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◇◇◇◇
王妃アメリアは、ネクロマンサーの最初の被害者だった。
それが、国の出した結論だった。
月が曇る夜、城の地下牢は封鎖される。
鉄格子の向こうで、アメリアは鎖に繋がれていた。
「……血」
喉が擦れる音で、そう呟く。
王妃だった女の声ではない。
いつもの慈悲深いと讃えられる声でもない。
「血が、欲しい」
鎖が引きずる。
爪が石を食い込む。
看守は、扉の外で祈ることしかできなかった。
叫び声。
泣き声。
獣のような唸り。
夜が明けるまで、それは続く。
◇◇◇◇
医師も、聖職者も、魔術師も。はたまた名のある魔女も。
誰も、治せなかった。
「死者を無理に戻した代償だ」
「魂が、正しく縫い合わされていない」
「これは……生ではない」
禁忌の魔法は、誰一人として、理解すらできなかった。
どの専門家も、ただ見ただけのことを半端に語り、そして治すすべはないと断言した。
王は、命じた。
「月の曇る夜は、必ず王妃を牢に入れろ」と、そして「誰も、近づくな」と。
やがて、噂には尾ひれが着く。
「王妃は、魔女に化け物にされた」
「白の魔女こそ、善行の皮を被った化け物だ」
「ネクロマンサーの呪いだ」
そして、噂は混じり合い。一つに収束した。
『ネクロマンサーを、許すな』
その言葉は、お話になり、説教になり、都合の良い正義になった。
こうして、白の魔女は「多くの命を救った存在」から「化け物を生むネクロマンサー」へと変わる。
真実は、誰にも語られない。
語られた真実は、ただ一つ。
白の魔女が、王妃を化け物にした。
それだけだった。
◇◇◇◇
村の外れにある小屋は、風が吹くたびに軋んだ音を立てた。
魔女はその音に、ビクンと肩を揺らす。
夜が来るたび、月を確かめる。
「……大丈夫よ。私を魔女と知る者はここにはいない」
誰に言うでもなく、魔女はそう呟いた。
戸を叩く音がした。
「起きてる?」
青年の声だった。
名はジーク。この小屋を貸してくれている人物。
「入って」
ジークはカバンを抱えて入ってきた。中には、固くなったパンと、少しの干し肉。
「またもらいすぎた。僕一人じゃ食べきれなくて」
嘘だ、と魔女は思う。
彼はいつもそう言って、余分な食料を持ってくる。
「ありがとう」
そう言いながら、魔女は彼の目を見ない。
見ると、言わなければならなくなる気がした。
ジークは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……ッ、魔女の噂って、知ってる?」
詰まった彼の言葉に、パンを持つ魔女の指が、止まる。
「王都の方で、また行方不明の人が出たんだって」
空気が、冷えた。魔女の心臓が早鐘を鳴らす。
「それで?」
「ネクロマンサーの仕業だってさ」
ジークは、魔女を見た。逃げ道を塞ぐような視線ではない。ただ、楽しげな会話を望んでいる雰囲気。
「……怖いわね」
「ところでさ、セレナさんは王都で何してたの?」
魔女は答えなかった。
魔女の名はセレナと言う。白の魔女と広まる頃から、誰もセレナの名前を言う者はいなかった。
沈黙が長く続き、沈黙を破ったのはジークの方だった。
「いやそんな詮索するつもりじゃなくてね。セレナさんと仲良くしたいっていうか、なんていうか」
彼は視線を逸らし、笑った。気を遣った笑顔だった。
「……そうね。私もジークさんとは仲良くしたいわ」
「え! ほんと!」
「えぇ」
ジークの顔が一気に晴れる。
「僕、明日も来るよ!」
「待ってるわ」
「そういえば、今日森でね……」
ジークが帰ったあと、小屋は再び静かになる。
セレナは、灯りを落とし、床で膝を抱えた。
今日は月が曇る。