赤視点
「りいぬ、聞いてんの?」
「あ、ごめ」
「まあいいや、じゃあよろしく」
要件だけ済ませるといつものように部屋から出て行ってしまった。
バタン、と扉の閉まる音だけが響き渡って耳に残る。シンと静まり返った部屋にアラームが鳴り響いた。
『19:30:バイト』
大丈夫、大丈夫、これも彼のため。
20:00
いつものようにバイト出勤。
「あれ、りいぬくんだ珍しい」
準備を済ませた頃に遅れて登場。呑気に遅れてやってきたのは、ころちゃんだな?
「こらっ遅刻」
遅刻常習犯のころちゃんは、にへら笑いを見せる。彼の愛嬌には負ける。
「も〜早く準備してきて」
「はぁい」
「出勤日じゃないでしょ?人手不足?」
休憩時間になると向かいでスマホをいじってるころちゃんが質問してきた。彼女とメールしてるのを緩んだ頬が物語ってる。
「バイト増やそうと思って」
「気になってたんだけど、なんでそんなにバイト入れたいの?」
大丈夫、普通に答えればいいだけ。
「彼氏のため、かな」
「彼氏いるの!?ショック〜…」
「なんでよ笑、ころちゃんも彼女のためにバイトしてるんでしょ」
「そう誕プレ渡すの。可愛いよ」
聞いてもない惚気話までおまけされた。
「でもっ、りいぬくんを悲しませるやつだったら僕許さない!」
エアーでパンチを繰り広げる姿が可愛くて思わず笑ってしまった。
「あははっ、ありがと笑」
「本気だよ」
あれ、意外と真剣な顔。笑う場面ではなかったか。コホン、と咳をする。
「心強いけど大丈夫、優しくて、俺のこと信用してくれてる人なの」
「そっかなら安心、僕にも紹介してね」
返事をしようとした丁度、先輩に呼ばれて休憩時間が終わった。
バイトが終る頃には黒い絵の具のように夜が染まっていて、星が光ったように見えた。
でもすぐに消えた。
「おかえり」
バイトから帰ってくると愛しのさとちゃん。
いつぶりだろ、家にいることなんてそうそうない上にたった四文字言葉を掛けられただけで涙が出た。
「は何泣いてんの」
でも裏面に出てしまう。いつもこうだ。俺が泣くと決まってさとちゃんは面倒くさそうな顔をする。
その顔が『ウザイ』『キモイ』とまで言っているような気がしてくる。
「何でもないっ、ただいま、」
大丈夫、対処法は自分がよく知ってる。
早く自分の部屋に_
「待って」
部屋へと足を踏み出した途端、手首をグイッと掴まれ、後ろによろける。
さとちゃんの手が、俺に触れてる。
さとちゃんに、止められた。
言われた通りに大人しく待った。
勝手に次の言葉を考えた。『なんで泣いてたの?』それとも『何かあった?』とか、
脳内の想像は膨らむばかり。
「今日、あの日。」
その言葉で膨らんだ妄想はパチンと弾けた。
カレンダーに目をやる。『あの日』だった。
「ん」
手を出す彼の手に封筒を差し出した。
「ごめんね、急に呼び出して」
「最近ころちゃんとプライベートで会えてなかったし全然いいよ」
ころちゃんに呼ばれ、喫茶店で待ち合わせた。何にしようとメニューを開いて選んでいると目の前にスマホが置かれ、画像が目に飛び込んできた。
お洒落な服装で腕を組み、楽しそうに歩いているふたりの男性。
「これは、?」
「彼女、浮気してるかもしれなくて、」
嫌な予感が的中した。
「っころちゃ…」
なんて声を掛けたらいいかわからなかった。
画像の中のふたりの空気感。服装。表情。
お似合いとまで思ってしまった。
「僕落ち着いてるんだよ、でもこの隣の男、どうしようかな、ねえりいぬくん」
そう言った顔からはいつもの愛嬌など微塵も感じられなかった。狂気だけを感じた。
「でも、まだ浮気って決まったわけじゃないよね、?」
まだ友達の範囲内。
仲がいい言われれば納得できる。
すると無言で画面がスクロールされ、2枚目の画像を映した。
「ね?…浮気してるんだよ。」
薄ら笑いを浮かべた後、何も言わず喫茶店から出て行ってしまった。
2枚目の画像は、キスをしてる画像だった。
黄色髪の子が背丈を合わせようと背伸びしていて、そこにピンク髪の人と顔が重なっていた。
ころちゃんが知りたくてたまらない名前。
俺は知っていた。
あれは、さとみくんだった。
20:00
今日はお客さんが多く、店の中が賑わっていた。それと反して俺を含む店員は忙しかった。
ころちゃんは休みらしい。
それもそのはず、彼女が浮気してるなんてショックでバイトどころじゃない。
「あの?これ、お願いします」
バイト中かつレジ打ちの担当だというのに気が緩んでいた。先輩が近くにいなくてよかった。
「失礼しました、」
お釣りを渡したとき、心臓がどくんと鳴った。艶のある黄色い髪。きゅるんとした瞳は俺を見る。
「…えと、何ですか、?」
お釣りを渡したまま離さない手に戸惑った様子だった。が、名札に視線が落とされ態度が豹変した。
「もしかして、りいぬさんですか?初めまして、るぅとです」
そう言い、微笑んだ。
実際に会っての第一印象は温厚そうな人、そう思った。
「あ、初めまして、?」
なんで俺のことを知っているのだろう。
俺は知ってる。ころちゃんの彼女。浮気者。
「へ〜、こんな感じの人なんですね」
そう呟き、しばらくまじまじと見ると口を開いた。
「お話したいんですけど、いつバイト終わりますか?」
「待たせてすみません、」
近くの公園のベンチで座っている彼は寒そうに体を縮めて白い息を吐いていた。耳まで真っ赤。
『お話したいこと』と言って呼ばれけど俺の方が話したいことが山ほどある。
「いえ、……早速本題ですが、彼には近づかないでくださいっ、」
「ちょっと待って、誰のこと、?」
『彼』とは誰のことなのだろう。
ころちゃん?それとも_
「すっとぼけないでください……さとみくんに近づかないで!」
まるで被害者のような口ぶり。俺なのに。
だってさとみくんは、レンタル彼氏でしょ。
─── 大人気レンタル彼氏『さとみ』
1度レンタルした者は必ず心を奪われてしまうというジンクスまである。
予約殺到中で彼が原因で別れてしまう恋人も多く、1部からは恨まれている事例も。
ただし彼は全てビジネスなのであなたがレンタルする際には気をつけて⋯。
日課はさとみくんについてのまとめサイトを見ることとバイト。
仕事をしてる姿は見ることが出来ないからレビューにも全て目を通している。
結局今日会った彼は最後までさとみくんが彼氏だって言い張って挙句には泣かれてしまった。
でも、ころちゃんっていう彼氏を持ちながら溺愛させちゃうって考えるとやっぱり俺の彼氏って才能?
ころちゃんにはなんて言おう。
〜♪『さとみ』
スマホが鳴った。『さとみ』の文字に反射的に応答ボタンを押した。
「もしもし、っ」
お洒落なレストランに呼ばれてしまった。
コース料理、夜景、ピアノの演奏まで、今まで来たことの無い場だった。
ピアノの演奏に食器やグラスが重なる音と微かな話し声が溶け込む。
どうしよう、もしかして、結婚…
「りいぬ」
「っはい」
「俺、レンタル彼氏辞める」
「ほんと、!……嬉しい、わかった、っ」
「…良かった」
「でもどうして?」
「最近ヤバい客が増えてきて大変だったんですよ」
「さとちゃんなんで急に敬語なの、笑」
「今日は料金取らないし最後くらい普通に話してもいいかなって思ったんですけど、嫌でした?」
最後?どういう事?なんで他人行儀なの?
まるで俺がお客さんみたいな態度。
「りいぬさん?」
「俺ら、恋人じゃん、」
「………だから嫌なんだよ」
理解が追いつかず、下を向いて考え込んでいた。さとちゃんの方に顔を向けたときには机の上に3万円だけが残っていた。
♡1000~
続き書こうとしたら力尽きました😿
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