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双子が三歳を迎えた頃—。
青龍は、違和感を覚え始めていた。
座敷牢の中。
冷たい石畳の上で
時也と雪音が向かい合い
小さな手毬を投げ合っている。
時也が雪音へ投げると
雪音は僅かに首を傾げるようにして
無駄なく手を伸ばし
寸分違わず手毬を受け止めた。
「⋯⋯ほう」
青龍は、ふと興味を覚えた。
座敷牢の中では
遊び道具といえば
この手毬くらいしかない。
双子にとっては
数少ない楽しみの一つだった。
青龍は試しに
手毬を床に強く投げつけた。
ぽん、と音を立てて
手毬は壁にぶつかり
思わぬ方向へと跳ね返る。
しかし—。
雪音は
反射する前に既に手を動かしていた。
手毬の軌道を
読んでいたかのように—。
青龍は眉をひそめる。
「これは⋯⋯」
ただの偶然とは思えなかった。
何度も手毬を投げ、試してみる。
すると、やはり雪音は
〝未来が見えている〟かのように
反射する手毬の動きを
完璧に読んでいた。
壁に跳ね返る方向を
知っているかのように
迷いなく手を伸ばす。
しかし、時也は違った。
時也は
壁を使った反射には
まったく反応できなかった。
だが〝どこに投げられるか〟は
分かっているようだった。
青龍が投げる直前に
既に動き始めている。
まるで
〝何をしようとしているか〟を
察しているかのように。
「時也様にも、雪音様にも⋯⋯
何か、御力があるのでは?」
青龍は、そう考え始めた。
双子に何か
普通の子供には無い力が—。
そう思った、まさにその時。
時也だけが
ぴたりと手を止めた。
青龍をじっと見つめる。
まるで、心を読んだかのように。
(⋯⋯時也様?)
青龍は、僅かに息をのんだ。
次の瞬間。
「⋯⋯なぁに? せいりゅう」
時也が
青龍の心の中の言葉に答えるように
言葉を発した。
青龍の全身に
異様な違和感が走った。
それは普通なら
ありえない反応だった。
心の中の思考に
まるで応じるように答えを返す—。
(まさか⋯⋯時也様は——)
青龍は、その小さな双子が
この世の理から
外れた存在である事を
改めて思い知った。
(⋯⋯時也様、雪音様。
私に手毬を
取っていただけますでしょうか?)
何を馬鹿な事を
と自分でも思いながら——。
青龍は、ただ心の中で呟いた。
口には出さない。
ただ、頭の中で言葉を紡ぐだけ。
普通ならば
何の意味もない独り言だ。
誰にも聞こえる筈が無い
ただの思考にすぎない。
しかし—。
時也は
まるで当然のように立ち上がった。
小さな足取りはまだ危なげで
ふらりとよろめきながらも
迷う事なく
転がる手毬へと歩いていく。
そして、それを拾い上げた。
しっかりと、小さな手に握って。
そのまま
青龍のもとへ歩いてくる。
目を輝かせる訳でもなく
驚く様子もなく。
ただ
「求められたから、応えた」
と言わんばかりの自然さで。
青龍は
無意識のうちに息を呑んでいた。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
—馬鹿な。
馬鹿な事を、と思っていた。
なのに、それは現実となった。
青龍の心の声に
時也が応えたのだ。
—この子は、心が読めるー
「てて様に⋯⋯
言うの、だめ⋯⋯」
幼い声が
青龍の意識を引き戻す。
視線を落とせば
そこには雪音がいた。
時也の背を追うように
近づいてきた彼女は
小さな手で青龍の袖を
ぎゅっと握りしめる。
「てて様に、言うの、だめ」
たどたどしい言葉で
彼女は繰り返した。
「⋯⋯雪音様、あなたは⋯⋯」
青龍は言葉を続けようとしたが
そこでふと気づく。
雪音は
今の会話の流れを
読んでいた訳ではない。
それに
青龍が「誰かに伝えよう」と思ったのは
ほんの一瞬前のこと。
それを察して
止めに入ったのか——?
(……やはり、お二方とも!)
青龍の脳裏に
はっきりと確信が走る。
時也は、〝人の心の声を聞く力〟
雪音は、〝未来を読む力〟
どちらも
普通の人間が持ち得ぬ力。
生まれながらにして
双子は災厄と呼ばれるべくして
生まれたのか。
しかし
災厄などと呼ぶには
あまりにも小さく
か弱く、無垢な存在だった。
「⋯⋯存じております、雪音様。
お二方の事を、決して口外は致しませぬ」
青龍は、そう静かに告げた。
雪音は青龍をじっと見つめ
次に時也へと視線を向ける。
時也は、小さくこくりと頷いた。
そのやり取りに
青龍はますます確信を深める。
この幼い双子は
言葉ではなく
心で通じ合っているのだ。
まだたった三歳。
しかし、彼らはすでに
〝生きる術〟を理解し
互いの能力を無意識に支え合っている。
ーこれは、ただの偶然ではないー
ーこれは、きっと⋯運命なのだー