テラーノベル
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若井は、誰に見られていなくてもギターを弾き続けるようになっていた。
スタジオが終わったあとも、家に帰ったあとも。
指先が痛くなっても、コードが崩れても、やめなかった。
同じフレーズを何十回も繰り返して、少しずつ形を整えていく。
音が“合う”瞬間を、体に覚えさせるみたいに。
数週間後。
スタジオで音を出した瞬間、空気が変わった。
「……あれ?」
藤澤が思わず顔を上げる。
髙野も、少し驚いたようにリズムを確認する。
綾華は一拍早く笑った。
「今日、めっちゃ合ってるね」
その中心でギターを鳴らしている若井は、少しだけ肩の力を抜いた。
確かに、以前より格段に上手くなっていた。
音の輪郭がはっきりして、迷いが減っている。
でも
その変化に、真っ先に気づいたのは元貴だった。
「……そこ、違う」
一言目から、それは冷たかった。
「今の入り、遅い。合わせる気ある?」
若井はすぐに指を止める。
「ごめん、今のもう一回——」
「“もう一回”多すぎ」
被せるような声。
スタジオの空気が少し固まる。
若井は一瞬だけ言葉を飲み込んで、それでもすぐに小さく笑った。
「うん、気をつけるね」
その笑顔は、困っているのに崩れない。
元貴の視線がそこに刺さる。
(またそれ?)
ちゃんとできてるのに。
前よりずっと良くなってるのに。
それでも、評価は変わらない。
むしろ
「上手くなった分、余計気になるんだけど」
吐き捨てるような言葉。
髙野が小さく「元貴」と制する。
藤澤が眉をひそめる。
綾華は、スティックを握る手に少しだけ力を入れる。
でも元貴は止まらない。
「頑張ってるのは分かるけどさ、それで“できてるつもり”なら意味ないから」
言葉が鋭くなっていく。
若井は一瞬だけ視線を落とす。
ほんの少しだけ、困ったような顔。
でも次の瞬間には、また顔を上げていた。
「……うん、分かった」
それから、いつものように笑う。
優しい、崩れない笑い方。
その表情を見た瞬間、元貴の中でまた何かがざわつく。
(なんでそれで笑えるの)
普通なら、もう少し怒るか、落ち込むかするだろ。
なのに若井は、何もなかったみたいに立っている。
指先は前より確実に上手くなっているのに。
評価は変わらない。
距離も変わらない。
むしろ元貴の言葉は、少しずつきつくなっていく。
「そこ、邪魔」
「音、浮いてる」
「合わせる気ないなら入らなくていい」
そのたびに若井は一瞬だけ困った顔をして、それでも必ず笑う。
「ごめん、もう一回やる」
その繰り返し。
スタジオの誰もが、それを見ているのに止められないまま。
音は少しずつ良くなっているのに、
バンド内の空気だけが、少しずつ歪んでいく。
コメント
2件
大森さんだけが少しずつズレてる感じがしますね、めっちゃ好きな作品です
歪んでるぅうぅ うまくなってるのに 認めて貰えないの辛い😭 大森氏は何をしたいのか..... つづきたのすぃみ!