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「あぁ〜…」
会社にてデスクで項垂れる女性。それが私、塩地(しおじ)星夏(せいか)。年齢は秘密。
「どーしたー」
帰り支度を済ませて近寄ってきた彼女は同期入社の親友、千石(せんごく)夕彩(ゆあ)。
「夕彩ぁ〜」
「なん?」
「最近全然うまいこといかん…」
星夏と夕彩は企画開発部に所属している。
「それで項垂れたんか」
「こないだもほぼ毎日寝ずに企画練ったのに、結局プレゼンで企画通ったの四季(しき)ちゃんだったしぃ〜」
「あぁ…」
「夕彩は入社してからずっと企画開発にいて自分の企画通ってるし
後輩の四季ちゃんも企画通ってるし、企画通ってないの私だけじゃん…」
「まあ…。運もあるし…。…飲み行くか?」
「行ぐ!」
ということで2人は飲みに行った。居酒屋に入った2人。注文を済ませてビールが届き
「乾杯!」
「はい、かんぱーい」
コキンッっとジョッキをお互いにあてる。飲む喉の音が聞こえるほど豪快に飲む星夏。
ドンッ!っとジョッキを置く。半分ほど飲んだ。
「星夏、髭」
「ん!?」
おしぼりで鼻の下、上唇の上、人中と呼ばれる部分についたビールの泡を拭く。
「あぁ〜。なにがダメなん?最近流行ってるダレモンとのコラボ商品とかめっちゃいいじゃんね?」
「あぁ〜…。ま、コラボ商品って著作権使用料とかで経費大きくなるって聞くし
そうなると商品自体のクオリティが下がっちゃうから」
「そうかぁ〜…」
「ま、今回は既存の商品の種類増やすんじゃなくて
新しく作ろうって企画だったから、話題性よりも商品の質が大事だったって感じかなぁ〜」
「あぁ〜…安直だったってわけか」
「だな」
「悪魔!鬼!少しは励ましてくれよ」
「ほぼ毎週末励ましてるだろ」
本日は金曜日。次の日は土曜日で晴れて休みなのである。
「もぉ〜…これで後輩の有恩(ありお)くんにも先越されたら会社でわんわん泣いてやる」
「先輩として恥ずかしいぞー」
「いいもん!」
「そんときは私フェードアウトで帰るね」
「泣く私を連れて飲みに連れてけ!」
「いや、会社でわんわん泣く人と友達と思われたくない」
「友達じゃないでしょ」
「え?」
ニカッっと笑って
「親友っしょ!」
と言う星夏。
「…星夏…」
目をキラキラさせる夕彩。
「いや、いい事言った感じだけど、想像した状況で親友と言われても」
という感じで飲んでいった。
「あぁ〜…でもマジで最近うまくいかんことばっかなんよ…」
とテーブルに項垂れる星夏。
「なん?好きな人にでもフラれたか?」
フライドポテトを食べる夕彩。ガバッ!っと顔を上げ
「いや!ここ数年好きな人すらいない!」
とキリッっとした顔で言う星夏。
「そんな顔で言うことじゃねーな」
「違うんよー。ほら、私入社当時宣伝部にいて、でも企画開発部に行きたくて行きたくて
頑張って頑張って届け出しまくって、やっと企画開発に回してもらって
とんとん拍子でうまくいく!って考えてたら、企画書作るのも思いの外大変だし
プレゼン資料刷るのもミスるし、企画書とプレゼン資料の制作で寝不足で、普通の業務もミスるし」
「まあぁ〜…1人だったらあれだけど、そのミスをカバーするために私とかがいるんでしょ」
「まあ…そうだけどさ…。ありがたいけどさ?…でも」
と落ち込む星夏を見ながらビールを飲む夕彩。
「よし!この店出よう」
「え?もう帰るの?こんな状態の私を置いて?」
捨てられた子犬のような目をする星夏。
「違うよ。最近知った“いい店“に連れてったげるよ」
ニマッっとする夕彩。ということで居酒屋を出て、夕彩の先導で歩いていく2人。
「…え。ここ?」
ネオンの光る真新宿の街を歩き、とあるビルに入っていき
木枠の黒板がついている立て看板あるお店の前についた2人。星夏がその看板を指指す。
ニマッっとしながら頷く夕彩。
「え。ホストクラブですか」
看板には「immature lure portion」と店名が書かれており
その上にもなにか文字が書いてあるようだったが、黒板にチョークで書かれているため
なにかが擦れて消えてしまって読めなくなっていた。
「まあまあ。入ればわかるって」
「え、待って。そんなお金ないし、ホストクラブはちょっと…」
と言う星夏を連れてお店に入る夕彩。星夏の視界に入ったのはネオンが光るオシャレなバー。
しかしただのバーではなかった。カウンターではバーテンダーのような店員さんがトランプを手にしていて
そのトランプの塊を右手から左手に投げた。
すると右手にはジョーカー2枚に挟まれた裏側のトランプがあり
その裏側のトランプを裏返したらお客さんが大喜びしていた。
テーブル席ではタバコを1本持ったバーテンダーのような青髪の店員さんが
そのタバコ1本を手の中に入れたら消えて、お客さんから歓声が上がっていた。
茶髪のバーテンダーのような店員さんはスマホを使ってなにかをしており
お客さんから歓声が上がっていた。星夏と夕彩に気づいたカウンターの店員さんが
「あ、いらっしゃいませ」
と笑顔で迎えてくれた。
「あ、2人なんですけど大丈夫ですか?」
と夕彩が言う。
「はい。カウンター席とテーブル席、どちらでも」
「じゃ、カウンターで。行くよ」
と夕彩に連れられ、カウンター席につく星夏。
そのバーはアメリカのダイナーのような、アメリカ西部、いわばウエスタンの酒場のような
どことなく古風な内装にネオンが光るオシャレなバーだった。
バーテンダーのような店員さんがおしぼりを2人に渡してくれた。そして2人の前にコースターを置く。
「お客様、前も来たくださいましたよね」
とバーテンダーのような店員さんが夕彩に言う。
「あ、はい。覚えててくださったんですか?」
「はい。接客したのはたしか」
「翔煌(しょうき)さんです」
「ですよね。すいません、今翔煌は別テーブルで」
「全然全然!今日はこの子のために来たので」
と夕彩が星夏の肩に手を置く。
「ちょっと」
「ということはお客様は初めてで?」
「あ、はい」
「そうですか。ようこそいらっしゃいました。
マジックバー&バー「「immature lure portion(インマター ルーア ポーション)」へ」
と頭を下げるバーテンダーのような店員さん。
「マジックバー?」
「はい。当店はお酒とともに目の前でマジックをご覧になれるという、少し特殊なバーとなっております」
「…な、なるほど?」
「私(わたくし)当店に所属するマジシャンの「REN」と申します」
と言うとRENはカウンターの星夏の目の前に両掌を出し、クルッっと手を返し
今度は手の甲のほうを星夏に見せるように掌をカウンターにつけた状態で手を左右に開く。
するとそこには「REN」と書かれた名刺が置いてあった。
「え!?すごっ!」
「ありがとうございます。よろしければ名刺を」
「あ、ありがとうございます」
「今のは初めましてのご挨拶マジックのようなものなんですけど
こんな感じで1時間に1度”お客様がお望みであれば“ですが
目の前、もしくはステージにてマジックをさせていただき
それをご覧いただけるというバーになっております」
「へぇ〜。夕彩はここに通ってるんだ?」
「まだ1回しか来たことない」
「なんだよ」
「前は翔煌さんのマジック見せてもらって」
「翔煌は腕もいいですけど、ビジュアルもいいので、女性のお客様が多いですね。
あ、申し訳ありません。ご注文お決まりでしたらお伺いいたします」
「あ、えぇ〜っと」
と悩む星夏。
「あ、私、シャンディガフをお願いします」
「シャンディガフで。ビールの銘柄はどうしましょう」
と聞かれて夕彩が答える。
「かしこまりました」
と言ってRENはグラスを取り出して、冷蔵庫からジンジャーベールを出す。グラスにジンジャーベールを注ぐ。
「なにがありますか?」
と星夏が聞く。
「基本的に言ってもらえたら。知らないカクテルでも、材料があれば
この子に教えてもらって作りますので」
とスマホを出し、スマホを軽く振りながら冗談のように笑って言うREN。
シンジャーベールを注ぎ終え、冷蔵庫に戻し
ビールを取り出して、栓抜きで線を開け、静かにジンジャーベールの入ったグラスにビールを注ぐ。
「お待たせいたしました。シャンディガフになります」
と夕彩の前のコースターの上に置く。
「ありがとうございます」
「あの。ファジーネーブルってお願いできますか?」
「ファージネーブルですね。かしこまりました」
と笑顔で言い、グラスを取り出して置いて
「あ、そうだ」
と星夏を見るREN。
「はい」
「オレンジジュースなんですけど、苦めのと甘めのがあるんですけど、どちらがいいですか?」
と聞いてくれた。
「あ、えぇ〜。じゃあ甘めので」
「甘めで。かしこまりました。質問責めで申し訳ないんですけど
果肉ありなし。とカットオレンジありなし。どっちがいいですか?」
「んん〜…果肉ありでカットオレンジ」
「「なし」」
星夏の言葉に被せるように笑顔でRENが言う。
「なんでわかったんですか?」
「脳にも入り込めるんです」
とこめかみに人差し指を置くREN。
「嘘!?」
製氷機から氷を取り出してグラスに入れ、マドラーでかき混ぜながら会話を続ける。
「嘘です。今のはオレンジジュースを果肉入りにされたので
カットオレンジはいらないかなぁ〜と思って50%に賭けただけです」
と笑ってマドラーを傾け、溶けた水をシンクに流し、グラスの外側についた水滴、汗を拭くREN。
「なるほど」
「でもいますよね?考え読めるマジシャンの方。MyPipeで見ました」
と夕彩もこめかみに人差し指を置く。
RENは後ろの棚からピーチリキュールの瓶を探して手に取り、グラスに注ぐ。
「あぁ〜。はいはい。いますね」
「あれほぼ魔法ですよね?」
「あれはぁ〜…」
ピーチリキュールを注ぎ終え、瓶を元あった場所に戻す。
「魔法ですね」
「ですよね!?」
「ま、少なくとも自分にはできないです」
と苦笑いで言いながら冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し
グラスに静かに注ぎ、オレンジジュースを元に戻し、マドラーで静かに上下にかき混ぜる。
「お待たせいたしました。ファジーネーブルでございます」
と星夏の前のコースターの上に置く。
「ありがとうございます」
「じゃ」
夕彩がグラスを持ち上げる。星夏もグラスを持ち上げ
「乾杯」
「乾杯」
とグラスを軽くあて飲む。
「美味し!」
星夏がグラスを見る。
「ありがとうございます」
「そう。美味しいのよ。ここ」
星夏が店内を見回す。
「あ、さっき…なんだっけ?」
と夕彩に聞く。
「は?急に問われてることがわからない問いを出されても」
「あの夕彩がマジック見せてもらったって人」
「あぁ、翔煌さん?」
「そうそう。翔煌さんはビジュがいいから女性のファンが多いっておっしゃってたけど
男性のお客さんも多いんですね」
とRENに話す。
「あぁ、そうですね。デートでご利用されたりっていうことが多いみたいで」
「なるほどですね」
「それ翔煌さんも言ってました」
「男性だけで来るっていうのは珍しいですね。なくはないんですけど」
「まあ、そうですよね。大学生の飲みの2次会とか、デートとか、口説こうとしてるときとかですよね」
と夕彩が頷きながら言う。
「そうですね。口説くのに私たちが一役買ってるかどうかはわかりませんが」
と苦笑いするREN。続けて
「あとは、ま、うちにも常連でいるんですけど、ホストさんがアフターとか
同伴でお店行く前に寄ってくれたりとかしますね」
「なるほど。私ここホストクラブだと思ったけど、あながち間違いではなかったのか…」
と言う星夏。
「ま、そうかもしれないですね。今日は男性スタッフしかいませんし」
「あ、女性の方もいらっしゃるんですね」
「はい。女性スタッフは2名ほど在籍しております」
「私行ったときは見かけたよ」
「へぇ〜」
と言いながらいただいた名刺を今一度見る星夏。
マジックバー&バー「immature lure portion」
REN
「あのぉ〜…」
ふと疑問に思うことがありRENに話しかける星夏。
「はい?」
「マジックバー&バーって書いてあるじゃないですか?」
とカウンターに置かれた名刺の「マジックバー&バー」のところを指指す星夏。
その質問はされ慣れているのか、質問されずとも「あぁ〜」と汲み取った顔をし
「はい」
と頷くREN。
「なんでマジックバー&バーって「バー」2回書いてるんですか?」
と聞く星夏の横で、もうすでにその質問を前に訪れたときに聞いており
答えを知っている夕彩は先輩面をして星夏を見てからRENに視線を移していた。
「マジックバーって今までご存知でした?」
「んん〜。まあ、聞いたことくらいは」
「ということはまあ、印象的にはあまり。って感じですかね?」
「あ、いや!悪いことはないですよ!」
と星夏が否定するとRENはクスッっと笑い
「あ、すいません。違くて。印象的なものはあまりないですよねって聞きたかったんです。
言葉足らずで申し訳ないです」
と謝りながらも付け足す。
「あ、いえいえ。あ、そうですね。あまり印象的なものはないかも。
でもマジックバーだからマジックを見るバー?とか。そんなそのまんまの印象で申し訳ないですが…」
「いえいえ。そんな感じですよね?なんかマジックバーって聞くと「バー」ってついてるけど
不思議とマジックと見るための場所ってイメージで
お酒はおまけというか、二の次ってイメージだと思うんです」
「たしかに」
「もちろん私たちマジシャンはお客様にマジックを見てもらって
非日常というか、不思議な体験をしていただいて楽しんでいただくっていう職業なんですが
バーって本来お酒と友人、知人、店員などとの会話だったり、1人の時間を楽しむというものだと思うんです。
なのでマジックを見れるマジックバーでもあり
お酒、おしゃべり、1人の時間も楽しめるバーでもあるという意味を込めて
「マジックバー&バー」にしていると創業者からは聞いております」
「なるほどぉ〜」
「へぇ〜」
答えを知っていた夕彩だったが
翔煌さんこんな詳しくは説明してくれなかったな…
と思った。
「なのでマジックを望まないお客様にはもちろんマジックはしませんし
マジックをしてほしいというお客様にだけマジックをさせていただいております」
とRENが説明すると
「じゃ、マジック見せてもらう?」
と夕彩が星夏に聞く。
「そうだね。いいですか?」
と星夏がRENに言う。夕彩もRENに視線を移す。
「はい。もちろんでございます」
とRENが言い、そのまま続ける。
「お客様はご来店が初めてということですが、マジックを目の前で見たことは?」
「ないですないです。あ、でも小学生くらいのときに、なんか出し物?的なもので誰かがやってた気が…」
「おぉ。すごいですね。小学生で」
「ま、覚えてないんですけど」
と笑う星夏。
「そんな気がしました」
と笑うREN。続ける。
「では、まあ、ほとんど初めて。ということで、まずはオーソドックスなトランプのマジックから」
と言ってRENが置いてあるトランプの箱を手にする。
「よく、仕掛けがないことを信じてもらうために、新品の、ビニールかかったトランプ使うんですが
毎度毎度新品のトランプ買ってたらやっていけないので“ほぼ”新品というトランプで勘弁していただいて」
と苦笑いするREN。笑う2人。
「では新品じゃないので」
とトランプを2分するREN。
「お2人にそれぞれお渡しするので
普通の、なんにも仕掛けがない普通のトランプであるということを確認していただけますか?」
と2分したトランプを星夏と夕彩に渡す。渡された星夏はトランプを広げてみて
「なにも…」
と軽く確認しただけだが、以前マジックを見た夕彩はトランプを広げるのはもちろん
表、裏、2枚合わさっていないかなどを確認する。
「念入りな確認ありがとうございます。
じゃ、お手数ですが、それぞれシャッフルしていただいてもいいですか?」
と言われてトランプをシャッフルする2人。しかし普段トランプを触る機会なんてないのでぎこちない。
「普段トランプってお使いになりますか?」
「トランプ…。最近は全然」
「大学生が最後かもしれないです」
「飲んでみんなでババ抜きとか」
「そうですそうです」
「普段トランプしないとシャッフルも難しいですよね」
シャッフルを終えた2人はトランプをRENに返す。
「ありがとうございます。では念には念を入れて」
とRENもトランプをシャッフルする。そしてカードを2分して交互にカードが差し込まれるように弾いていき
互い違いに差し込まれたトランプを少し曲げることで
まるでカードが意思を持っているようにまとまっていくという、リフルシャッフルというシャッフルを行う。
「おぉ〜」
「2回目でもすごい」
「ありがとうございます。これでだいぶ混ざったと思いますので…」
カウンターにトランプを置き、両掌を擦り合わせながら少し考えるREN。
「すぅ〜(息を吸い込む)…じゃあオーソドックスに」
とトランプを持ち上げ扇状に広げる。
「好きなカード1枚選んでいただいて」
とRENが星夏のほうにトランプを差し出したので、星夏は人差し指で
「じゃあぁ〜…」
少し迷って
「これ」
とトランプを指指す。
「じゃあ抜き取っていただいて、僕は後ろ向くので、お2人で覚えていただいて」
とRENが後ろを向いたので、でも一応トランプの裏をRENに向けて
見えないように夕彩とトランプを確認する星夏。ハートのQ。
無言で目線で「オッケー?」と確認する星夏。夕彩が頷く。
「確認しました」
「オッケーですか?」
「オッケーです」
RENが2人に向き直る。
「じゃあゆっくりカードを弾いていくので、お好きなところに差し込んでいただいていいですか?」
とRENがトランプを弾いていく。星夏はトランプを持ってそれを見つめ、1/4くらいの部分で差し込んだ。
「ここで」
と言ってカードの裏側を自分のほうに向け、飛び出たハートのQを2人に見せる。
「はい」
「ではこのまま押し込みますね」
とRENが飛び出たハートのQをカードの塊に押し込む。
「そして軽くシャッフルします」
と言って軽くシャッフルする。
「これでどこにあるかわかりませんよね?」
「はい」
「でも不思議なことに1回」
指をパチンと鳴らすREN。
「鳴らすと1番上に来てるんです」
とトランプの1番上を指指す。
「えぇ?」
夕彩は無言で見つめる。裏向きのトランプの1番上を人差し指でトントンと触れた後ペラッっと捲る。
スペードの2。
「え?」
「スペードの2ですね?」
「あ…」
失敗してる…
と思った星夏。
「あれ…。違いました?」
「違いました」
と言う夕彩。
「えぇ〜…。すぅ〜…(息を吸い込む)こういうときは」
カードを裏返してスペードの2のカードを星夏に差し出す。差し出されたので受け取る。
「選んだ方に預けると僕の失敗を帳消しにしてくれるんです」
「ん?」
「選んだカードなんでした?」
「言っていいんですか?」
「はい」
「…ハートのクイーン」
「ハートのクイーン。いいカードですね。
今お客様が「ハートのクイーン」と言ったことで、それがカードに届いているはずです」
と言ってRENが無言でジェスチャーでカードを裏返すように促す。
「え?」
恐る恐るカードを裏返す星夏。するとそのトランプはハートのQに変わっていた。
「「えぇ!?」」
夕彩とハモった。
「え!?スペードの2」
カードの裏側とか表側を交互に見る星夏。重なっていないかなどを確認する。
「え、すごーい!」
拍手する星夏と夕彩。
「ありがとうございます」
トランプを箱に戻す。
「すいませーん」
「はい!すいません。失礼します」
とRENはカウンター席の他のお客さんに呼ばれた。
「こんなとこなのさ」
「おもしろいとこ見つけたねぇ〜」
「偶然ね」
「よく入ったね。ホストクラブみたいなのに」
「いや、スマホでバーを検索しててさ」
「そんなキャラだった?」
「いや、あんたのためですやん」
「私?」
「落ち込んでること多いから、美味しいお酒としっぽり静かに飲めるようなオシャレなバーを探してたんだよ」
「「しっぽり静かに」でこのお店選んだんだ?」
「いや、そこはほら。落ち込んでいる星夏が元気になるかなぁ〜って」
「あぁ。ありがとうございます」
「で、下見がてら来てみたわけよ」
「でハマったわけだ?」
「でもこれはハマるくない?」
「まあ…」
そこから他愛もない話をして過ごした。
「じゃ、そろそろ。終電あるし、帰ろうか」
と夕彩がスマホを確認して言ったので
「そうだね」
と同意し
「すいません。お会計お願いします」
とお会計を済ませ、今グラスに入っている飲み物を飲み終えるまではいさせてもらうことにした。
グラスが空になったところで
「あ、私トイレ」
と夕彩がトイレに立つ。
「ん。行ってらっしゃい」
と一人スマホをいじる星夏。口からではないが、鼻から大きなため息のようなものが出る。
「お悩みですか?」
RENが話しかけてくる。
「え?」
「すいません。会話が聞こえてしまって。なにかお悩みがあってお友達が連れてきてくれたとか」
「そうなんです…。実は私企画開発部という部署にいて
トイレに行った友達も、私と同期の後輩も企画が通って
私も気合い入れて企画を考えてプレゼンしてるんですけど、私だけ通らなくて…」
RENは相槌も入れず、黙って頷きながら聞く。
「劣等感…とは違うけど…なんか遅れてるっていうか。もちろん自分の商品を世に出したいってのもあるけど
夕彩、友達と後輩と肩を並べたいっていうのかな…。でもうまくいかなくて…」
おしぼりのビニール袋を手の中で丸めて、くしゅくしゅする。
「自分の企画だけじゃなくて、普段の仕事もうまくできなくなって
周りに迷惑かけて、自分に自信…元々あったわけじゃないけど、自信なくなって…というか…」
丸めて小さくなったおしぼりのビニール袋をくるくると人差し指で遊ばす。
RENと星夏の間に沈黙が訪れる。バーの他のお客さん、グラスの中の氷の音が聞こえる。
星夏の話が一段落したと確認したRENが口を開く。
「まあ、私(わたくし)たちがお客様の悩みを解決できるとは限りませんし
なんならお客様の悩みを解決できないことのほうが多いかと思います。
ただ話相手にはなれますし、私たちはマジシャンです」
と言ってRENは星夏の左手に手を伸ばす。星夏の左掌の上の小さく丸まったビニール袋を摘む。
「お客様にマジックを見ていただいて楽しんでいただく。
目の前で非日常を味わってもらって、このお店にいるときくらい、日常を忘れていただけたらと思ってます」
RENがその綺麗な指で掴んだ星夏が丸めたおしぼりのビニール袋を摘み上げ、星夏に見せ
「マジックで悩みの種も」
星夏の左掌に戻し、左手を握らせるように、RENの右手が優しくそっと包む。
RENの右手が星夏の左手から離れ、握った左手の上でRENが右手で指を鳴らす。
無言で、ジェスチャーで「手を開いてみて」と言うREN。
星夏は左手を開く。すると丸めたおしぼりのビニール袋がピンク色の飴に変わっていた。
「一瞬でも甘い飴に変えられるかもしれません」
星夏はそのとき心が動いたような、なにかが変わったようなそんな気がしてRENを見た。
「なのでぜひまたのご来店をお待ちしておりますね」
と微笑むRENがいた。
「…っ。し、塩地(しおじ)星夏(せいか)です!」
となぜか今自己紹介が出た。一瞬ビックリしたRENだが微笑み
「塩地様。ぜひまたいらしてくだだいね」
と言った。
「は、はい!」
「名前言ったってことはまた来てくれるってことですもんね?」
とイタズラっぽく笑うREN。
「そ、そう…ですね?それ営業トークですか?」
「さあ?どうでしょうか?」
と笑うREN。それを見て笑う星夏。夕彩がトイレから帰ってきて
「なんだ。この打ち解けましたよ空気は」
と言って2人は荷物を持って出口へ向かった。RENも出口まで来てくれて
「本日はありがとうございました」
と2人にお礼を言った。
「いえいえこちらこそありがとうございました」
「ありがとうございました」
「めちゃくちゃ楽しかったです」
「楽しんでいただけてよかったです」
「また来ます!」
「はい。楽しみにお待ちしております」
と微笑むREN。夕彩は店の奥に翔煌(しょうき)を見つけて
「翔煌さーん!また来まーす!」
と言った。青髪の翔煌はペコリと頭を下げた。
「あ、あの方が翔煌さん」
「そ。…あ、終電ヤバいか。じゃ、ありがとうございました」
「はい」
星夏は握ったピンク色の飴をRENに見せ
「ありがとうございました」
と言った。RENは微笑み
「いえ。ではお気をつけて」
と頭を下げた。
「星夏行くよ!」
「あ、うん!」
星夏がRENに軽く手を振る。RENも微笑みながら軽く手を振る。
電車に乗る。終電にギリギリ間に合い、家へ帰り、缶ビールを飲みながら夕彩と電話をする星夏。
「どうだった?おもろかったっしょ?」
と夕彩が聞くと星夏はテーブルの上に置いたピンク色の飴を見て
「最高だった!」
と笑顔で答えた。
「恋斗さーん。こっちのトランプ確認したんすけど1枚ないんすよねぇ〜。どうします?」
と翔煌がトランプの箱を持ってカウンターのイスに腰掛ける。
「翔煌、この店ではRENな?閉店後でも店にいるときは芸名で呼べって言ったろ」
「なんか店の看板中にしまったとき、気ぃ〜抜けるんすよねぇ〜」
「バックヤードに予備のトランプあるからそれと入れ替えといて」
「うーす」
「あ、九尾(きゅうび)さぁ〜ん」
「ん?」
帰ろうとしていたもう1人のマジシャン、茶髪の九尾(くお)美陽楼(みひろ)を呼び止める。
「明日…ってか今日か。の清掃よろしくお願いしますね」
「あぁ。うん。RENも来るんだよね?」
「そりゃーオレがいないと鍵開けられないじゃないですか」
「それもそうだ。じゃ、お疲れ様ー」
「お疲れ様でーす」
「お疲れーす」
と美陽楼が帰っていった。バックヤードから新品のトランプを持ってきた翔煌。
「あ、そうだ。1つ聞きたかったんだ」
「なに?」
「あのぉ〜…飴あげたお客さんいたじゃないっすか」
「あぁ。オレがね?」
「っすっす。あれ、大丈夫なんすか?」
「え。なにが?」
「ほら。あげるにしてもアレルギーとか嫌いな味だったら、いい迷惑じゃないですか」
「あぁ。それか」
恋斗はカウンターに残り少ないピーチリキュールの瓶を乗せ
「塩地さんはファジーネーブルを頼んだ。ってことは
少なからずオレンジと桃はアレルギーじゃないし、嫌いではないってこと」
と言いながら魔法のほうに右手にオレンジ色の飴、左手にピンク色の飴を出した。
「あぁ〜。なるほど。勉強になります」
と言いながら恋斗の右手に手を伸ばし、オレンジ色の飴を取って食べる翔煌。
「あーゆーちっさいマジックでも喜んで貰えるしな」
「マジックバカだ」
「おい。先輩に向かってなんだその言い方」
「事実事実」
「まあな。ただ…」
恋斗は翔煌の手を見る。
「人の話を聞きながらコイン回してるやつには言われたくないわ」
と2人もお店を出ていき帰っていった。
これはこのマジックバー&バー「immature lure portion」で生まれた恋とその周囲の物語である。