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お姉様に危害を加えようとする者など、許しておくことはできない。
そう思った私は、ヘレーナ嬢に対してとある魔法を使うことに決めた。
それは以前、私にこだわっていた第三研究所の所長に使った魔法だ。以前は、欠陥も多かった魔法だが、改良を重ねて今はかなり使い勝手のいい魔法になっている。
「もっとも、その魔法を使えるのは私くらいですけれど」
「そんなに難しい魔法なのか?」
「ええ、記憶に関する魔法は簡単ではありませんからね。特に一部の記憶だけなくすなんて、ほとんどの人にはできません。私でもこの魔法を完璧に使えるようになったのは最近です」
「エルメラ嬢ですら、それなのか……」
私は、チャルア殿下の案内でヘレーナ嬢がいる部屋に向かっている。
時期騎士団長と名高い殿下は、どうやら私の魔法に興味があるらしい。騎士団の中にも、優れた魔法使いは多くいるだろう。その魔法使いに何か伝えられることがないか、探ってきているといった所だろうか。
「記憶を消す魔法くらいは、ある程度の魔法使いなら扱うことができるでしょうね。ただ、それは記憶を一から十まで消すということなので、必要性があるのかどうかはわかりません。相手を廃人にするのも同然ですから、殺すのとほとんど変わりありませんからね」
「まあ、そうだな。エルメラ嬢の言う通りだ。一部の記憶だけ消せるなら、便利なんだがな……知らない方がいいことというのも、ある訳だし」
お姉様を不当に拘束した騎士団に対しては、色々と思う所がある。
とはいえ、それでも騎士団がこの国にとって必要な存在だ。市民の安全のためにも、騎士団には力をつけてもらわなければならない。
故に私は、チャルア殿下の議論に応じた。魔法の話自体も嫌いではないため、道中の暇潰しとしては丁度良いと思ったのもある。
「……これは」
「エルメラ嬢、どうかしたのか?」
「私としたことが、どうやら油断してしまったようですね……」
しかし私は、呑気に話している場合ではないということを悟った。
周囲の空気が、歪に揺れている。これは恐らく、何かしらの強力な魔法が行使されたからだ。
私は、感覚を頼りに進んで行く。すると、辺り一面に倒れている騎士と壊れた壁を見つけた。
「エルメラ嬢、急に一体……なっ!」
「どうやら、逃げられたようですね。こちらの動きを察知していましたか……また騎士団の不祥事が増えてしまいましたね」
「なんということだ……」
ヘレーナ嬢は、それなりの魔法使いではあるらしい。
騎士団がいくら間抜けでも、自分の冤罪が成立しないと理解できる賢さもあるだろう。
これは思っていたよりも、厄介な相手かもしれない。もちろん、この程度の相手に私がいいようにされるなんてことはあり得ないのだが。
◇◇◇
「ヘレーナ嬢が逃げ出した?」
「そんな馬鹿な……」
私とドルギア殿下は、エルメラとチャルア殿下から話を聞いて驚くことになった。
治療を終えて騎士団で事情聴取を受けていたヘレーナ嬢は、騎士を襲ってこの騎士団の拠点から逃げ出したらしい。
彼女自身は、自分の狂言が成立するとは思っていなかったということだろうか。何にせよ、彼女の行動は早かったといえる。
「兄上、騎士団は一体何をやっていたんですか?」
「それについては、返す言葉もない。騎士団の面目も丸つぶれだ」
ドルギア殿下の少し厳しい指摘に、チャルア殿下は項垂れている。
彼としては、本当に悔しい限りだろう。騎士団は今回、ヘレーナ嬢にとことん踊らされているといえる。
「もちろん、ヘレーナ嬢のことは指名手配する。侯爵令嬢であろうが、流石にこれだけのことをしたら揉み消すことなんてできない。バラート侯爵家にも覚悟してもらわないとな……さてと、ドルギア、所でお前に聞いておきたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「イルティナ嬢の話からすると、ヘレーナ嬢はお前に対してかなり執着しているらしいじゃないか。その辺りについて、覚えはないのか?」
チャルア殿下は、私も気になっていたことをドルギア殿下に聞いた。
ヘレーナ嬢と彼との間には、何があったのだろうか。婚約者として、私もそれは知っておいた方がいいような気がする。
「そのことですか……正直、僕もわからないんです。ヘレーナ嬢とは、今までほとんど関わりがなかった。慈善活動の場で、顔を合わせて、挨拶をするくらいでしょうか?」
「ああ、そうですね。彼女は確かに見かけることがありました……よく考えてみれば、ドルギア殿下がいる時に」
「そうだったのですか?」
「ええ、今まで気付いてはいませんでしたが、そうだったような気がします。もしかしたら彼女は、ドルギア殿下を追いかけていたのかもしれませんね」
ドルギア殿下の言葉に、私はヘレーナ嬢を見かけた時のことを思い出していた。
そういった時には、ドルギア殿下が必ずといっていい程訪れていたような気がする。今までまったく意識していなかったが、あれは意図的なものだったのだろう。
それ程までに、ヘレーナ嬢はドルギア殿下に執着していた。それは一目惚れとか、そういったことなのだろうか。
「権力と魔法の実力を兼ね備えたストーカーって、訳か……厄介極まりないな」
「そうですね。彼女は厄介です。その彼女は、お姉様のことを狙っている……」
そこでエルメラの視線が、私の方に向いた。
その言葉に、私はゆっくりと頷く。それは私にとって、とても大きな問題だったからだ。
「イルティナ嬢のことは、騎士団が護衛しよう」
私が狙われているという事実を受けて、チャルア殿下はそのような言葉を口にした。
こういった時に警護に臨むのも、騎士団の仕事の一つではある。民間のボディガードなどを雇ってもいいのだが、それならお言葉に甘えるのもいいかもしれない。
「騎士団の護衛なんて、信用できませんね。ヘレーナ嬢にまんまとしてやられた訳ですから」
「手厳しいな……」
そんなチャルア殿下の言葉を、エルメラは強く否定した。
彼女は、チャルア殿下を睨みつけている。その視線は鋭い。なんというか、かなりご立腹なようだ。
それはきっと、私のことを心配してくれているからだろう。私としては、嬉しい限りだ。チャルア殿下からしたら、たまったものではないと思うが。
「お姉様の護衛は、私が行いますから、騎士団の手出しは無用です。私の傍以上に安全な場所なんて、この世にありませんからね」
「まあ、それはそうなのだろうが……」
「騎士団はヘレーナ嬢を探してください。私が以前開発した探索魔法は、騎士団でも運用されているはずです。あれを使えば、見つけるのにそう時間はかからないでしょう」
「よしわかった。それなら騎士団は捜索にあたるとしよう」
チャルア殿下は、諦めたように手を上げていた。
エルメラには敵わない。それを体で表しているかのようだ。
ただ実際の所、エルメラの言っていることは正しい。騎士団がいくら集まっても、きっとエルメラには及ばないだろう。
「ヘレーナ嬢を見つけたら、私に報告してください。彼女はそれなりの使い手であるようですから、私が直々に対処してあげます」
「エルメラ嬢がわざわざ出張らなければならないものなのか?」
「ええ、彼女は私の千分の一くらいの才能を有していると思いますから。騎士団では、中々に手こずると思います。もちろん勝てはするでしょうが、あまり時間をかけられるとこちらは困ります。不安の種はできるだけ早く取り除いておきたいですからね」
騎士団がエルメラ以外の個人に負けるなんてことは、まずあり得ない。基本的に人数というのは正義だ。エルメラくらいでなければ、それは覆せないだろう。
ただそれでも、ヘレーナ嬢が逃げ続ける選択をすれば、追い詰めるまでに時間がかかる。その間、私やエルメラは安心できない。それを考慮して、エルメラは提案しているのだろう。
「……さてと、ドルギア殿下、あなたにも来てもらいます」
「僕、ですか? えっと、どこに?」
「アーガント伯爵家に、です。ヘレーナ嬢はあなたのことも狙ってくるかもしれませんからね。お姉様と一緒に、私が守ります」
「なるほど……」
「ドルギア殿下が……」
エルメラの言葉に、私とドルギア殿下は顔を見合わせた。
ドルギア殿下と生活をともにする。その事実に、私は不謹慎ながらも心を躍らせるのだった。