「まさか、僕がアーガント伯爵家のお世話になるなんて思っていませんでしたが……」
「あはは、私もです。未だにこの状況が少し信じられません」
アーガント伯爵家の庭にて、私はドルギア殿下とお茶していた。
ヘレーナ嬢の件で、彼はこちらで暮らすことになった。エルメラの傍の方が安全、それは王族であっても、納得できる理論だったようだ。
「しかし、守られる身であるというのに、こんな風に呑気にお茶なんてしていてもいいものなのでしょうか?」
「その辺りは、エルメラからお墨付きをもらっていますから、大丈夫です。少なくとも屋敷の周りなら、余裕で守れるみたいですから」
「なるほど、エルメラ嬢の力にはいつも驚かされますね」
ヘレーナ嬢に狙われている。その事実を私は、それ程重く受け止めてはいなかった。
それは、エルメラのおかげだ。彼女が守ってくれている。その事実だけで、心が落ち着く。
相手がいくら優れた魔法使いであっても、エルメラの足元にも及ばない。私はそれをよくわかっている。だから、微塵も慌てていないのだ。
「まあもちろん、ヘレーナ嬢には早く捕まってもらいたいものですけれど……」
「兄上も動いているようですが、中々見つからないようですね。まったく、騎士団は何をやっているのだか……」
「今回の件を迅速に解決するこは、不評を覆せることですから、騎士団も躍起になっているとは思うんですがね……」
私への扱いなどが明かされたことによって、騎士団は現在かなり評判が悪い。
その悪評を少しでも覆せるのは、事件を解決することにあるだろう。
そのため、騎士団も全力でヘレーナ嬢を探しているはずだ。それでも見つからないのは、ヘレーナ嬢の方がすごいということだろう。
「といっても、こうしてドルギア殿下と一緒に暮らせる期間が終わるというのは、悲しいものではあるのですけれど……」
「イルティナ嬢……それは、僕も同じですよ。でも、そんなに悲観することでもありません。何れはずっとこちらで暮らすことになりますから」
「そうですね。なんと言ったって、私達は婚約しているのですから」
ドルギア殿下の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
アーガント伯爵家に、ドルギア殿下は婿入りする。そうすれば、こういった生活がずっと続いていくことになるのだ。その日々はきっと、楽しいものになるだろう。
そんなことを思いながら、笑顔を浮かべていた私はそこであることに気付いた。エルメラがこちらに向かって来ているのだ。いつにも増して、不機嫌そうな顔をしながら。
◇◇◇
お姉様を守ること以上に優先するべきことなど、この世には存在しない。
私にとってそれは生きていく上での命題であり、何よりも大切なことだ。もしも何かと天秤にかけられた時、私はお姉様を迷わず選ぶだろう。
そして私は、お姉様が守りたいと思うものも守るつもりだ。お姉様の幸せは、誰にも壊させはしない。
だからこそ、今回はお姉様の大切な人――などと認めるのは誠に遺憾ではあるのだが、その人物であるドルギア殿下を私の庇護下に特別においてあげることにした。
ヘレーナ嬢が彼を狙ってくる可能性は充分ある。彼女が執着しているのは、あくまでもドルギア殿下だ。お姉様は恋敵である訳だが、彼を手に入れるなら、興味もなくなるかもしれない。
お姉様を第一として考える私としては、それでも良いようにも思える。
だが、ドルギア殿下がヘレーナ嬢にさらわれたなどと聞けば、お姉様は深く悲しむことになるだろう。それでは何の意味もない。
不本意ではあるが、ドルギア殿下もお姉様の一部であると考えるべきだ。
父や母と同じように思えばいい。いや、それは無理だ。お父様やお母様とあの男が同等などと私の中で考えられる訳もない。
しかし守らなければならないのだから、優先順位としてはそれくらいにしておかなければ辻褄が合わないというのが現状だ。
「まったく、どうしてあんな人がお姉様の婚約者なのだか……」
「……あなたが、出した話でしょう?」
「そうですが……あの二人がこの屋敷でイチャイチャしているのを見ていると腹が立つのです」
お姉様とドルギア殿下のお茶会を目撃した私は、お母様の元に来ていた。
愚痴を述べなければ、やっていられないからだ。どうして私は、あんな光景を見せつけられなければならないのだろうか。お茶会なんて、私とお姉様の数少ない憩いの一時であるというのに。
「あなたもイルティナとイチャイチャすればいいじゃない。素直に甘えたら、きっとイルティナも応えてくれるわよ?」
「いやだって、それはなんだか恥ずかしいではありませんか……」
「最近内心をさらけ出したのでしょう? もう遠慮する必要なんてないじゃない」
「全部明かした訳ではありませんからね……いいえ、仮に全部明かしていたとしても、流石にどんな顔をして甘えればいいのか、わかりません。子供っぽくて情けないじゃないですか」
「……私に膝枕をせがんでおいて、よくそんなことが言えるわね?」
私の言葉に、お母様は苦笑いを浮かべていた。
ただ、それとこれとは話が別というものだ。お母様とお姉様とでは関係性が違うのだから。
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