何となく、何となくだがそんな気がする瞬間が今までにあった。
例えば、レコーディングがあった日。
「涼ちゃん、なんか口恋しくない?」
脈略もなく元貴がそう聞いてきた時があった。僕は疲れていて、よく食べているグミかチョコをくれるのかと思い、そうだねえと答えてしまった。すると元貴はにっこりと笑って包み紙を差し出してきた。
「……飴?」
手の上には、可愛い模様の飴が乗っていた。予想は外れたが特に違和感もなくありがとうと言って受け取った。そのまま去っていくのかと思ったが、不気味なほど無表情でこちらを見ている。突如元貴が、
「飴あげるの、珍しくない?」
と、変な事を聞いてきた。
「え?あー…。確かに、いっつもはチョコとかグミとかくれるよね」
僕が言うと、そうだよね!とうんうん頷く。
「じゃあ、意味があると思わない?」
と、またも訳がわからないことを聞いてきた。その時は事なきを得たが、度々こういう事があり何かおかしいと引っかかっていたのだ。
今思い返してみればもう1つ決定的な事もあった。だいぶ前だが、スキンシップが元々多い元貴がさらにくっつく様になったのだ。しかも、基本呑んだり遊びに行く時は3人がいいよね、と言っていた元貴が僕とサシで出掛けたがる様にもなった。
この時から違和感は続いていたのか。
ぼーっと思い出していたら、遠くから涼ちゃんと何度も呼ぶ声が聞こえてきた。元貴が心配そうに覗き込んでいる。
「涼ちゃん?混乱するのは分かるんだけど、出来れば返事は先伸ばさずここで答えて欲しいんだよね」
なんて無茶な、と思ったがミセスの活動のためにあとぐされなくしたいのだろうと納得する。
まあ、もちろん答えは決まっているんだけど。
こんな風に人を振ることは今までに無かったため、緊張して深呼吸を1回だけする。
「気持ちはとっても嬉しいんだけど…ごめん。どうしても付き合えない。僕にも実は好きな人が_____」
「俺ね、涼ちゃんじゃないと駄目なんだ」
涙声だった。
最後まで言いきれず、遮られてしまった。すると元貴は急に立ち上がり、僕を上から抱きしめた。情報量が多く既にオーバーヒートしている頭が、完全にパンクしてしまった。
「好きな人がいるって言おうとしたんだよね?男だからとか、俺にスペックがないとかじゃなくてなら、その人と付き合えるまででいいから。それまでの間、俺に時間をくれませんか…!」
息を切らした、切実な告白だった。
2つ、心臓の音が聞こえる。1つは自分の、微かに速い音。もう1つは、こんな大胆なことをしているのに恐ろしく速い音。
こんな音を聞いて断れる訳がない。気づけば、口にしてしまっていた。
「…ぼ、僕でいいなら…よろしくお願いします…」
言い切る前に、元貴がばっと離れて、肩だけをがっしり掴まれた。目が真っ赤で、今にも涙が溢れそうだが、希望に満ちていた。と、そのままくしゃっと笑って聞いた事のないほど優しい声で名前を呼ばれる。
「涼ちゃん、ありがとうっ…!本当にっ…!」
そのまま泣き出すかと思いきや、なんと唇を奪われた。思わず目を瞑る。どきりとした。これ、もしファンじゃなくても誰かに見られたらまずい状況じゃないか。そっと目を開けて、店内をちらっと見回したが、マスターはバリキャリさんと、夫婦は普通に談笑をしていてこちらを見向きもしていなかった。
ほっとしたのも束の間、唇が離れていく。
その途端、罪悪感に全身を襲われる。僕は今、好きな人の好きな人と付き合って、親友とキスをしたのか?
思考と後悔の海に溺れそうになっていた所を、元貴の声で浮上していく。でも、やっぱり言わなくちゃ…
「これからよろしくね、涼ちゃん!」
一滴の涙が元貴の頬を伝った。
と同時に喉元まで来ていた言葉をごくりと飲み込んだ。
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読んで下さりありがとうございます!
スピード感を意識したのですが、語彙力が無いので上手く表現出来ているか心配です…
追 大森さんが飴を渡した理由は、バレンタインで上げるお菓子には意味があると知ったからです
次もぜひ読んでいただけると嬉しいです。