃね?」
「えっ、そっかなぁ…?」
「それ以外ない気がするけどな」
俺はアイツ見てねぇから分からねぇけど、とジョンが付け足す。ミコトも実際、少しだけその可能性を考えていた。
もし女の子と部屋に入っていく所をコトちゃんが見ていたら、結構拗ねるだろうな。コトちゃん、何でもかんでも自分の判断で行動しようとするから、誤解しやすい性格だし。とミコトは頭の中でつぶやき、明日どうやって誤解を解くか、そして期限を取ってあげるか、と考える事にした。
───
翌日。
いつものようにミコトがコトコの教室にやって来ても、彼女は視線を合わせなかった。どこか遠くを見つめているようだった。
雑音の中をすり抜け、最愛の彼女の元へと向かう。
「コトちゃん?」
「……」
「お〜、どうしたの。もしかして怒ってる?」
「別に」
短く切り捨てる声。普段から冷たく見えるコトコだが、今日は空気が違った。
特徴的な赤い目はくすみ、哀しげな目をしていた。こちらがじっと見つめると、静かに溶けてしまいそうな視線が帰ってきた。
ミコトは少し首をかしげ、彼女の机に手を置いた。
「昨日のこと、見てた?」
「……何のこと」
「女の子に呼び止められてたの、コトちゃん見ちゃってた?」
「……」
コトコは沈黙のまま、また顔をそらした。
図星だが、ここで問いただすと聞きたくない物を聞いてしまうかも知れない、と不安が走る。けれど、ここで聞いておかないと、歪な関係なまま続いてしまう。
コトコはゆっくりと口を開き、か細く
「……浮気?」
と言った。とても小さく、拗ねたような、震えるような響きだった。
ミコトは一瞬だけ驚き、それからすぐに笑みを戻した。間違いなく微笑みでありながら、もろく繊細な表情にも見えた。そして、柔らかく割れ物を扱うように彼女の頭を撫でた。
「そんなわけないでしょ。あれは告白されただけで、ちゃんと断ったよ」
「……ほんとに?」
「ほんとに。僕が好きなのはコトちゃんだけ。信じられない?」
コトコは唇を噛み、ためらうようにミコトを見上げる。彼女の瞳に、わずかな不安と寂しさが揺れていた。
ミコトはその視線を真っ直ぐ受け止め、低く優しく言葉を落とす。
「僕はね、コトちゃん以外に目を向ける暇なんてないんだよ。ずっと君を見てたいんだから」
教室の隅でクラスメイトが「きゃー」などと囁く声が聞こえる。それでも二人の間にはもう、余計な雑音は入らなかった。
「……バカ」
コトコが小さく吐き捨てる。その頬はほんのりと赤く染まっていた。
「バカでいいよ。コトちゃんのバカでいられるならね」
「……ほんと、どうしようもないわね」
呆れたように言いながらも、コトコの唇にはわずかな笑みが浮かんでいた。
⸻
部活動終了のチャイムがなり、ほとんどの人が帰った放課後。二人は人気の少ない渡り廊下を並んで歩いていた。
「……昨日から、ちょっと怖かったの」
「怖かった?」
「私のこと、本当に好きなのかって。……他の子の方が可愛いんじゃないかって」
コトコの声はいつになく小さい。いつも自信が溢れている彼女には、とても珍しい事だった。
ミコトは足を止め、彼女の肩をそっと優しく抱いた。
自分の愛を柔らかく、大きく、彼女に隅々まで伝わるように、優しく。
「そんなの、絶対ない。僕が好きなのはコトちゃん。誰よりも、ずっと」
「……」
「だから不安にならなくていいよ。僕は離れないから」
コトコの頬が熱を帯び、言葉を飲み込む。
やがて、彼女は小さな声でつぶやいた。
「……信じる」
「うん」
「……信じてあげる」
「ありがと、コトちゃん」
柔らかな夕陽が差し込む中、二人はそっと指先を重ねた。昨日は、ただ鬱陶しかった夕焼けの光が、今日は自然と綺麗だと感じることが出来た。黄金色の光が廊下に立つ2人を包み込む。そして、2人だけの世界を作っている。
その暖かいぬくもりが、すれ違いで生まれた不安を溶かしていく。
――揺れる心を、互いの言葉で確かめ合いながら。
ミコトとコトコは、また一歩“恋人”として近づいた。
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