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かつて
陰陽師の名門として名高い櫻塚家に
一組の双子が産声を上げた。
この時代
この世界において
双子は災いの予兆とされていた。
ましてや
彼らは一卵性双生児の男女。
この世の理から外れた存在は
不吉なものとして恐れられ
どちらかを殺さねばならないというのが
古より伝わる掟だった。
「殺せねばならぬ」
しかし—。
産み落とされたばかりの幼子達は
ピタリと泣き止んだ。
まだ見えている筈もないというのに
二対の鳶色の瞳は
母の顔を真っ直ぐに見つめている。
まるで⋯⋯察するように。
双子は静かに
互いの小さな体を
寄せ合っていた。
新生児とは思えぬ
その異様な静けさに
母は手にした刃を
握り締めることができなかった。
恐怖だった。
我が子を殺す悲しみからではない—。
母の背筋を這い上がるものは
もっと別の
深い本能的な恐れだった。
「⋯⋯殺しても、不殺とも⋯⋯
災いと、言いたげな眼だ⋯⋯」
母の震えた声を聞きながら
双子の父親である男が
まるで醜いものを見るように呟いた。
彼の表情に
僅かの迷いも、悲しみもなかった。
むしろ
厄介なものを抱えてしまった
とでも言いたげな、その顔—。
こうして、櫻塚家の双子は
男児は〝時也〟と名付けられ
正式な嫡子として迎えられた。
女児は〝雪音〟と名付けられ
「死産」とされた。
雪音は、座敷牢に幽閉され
ひっそりと育てられる事となった。
母は
あれ以来、双子を抱こうとしなかった。
まるで彼らの存在が
この世の理から
外れたものだと知る事を
拒むかのように—。
⸻
「⋯⋯青龍」
父親の低く冷ややかな声が
広間に響いた。
その瞬間
ふわりと空気が揺れた。
水が風に舞うように渦を巻き
やがて、その場に
一人の青年が現れる。
銀白の長髪が流れ
琥珀色の角が覗く。
山吹色の瞳を伏せ
静かに跪いた。
「⋯⋯御呼びでございますか」
「〝あれ〟の世話は、お前に命ずる」
双子の父は
まるで物のように言い放つ。
人ではなく
我が子ではなく
ただの厄介事の一つとして。
〝あれ〟と—。
青龍の表情は変わらなかった。
長年仕えてきたこの家の非情な掟を
誰よりも理解していたから。
彼は頭を垂れ、短く返答する。
「⋯⋯御意」
双子を抱き上げ
座敷牢へと向かう。
その手の中で
時也と雪音は身を寄せ合っていた。
互いに体温を感じる事でしか
温もりを知ることができない幼子達。
青龍は目を伏せ
せめて、この腕の中にいる間だけはと
微かに思った。
「⋯⋯其処であれば⋯⋯
二人共にいられよう。
私がいる間は、せめて⋯⋯」
長い屋敷の廊下を歩きながら
青龍はただ
己の心の奥でそう呟いた。
この世の理から外れた双子の運命は
まだ始まったばかりだった—。
双子が
無事に二歳を迎える頃。
夜の闇が屋敷を包む中
青龍は静かに歩を進める。
彼の腕の中には
まだ幼い時也の小さな身体があった。
屋敷の地下へと続く
階段を降りる度に
湿った冷気が漂う。
ここは、櫻塚家の〝座敷牢〟—。
雪音が幽閉される場所。
「琴⋯⋯ご苦労であった」
薄暗い座敷牢で
乳母の琴が雪音を抱いていた。
琴は
櫻塚家の者以外で
唯一この双子の存在を知る者だった。
主である櫻塚家に
従うしかない立場でありながら
青龍と共に
密かにこの幼い命達を守り続けていた。
「今、寝付いたばかりにございます」
琴はそっと囁くように言いながら
雪音の顔を覗き込む。
小さな手を握りしめ
静かに眠る少女。
青龍は膝をつき
慎重に時也を寝かせた。
すると——。
時也の小さな手が
そっと雪音に伸びた。
触れるか触れないかの距離で
その指先が止まる。
そして、安堵したように目を閉じた。
「⋯⋯まるで
魂の半身を漸く見つけたような
そんな顔ですね」
琴が呟く。
青龍は何も言わず
ただ静かに二人の寝顔を見つめた。
ー二人は、泣かないー
「聡い子にございます。
泣けば、存在が知れると
解っているかのように⋯⋯
雪音様は、泣きませぬ。」
琴の声には
何処か痛みが滲んでいた。
「そうか⋯⋯⋯。
時也様もだ。
御母堂様方が近付かれると
スッと黙られる。
まるで、お心内でも
『読んで』いるかのように⋯⋯」
青龍が低く呟く。
まだ二歳。
しかし、彼らは本能的に
己の運命を
悟っているのかもしれない。
両親に愛される事なく
存在すら忌まれ
この狭い座敷牢で
ひっそりと生きるしかない。
ならば、せめて⋯⋯。
二人が寄り添い合える
この瞬間だけは。
琴も青龍も、何も言わず
眠る双子を見つめ続けた。
両親からの愛を
まだ、ただの一度も
受けた事のない二人に—。
せめて刹那の間でも
温もりがあらんことを。