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酔った。
気持ちが悪い。見える景色が大揺れにぐらついていた。
酒を飲めない質なのに、今夜は飲んでしまった。自身の内で生じる不安を打ち消すために飲み続けたようなものだ。
だが、飲むほどに余計に瑞奈のことを考えてしまい、酒の量が増えた。瑞奈のことが脳内にへばりつくように俺の頭の中を占めていた。
帰りの電車で、瑞奈のアパートの最寄り駅に着くと、反射的に降りかけた。自分の足と思考が、瑞奈がいないという現実をぐっと俺に突きつけてくる。
思わず、瑞奈ぁ、とぼやくと、周囲の乗客がぎょっとしたような顔を俺に向けた。誰しもが酔客の戯言と思っただろう。
自宅の最寄り駅で降り、ふわふわした足取りで歩く。家まで徒歩五分の距離が遠かった。背負うバックパックがずしりと肩に食い込み、背中で汗が滲んでいく。
熱帯夜だった。そのくせ妙に薄ら寒さを覚えていた。自宅のワンルームマンション前に着く頃には、震えながら全身に汗をぐっしょりとかいていた。
闇空の向こうから遠雷が聞こえていた。
エレベーターが無いため、三階まで階段で昇る。階段の踊り場から玄関前へと続く外廊下に折れると、突き当りの俺の部屋の前でのそりと人影が立ち上がった。俺は目を見開く。
瑞奈?
声をあげかけて、飲み込んだ。
淡い玄関灯に照らされたその人物は、はっきりと表情を確認できないが、それでも女性であることは分かった。背丈が、瑞奈よりも高い、と直感的に思った。眼鏡のレンズが蛍光灯の光を鈍く反射させていた。瑞奈は眼鏡をかけていない。コンタクトレンズもしていないため、眼鏡をかけることはない。
瑞奈ではない。
揺れる視界の中でじっと見ると、髪型は瑞奈とは違い、眼前の人物はボーイッシュなショートヘアーだ。着ている服もジーンズに白シャツで、フェミニンさを感じさせない。
誰?
口にする前に女性が先に口を開いた。かけている紫色のスクエア眼鏡を中指でくいっとあげながら。
「岬晴翔さんですね?」
声が瑞奈ではない。だが、それよりもどうして俺の名前を? 俺が訊ねるよりも早く、女性が言い切った。厳かな口調で。
「お話があります。姉の瑞奈のことで」
汗がひき、一気に酔いが醒めた。極限の悪寒が身体を貫く。ぴかりと闇空に光の亀裂が走った。