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「結局四人抜きでゴール決めたのね。凄いじゃない晴翔君。まるで瑞奈ちゃんみたい」
『ファンタジスタ』のオーナー・薫さんが、日本酒の瓶に手を伸ばしたところで「あ、今日は瑞奈ちゃんいないんだ」と手を引っ込めた。「あらぁ、じゃあ今日は寂しいわね」とも。
「マスター、今日は晴翔に注いでやってくださいよ。こいつが二点決めたから、俺たちは勝てたんですから」
幸成が早くも顔を真っ赤に染めあげて何の意味があるのか拍手をしだす。
「別に俺が決めたから勝てた訳じゃないだろう。全員が必死で守って、気力を振り絞って攻撃したからだろ」
俺は幸成の拍手を止めるために、手で抑えようとする。すると、めずらしく朔太郎が「まあまあ、そんな固いこと言わないで。今日の晴翔は、マン・オブ・ザ・マッチだよ」と、おちゃらけて俺の前にぐい?みを置いた。
「晴翔。まあ、なんだ。今日ぐらいは素直に喜べ。勝てたのはおまえの活躍があってだ」
まだ酔いが回らず素面に近い拓真さんに言われると、俺は口を閉ざさざるを得ない。でも、心の中では、こう思っている。
違う。俺じゃなくて、瑞奈がいたからだ。
正確には、瑞奈が今まで身をもってプレーで示したものを、俺がなぞったからだ。たまたまそれが上手くいっただけに過ぎない。瑞奈のプレーを見ていなかったら、瑞奈がいなかったら、とてもじゃないができなかった活躍だ。
幸成が、自身が被るヤンキースのキャップのつばを後ろ向きに被り直した。サッカーだけでなく野球も好きな幸成は、飲み会の時にはたいていこのキャップを被っている。キャップを後ろ被りする時は、存分に飲むサインだ。幸成が、試合を蒸し返すように述べる。
「後半三十分過ぎに三人抜きで同点ゴールを決め。あ、シュートしながら、もう一人抜いたか。んで、試合終了間際に劇的逆転ゴール!」言いながら、幸成の顔が興奮でさらに赤くなっていく。
「おまえ飲みすぎだ」
幸成のキャップのつばを前向きにくるんと回した。
「おまえは飲まなすぎだ。今日は瑞奈を送らなくていいんだから、たまには飲め」
幸成は俺の前に置かれたぐい?みを手にするや、マスターお願いします、とマスターの方を向く。
「そう言うことね」
何がそう言うことなのか分からないが、マスターが嬉しそうに、幸成が持つぐい?みに日本酒を注ぎだす。
「晴翔、たまにはいいんじゃない」
朔太郎が、俺ではなく、幸成の援護射撃をした。
仕方がない。確かに今日は瑞奈がいないのだから、多少は足もとがフラついても大丈夫だろう。覚悟を込めてぐい?みを傾ける。
日本酒が喉元を通っていく時、朔太郎が思い出したかのように呟いた。「そうか、瑞奈ちゃん今日はいないのか」
おおおお、と酒が入った拓真さんの泣き声が響き始める。しかし、その声は俺の耳を掠めるだけで、まともに耳の中には入ってこなかった。
今日はいない――今日……だけなのだろうか……?
日本酒が胃袋に落ちる熱い感覚とともに、得も言われぬ不安がとぐろを巻いていた。
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