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そこから元貴と僕の恋人関係が始まった。
でも仕事が詰め込まれている僕らは、特に関係に変化もなく穏便に過ごせていた。
はずだった。
甘く見ていた。元貴が隙あらばくっついてこようとするのだ。しかも若井の目の前で。いつもは軽くあしらっているが、たまたま出くわしてしまったことがある。そのときの若井の困惑した表情ときたら、思い出すだけで胸が張り裂けそうになる。
罪悪感があるのだが、別に犯罪を犯している訳じゃないし、若井にもバレてないしと自分を誤魔化して何とか日々を消化していた。
でもこんな不安定な関係は長くは持たないもので。僕の心はすり減ってく一方だった。
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つい先月までは自分の家のように感じていたのに、元貴の家に来ると緊張してしまうようになった。
付き合い初めてから、度々元貴に呼び出されては半ば強制的に泊めさせられるようになった。今までもたまに3人で誰かの家でお泊まりをすることはあったが、2人だけで、というのは無かった。そのため若井に…。若井にだけはバレないようにしないといけない。
今は元貴が見たいと言っていた映画鑑賞中で、手をがっしり掴まれているのでソファーから動けずいる。物語の中盤、男が泊まる目的以外もあるホテルに主人公の女性を連れ込む。いくら天然と言われる僕でもこの先の展開が目に余るほど予想出来てしまう訳で。
僕はそっと元貴の手から抜け出し、気まずくなる前に飲み物を取りに行こうと立ち上がる。すると突然腕を掴まれ、驚いてバランスを崩しソファーに倒れ込んでしまった。
それを抑え込むように覆いかぶさられた。
「ちょっ、元貴!?どしたの、急に…」
「どうしたも何も…。 ……あぁ、そうか。飲み物を取りに行こうとしたんだよね?」
焦ったような顔だったが、みるみるうちに申し訳なさが混ざった少し歪な笑い顔になっていく。
なんだか自分でも理解出来ていないような言い方だった。もしかして家を出ていこうとしていると思われたのか。
「そうだよ。だからちょっと退けてくれる?大丈夫、どこにも行かないから」
元貴と付き合ったのは、ある重大な理由もあった。彼の精神が不安定な時期だったからだ。自分でいいなら力になりたい。だから何か勘違いをしていたらこんな風になだめるように話しかけることがままある。僕はここにいるよって。でも今回は退けようともしないので、空気が無機質にこわばったのに気づく。
「…涼架」
ひどく愛しそうに頬を触りながら、名前を呼ばれる。考える間もなくキスをされる。しかも今までとは違う、長く深いキス。本能が激しく頭の中で警報を鳴らす。
押しのけようともがくが、馬乗りになられている上に手首を固定されてびくともしない。口の薄く空いた隙間から舌をねじ込まれる。その舌を噛もうと歯を立てるが上手くいかずどんどんかき乱されていく。
彼が体制を変えようとした隙に、足を絡めなんとか派手に上下逆転させる。
ソファーとはいえ衝撃で元貴がひるんでいるのを認め、財布と鍵とケータイ、それに上着だけを持って家を飛び出した。出てきて追いかけてくる気配もなかったが、宛もなく走り続けた。
視界がぼやける。目を擦っても擦ってもすぐまたぼやけてしまい、泣いていることに気が付いた。すっかり日は沈んでいて、狭めの道に行けば暗くて分からないだろうと身バレの心配を一応する。
いつかこうなると分かってはいたが、避けられなかった情けなさとずっと燻っている罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
何処をどう通って帰ってきたのか知らないが、意識がはっきりしてくると目の前には自分家の扉があった。
重い足を引きずりながら、ベットに飛び込み涙でぐしゃぐしゃの顔面を枕にうずめる。そのまま服も着替えず朝まで眠ってしまった。
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読んで下さりありがとうございます!
凄く重たい話になってしまう気がします。こんなに切なく書くつもりはなかったのですが…。短編集で塩梅をとるよう気を付けます。笑
次もぜひ読んでいただけると嬉しいです。