萩咲き乱れる八月のこと。
処は今の東京都、大悲願寺。
「田村のお方様は、お元気ですか」
まだ若さの残る男は、反応を待たず、「茶でも持ってきます」と出ていった。
茶を出し、「母上も変わりないですか、兄上は・・・お元気そうだ」とのんびりと語る。一言でいえば、やさしい喋り方だ。昔から変わっていなかった。
「心配なのはお前の方だ」
「えっ?」
「まだ剣の作法は覚えておるか?」
勿論、そういうことが聞きたいのではない。ただ、案外良い反応をしたのが、少し面白かった。
「忘れたといいたいところですがねえ。俗世を捨てるというのは、なかなか難しい。まあ、比叡山延暦寺なんかの僧兵のようには、戦いませんがね」
何か長い棒でも持っているような手つきで、しゅっ、しゅっと振り回す真似をする。これを出家前にやっておけば、今頃・・・と考えたが、そんなことがあれば、己が必ず阻止するだろうが。実際、自分はこの男を無惨にも斬殺しているのだ。世においては。
しかし、昔の可愛らしい姿を思い出した。
「竺丸」
くは、と何故か喉から笑いが込み上げた。
「何ですか」
「お前の僧の姿が、あまりにも似合わんくて・・・ははは」
出家させたのは兄上にございましょう、といった顔をする。「まあ、この生活はとても気にいっておりますけどねえ」
齢が十近く離れているせいか、今まで自分は、此奴を可愛らしいままと思っていたのか。それに、この頭を丸めた青年の姿がツボに入ったのだ。
「お帰りになりますか」
夕暮れ時になり、陸奥とは離れた大悲願寺の風がまた違って、心地よい。
「ああ」
「後で江戸の御屋敷に萩は株分けいたします」
先に、話を聞いている間、そっちのけで萩をうっとりと眺めていたのに気付かれたのか。
「つまり、幽霊からもらった萩か。呪われそうじゃ」
〈人物紹介〉
竺丸・・・(伊達小次郎)伊達政宗の弟。伊達政宗に殺された説(前回のお話)もあるが、今回のお話は出家したという説を採りました。また、前回は年子ということですが、今回は10歳差にしました。