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第七話 雨音の向こう側
「近くにいるほど、見えなくなるものがある。」
六月。
梅雨の季節がやってきた。
窓の外は朝から灰色の空。
絶え間なく降り続く雨が、
校舎の屋根を静かに叩いていた。
「雨ばっかりだね。」
昼休み。
美桜が窓の外を眺めながら言う。
「せっかくの高校生活なのに、外で遊べないじゃん。」
「いや、梅雨は毎年来るだろ。」
蓮が笑う。
「でもさ!」
「雨の日ってテンション下がらない?」
「俺は寝れるから好き。」
「蓮らしい。」
四人の会話に笑い声が広がる。
その中で、湊はいつものように紬を見ていた。
最近、少しだけ気になっていることがある。
紬は笑う。
いつも通り。
でも――
時々、遠くを見るような表情をする。
何か考えているような。
誰にも言えないことを抱えているような。
「神崎くん?」
突然呼ばれて、湊は顔を上げた。
「え?」
「今、ぼーっとしてた。」
紬が笑う。
「珍しいね。」
「ごめん。」
「謝らなくていいよ。」
そう言って笑う紬。
でも、その笑顔の奥にあるものを、
湊はまだ知らなかった。
*
放課後。
雨はさらに強くなっていた。
部活動の生徒たちも早めに帰り始めている。
湊は写真部の部室にいた。
正式な部員ではない。
ただ、
写真を撮る場所として時々使わせてもらっている。
机の上には、最近撮った写真。
桜。
屋上。
川沿い。
そして、紬。
湊は写真を一枚手に取る。
無意識だった。
そのとき。
「……それ。」
声に驚いて振り返る。
紬が立っていた。
「朝比奈。」
「写真部の先生に用事があって。」
紬は写真を見る。
そこには、桜並木で笑う自分が写っていた。
「……撮ったんだね。」
「うん。」
少し沈黙。
「消して。」
その言葉に、湊は固まった。
「え?」
紬は目を伏せる。
「ごめん。」
「でも、消してほしい。」
理由が分からない。
あの日、笑っていた。
撮っていいと言ってくれた。
嬉しいと言ってくれた。
なのに。
「嫌だった?」
湊が聞く。
紬は首を振る。
「違う。」
「じゃあ――」
「今の私じゃないから。」
その一言に、湊は黙った。
紬は写真を見つめる。
「この日の私は、本当に楽しかった。」
「でも……。」
「この写真を見ると、少し苦しくなる。」
雨音だけが響く。
湊は初めて知った。
笑顔の写真でも、
その人が幸せとは限らないことを。
「ごめんね。」
紬は小さく言った。
「変なこと言って。」
「……分かった。」
湊は写真を伏せる。
「理由は聞かない。」
紬が顔を上げる。
「聞かないの?」
「言いたくなったら、話して。」
「その時まで待つ。」
しばらく沈黙。
そして。
「ありがとう。」
紬は小さく笑った。
でも、その笑顔はいつもの笑顔とは少し違った。
*
帰り道。
雨はまだ降っていた。
湊は一人で歩く。
カメラを持っているのに、
今日は一度も構えなかった。
写真は、全部を残せるわけじゃない。
笑顔だけを残しても、
その人の本当の気持ちまでは写らない。
そんな当たり前のことを、初めて知った。
空を見上げる。
雲の向こうには、きっと青空がある。
でも今は見えない。
それでも。
いつか見える日が来る気がした。
📷 Photo.007『写らないもの』
撮影日:6月14日
写真には、
その人が見せたものしか残らない。
だからこそ、
写らなかったものを知りたくなった。
ruruha
821
あおい
27
雛
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コメント
4件
分かります! その人の本心とかが見えてくる大切なものだと思うんですよね! 紬もそれをすごく感じてたからこそその言葉が出てきたのかもですね! 心にすごく残ったら、写真に撮らない事もありますもんね! 心に秘めておきたかったものなのかもですね! もちろん覚えてますよー! すごく私も共感したので印象に残ってます! みなさんからいただいたコメント拝見させてもらってて、 そこでアイデア浮かんだりもするので! いつもコメントありがとうございます! 実は毎話のコメント楽しみにしてるとか言っちゃったり、、、🤭 あ!ほんとですか! 読者の皆さんもその場にいるみたいな感覚を味わって欲しいので、 その辺は特に意識して書いてるのでそういってもらえて本当に嬉しいです! ありがとうございます!
ああ、もうこのエピソード、すごく沁みました……。湊くんが紬さんの写真を撮っていたところから、まさか「消してほしい」って言われるなんて思わなくて、胸がぎゅっとなりました。でも、湊くんが理由を聞かずに「待つ」って言ったシーン、本当に優しくて。大人の私から見ても、ああいう距離感ってすごく難しいのに。写真に写らないもの、ですか。その視点、すごく好きです。次が気になります。