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図書室の外は、いつの間にか激しい土砂降りになっていた。
閉館のチャイムが響き、五人は昇降口へと向かう。
「嘘、すごっ……。これ、帰るまでにびしょ濡れになっちゃうよ」
紗良が外の様子を見て、困ったように眉を寄せた。
「……あ、私、傘持ってくるの忘れちゃった」
泉が鞄の中を覗き込んで、小さく肩を落とす。
「泉、どうする? 私の折り畳みに入る? ……ちょっと狭いけど」
紗良が提案しかけたその時、横からスッと、大きな黒い傘が差し出された。
「……これ、使えよ」
優だ。彼は泉と目を合わせることもなく、閉じられた傘を無造作に彼女の手元へ差し出した。
「えっ、でも優くんは?」
「……俺はあいつのに入れればいい。お前がここで立ち往生してても効率が悪いだろ。さっさとそれ差して帰れ」
優は淡々と、理屈だけでそう言い放つ。彼にとって泉は「女子」として意識する対象ではないが、陸が連れてきた以上、ここで放置して風邪でも引かせたら、明日からの部活の段取りが狂う。その程度の、合理的で不器用な配慮だった。
「――なんだ優、気が利くじゃねぇか。泉、遠慮せず借りておけよ」
背後から、低くて落ち着いた声がした。
振り返ると、陸が部室から持ってきたであろう一本の大きなビニール傘を、余裕たっぷりに肩に担いで立っていた。
「陸くん……。でも、二人は……」
「心配すんな。俺と優なら、一本あれば十分だ。な、優?」
陸はそう言って、優の肩を軽く叩く。
普通なら男二人が一つの傘に入れば、窮屈で不格好になりがちな場面。けれど、陸がそこにいるだけで、なぜかそれが「スマートな選択」に見えてしまう。
彼は泉を不安にさせないよう、あえて「俺たちが濡れるのは大したことじゃない」という空気を、その立ち振る舞いだけで作り出していた。
「……離せ。濡れるだろ」
優は毒づきながらも、陸が広げた傘の下へと一歩踏み込む。
「じゃあな、泉。紗良も瞬も、足元気をつけて帰れよ!」
陸は泉に、安心させるような不敵な笑みを一つ向けると、雨の中へと堂々と歩き出した。
激しい雨音さえも、彼の纏う余裕を削ぐことはできない。
「……、……あーあ。相変わらず、いいところ持っていくわね、陸くん」
紗良が呆れたように呟き、瞬が広げた折り畳み傘の下に潜り込む。
「そうだね。でも、あれが陸のいいところだよ。……行こうか、紗良。あまり遅くなると、君の家の門限がうるさいだろ」
「分かってるわよ! 瞬、傘もっとこっちに寄せてよね」
二人は肩を並べ、雨の雫を弾きながら歩き出す。同じ美術部で過ごす日々の中で、二人の間には、派手な言葉はいらないほどの、静かで深い信頼が育まれていた。
泉は、優から借りた傘の重みを両手で感じながら、先を行く陸と優の背中を見つめた。
一本の傘を共有しながら、雨の中を悠然と歩いていく二人。
その中心にいる陸は、雨に煙る景色の中でも、やっぱり圧倒的な「主人公」として輝いていた。
(……陸くん。私、やっぱり……)
泉の胸の奥で、正体不明の「モヤモヤ」が、少しずつ、熱を帯びた形へと変わろうとしていた。