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第一部 春から夏へ
第八話 君の知らない夏
「季節が変わるたび、人の心にも少しずつ変化が生まれる。」
六月の終わり。
雨の日が続いていた空に、
少しずつ青色が戻り始めていた。
教室の窓から見える景色も変わっていく。
濡れたアスファルト。
紫陽花の花。
そして、遠くから聞こえる夏の気配。
「もうすぐ夏休みだね!」
昼休み。
美桜が嬉しそうに言った。
「早くない?」
蓮が笑う。
「高校二年の一年なんて一瞬だよ。」
「なんかおじさんみたい。」
「まだ十七だから。」
いつもの会話。
いつもの四人。
でも、湊は少しだけ紬の様子が気になっていた。
あの日、写真を消してほしいと言われてから。
紬はいつも通りに接してくれている。
笑っている。
話している。
だけど、どこか無理をしているように見えた。
「神崎くん。」
突然名前を呼ばれる。
「なに?」
紬がノートを差し出した。
「ここ、数学分からなくて。」
「教えるよ。」
「ありがとう。」
その笑顔はいつもの紬だった。
だからこそ、湊は何も聞けなかった。
*
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、
紬が声をかけてきた。
「神崎くん。」
「ん?」
「この前のこと。」
湊の手が止まる。
「写真のこと。」
「……うん。」
紬は少し迷ってから言った。
「ごめんね。」
「急に消してなんて言って。」
「謝らなくていい。」
湊は答える。
「言いたくないことってあるから。」
紬は少し驚いた顔をした。
「神崎くんって。」
「そういうところ、優しいよね。」
「そんなことない。」
「あるよ。」
即答だった。
湊は少し困る。
褒められることに慣れていなかった。
すると紬が空を見る。
「私ね。」
「昔、写真が好きだったの。」
意外な言葉だった。
「写真?」
「うん。」
「見るのも、撮るのも好きだった。」
紬は遠くを見る。
「でも、ある時から撮らなくなった。」
「なんで?」
少しの沈黙。
「……怖くなったから。」
その言葉だけが、静かな廊下に落ちた。
湊は聞き返さなかった。
今はまだ。
紬が自分から話せる時を待ちたかった。
*
週末。
湊は一人で近所の公園へ向かった。
夏の近づいた空。
木々の緑。
カメラを構える。
以前なら、
綺麗なものを見つけたらすぐ撮っていた。
でも今は違う。
シャッターを切る前に考える。
「この写真を、誰かが見たらどう感じるだろう。」
そんなことを考えるようになった。
少し離れた場所で、小さな子どもが笑っている。
その隣で母親が見守っている。
湊はカメラを構えた。
カシャッ。
撮った写真を確認する。
そこには、夏の日差しと、
小さな幸せが写っていた。
でも。
写真だけでは分からない。
この人たちにも、きっと自分だけの物語がある。
そのことを、湊は知っていた。
*
翌週。
学校帰り。
紬が突然言った。
「神崎くん。」
「今度の日曜日、空いてる?」
「え?」
「連れて行きたい場所がある。」
前にも聞いた言葉。
でも、今回は少し違った。
紬の表情には、少しだけ緊張があった。
「大切な場所だから。」
「誰かと一緒に行くの、初めてなの。」
湊は静かに頷く。
「分かった。」
紬は安心したように笑った。
「ありがとう。」
夕方の空。
夏へ向かう風が吹く。
まだ知らない。
その場所で、二人が知ることになるものを。
📷 Photo.008『夏を待つ空』
撮影日:6月28日
季節が変わる瞬間は、
いつも静かに訪れる。
気づいた時には、
もう戻れないくらい遠くにいる。
ruruha
821
あおい
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雛
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コメント
4件
そうなんです! 少しずつだけど紬が距離をつめてるんです! 気づいてもらえてすごく嬉しいです! 紬のおかげで、湊もだいぶ変わりましたよね! 紬のおかげで湊も優しくなった。 だからこそ距離感を気にかけることができるようになったのかもですね! わ!ありがとうございます! はい!楽しく読んでもらえるような作品をこれからも作って行きますね!
紬の「撮らなくなった」理由が「怖くなったから」──その一言に胸がぎゅっとなりました。湊くんが詰め寄らず、話せる時を待とうとする優しさも沁みます。写真だけでは人の物語は写せない、という気づき。そして「大切な場所」へ誘う紬の緊張。夏に向かって二人がゆっくり近づいていく感じが、とても好きです。次が楽しみです📷