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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「ねえどこに行くの?」

このまま家に帰ると思っていたのに、車は都心を抜けて高速へと向かって行く。


「どうせ明日は日曜で、璃子も休みだろ?」

「うん」

「登生も明日の夕方までは帰ってこないんだろ?」

「そうね」


言われてみれば、こんなに自由な時間を持てるのは登生と暮らすようになってはじめて。

いつも時間と、登生の世話に追われていたから。


「今日は少しゆっくりしよう」

「でも、仕事は大丈夫なの?」

「ああ、なんとかする」


忙しい淳之介さんが時間を作るのは大変な作業だろうと思う。

でも、一緒にいられることがうれしい。


「俺たちは、2人のことを話す時間が足りなかったからな」

「そうね」


いつも登生の話ばかりで、2人になる時間もなかった。


「今日はちゃんと話をしよう」

「はい」


いつまでも逃げるわけにはいかない。

そろそろはっきりさせないと。


***


高速を1時間ほど走り、その後さらに30分。

辺りは緑深い山道になった。


「この先に湖があって、湖畔にうちの別荘があるんだ」

「へー」


さすが中野コンツェルン、スケールが違う。


「子供の頃によく来たんだが、もう20年くらい来ていなかった」

「そうなの」


きっとここは淳之介さんの思い出の地なのよね。

凄く懐かしそうな顔をしているもの。


「さあ、着いたぞ」


車が止まったのは大きなログハウスの前。

昔テレビアニメで見た山小屋のイメージそのものの立派な建物。

後から聞いた話では、山の大部分が中野家の所有らしく見渡す限りが私有地。

そのせいか手入れの行き届いた芝生の庭がどこまでも広がっている。


「すごいわね」

「まあな、手入れをするのも大変だ」

「でしょうね」

とてもじゃないけれど、個人で管理できるレベルじゃない。


***


「何か飲む?」

「うん」

「コーヒー?ジュース?お茶?」

「お水でいいわ」


20年ぶりに来たってきいたけれど、建物の中はとてもきれいに手入れされていて、玄関にはお花がありキッチンは食材まで準備されている。


「来る前に連絡しておいたから数日間暮らせるだけの食料は用意してあるぞ」

「へー」

凄い。


こういうところを目の当たりにするとやはり私とは住む世界が違うのねって実感する。

当然不安にもなる。


「こーら」

コツンと、淳之介さんが人差し指で私の額を小突く。

「どうせまた余計なことを考えているんだろう」

「だって・・・」


やはり、淳之介さんにはお見通しらしい。


「ここは俺にとって思い出の場所なんだ。だから、璃子を連れて来たかった」

「そう」

「俺の記憶の中で、家族だけで過ごせたのはここだけだからね」

「ふーん」


以前、「金持ちの家に生まれるとプライベートもない」って淳之介さんがぼやいていたっけ。

私には想像もできないけれど、たいへんなんだろうな。


「明日の昼まではここにいる予定だから、璃子もゆっくりするといい。着替えも部屋に用意してあるから、着替えておいで」

「ええ」


そう言えば何の準備もせずに来てしまったと心配していたけれど、寝室には着替えの服と下着が用意されていた。

これもみんな中野家が雇っている管理人さんに用意してもらったと思うと恥ずかしいけれど、ありがたく使わせてもらおう。


***


「本当に、カレーでいいの?」

「ああ。その代わり辛いやつな」

「了解」


せっかく食材があるんだから手の込んだ物でも作ろうかと思ったのに、淳之介さんのリクエストはカレーライス。

ただし、いつもの甘口ではなく、辛口にしてくれと注文をもらった。

いつもは登生に合わせて甘口のカレーしか作らないから、淳之介さんの口には合わなかったらしい。


「すごい、お肉も野菜も魚介もぎっしり」

一通りないものはないってくらい食材が詰め込まれている。


うーん、何のカレーにしようかな?

いつもはチキンかひき肉のカレーしか作らないから、たまにはビーフにしてみよう。

冷蔵庫から取り出した牛肉はきれいに霜が入っていてカレーにするのがもったいないようなお肉だけれど、せっかくだから奮発しよう。


「何か手伝おうか?」

「え、いいよ」


今でこそ実家の父も台所に入るけれど、子供の頃は全く何もしない人だった。

だからかな、男の人が台所にいることに違和感を感じてしまう。


「じゃあ、皿でも洗うよ」

「うん、ありがとう」


私が料理を作り、その横でかたずけをしてくれる淳之介さん。

こんな些細な時間がとっても幸せだと思える。


***


「ごちそうさま。旨かった」

カレーを2杯もお変わりして食べてくれた淳之介さん。


2人分だから多いかなって心配したけれど、ほぼ綺麗になくなった。


「今度から登生用と大人用と分けて作りますね」

そうすれば甘くないカレーが食べられる。


「いいよ。登生に合わせてやればいい。そのうち登生だって辛いカレーがいいっていうようになるんだ、甘口のカレーなんて食べられるのは今だけだ」

「それでいいの?」

「ああ」


保育園のママ友には何人もの子供を育てているお母さんが多く、「かわいいのは今のうちだけよ」なんて話を聞かされる。

抱っこできるのも、連れて歩けるのも、今のうちだけ。

そのうち「ばばああっち行け」何て言うかもしれない。

そう思うと、甘口カレーもいい思い出かもしれない。


「じゃあ、たまに淳之介さん用に辛口カレーを作りますね」

「楽しみにしてる」


大金持ちの財閥御曹司が、カレー1つで喜んでくれるなんて、

フフフ。

なんだかかわいい。


***


「璃子、飲むだろ?」


夕飯の片づけが終わり、お風呂から上がったところで、ワインを持った淳之介さんに声をかけられた。


「じゃあ、少し」

そう言えば昨日も飲んで、淳之介さんとそういうことになったんだと思い出し声が小さくなる。


「ここから車で20分ほどのところにうちのワイナリーがあってね、そこでできたワインだから美味いぞ」

「へえー」


自家製ワインって、凄すぎる。

おすすめは白だからと言われ、グラスに注がれたワインを一口。


「うーん、美味しい」

とっても爽やかで、飲みやすい。


「ぶどうジュースも作っているから、今度家に送ってもらおうか。登生がきっと喜ぶよ」

「そうね」


結局、私たちの話しの結末は登生に行き着いてしまうらしい。


「さてと、璃子が酔っぱらう前に少し話をしようか?」

ソファーに座りなおし、私の方を向いた淳之介さん。

「ええ」

私も少しだけ姿勢を正した。


***


「今差し当たっての問題は、登生を誰が保育するかってことだが」

「うん」

登生の人生を変えるような重大な問題だと思う。


「ただ、その前にはっきりさせたいことがある。璃子、今から俺が聞くことに素直に答えてくれるか?」

「ええ」

なんだか怖いなと思いながら、真剣な顔で聞かれれば頷くしかない。


「璃子は俺が好きか?」

「ぅ、うん」

「よかった、俺も璃子が好きだ」

凄く嬉しそうに、子供みたいな笑顔。


「ずっと一緒にいてくれるか?」

「それは・・・」

ウンとは言えない。

「じゃあ、質問を変えるよ。璃子は俺と離れても平気なのか?」

「平気なわけ」

ないじゃない。

「そうだね。俺も璃子なしで生きていける気がしない」


ギュッ。

胸を締め付けられる感覚。


「じゃあ聞くが、好きだと言ってくれる俺と離れようとする理由は何?」

「私では淳之介さんを幸せにできないから」

「そんなこと誰が決めた?」

「だって・・・」


これから先色々なものを背負っていくことになる淳之介さんに、私は何もしてあげることができない。

むしろ足を引っ張るばかりだと思う。


「俺の幸せは璃子と登生と家族になること。それ以外にない」

「でも」


人の気持ちはいつかは変わるから。

いつまでも今の気持ちのままとは限らないから。


「璃子」

視線を外そうとした私の頬に手を当て、淳之介さんの方を向かされた。


***


「茉子さんも玄次郎も、若くして命をおとしてさぞ無念だったろうと思う。でも、2人は不幸だったのか?」

「いいえ、きっと幸せだったはずだわ」


お姉ちゃんも玄次郎さんも、登生のことを残してこの世を去る未練はあったにしても、愛し合って登生を授かったことに後悔はしていないと思う。


「同じことだろ?俺だって、璃子だって、いつ何があるかわからない。でもそれを心配して前に進まないでは、何もできない」


そう言えば、姉が高校の時に書いた人生訓は『人間万事塞翁が馬』だった。

確か、不幸も幸福も表裏一体。何が不幸で、何が幸福かなんて誰にもわからない。そんな意味だったと思う。

まさにお姉ちゃんの生き方そのもの。


「今を悔いなく精一杯生きるしかないと思うが、違うか?」

「それは・・・」

確かにそうね。


私は一体何を恐れていたんだろう。

こんなに淳之介さんのことが好きなのに、ずっと逃げているだけだった。


「もう一度聞くよ。璃子、俺と一緒に生きていってくれないか?」

「私で、いいの?」

「璃子が、いいんだ」


この瞬間、目の前の淳之介さんが揺らいで見えた。

泣くつもりなんてないのに、涙が込み上げてきた。


「璃子、返事は?」

「はい、不束者ですがよろしくお願いします」


「ありがとう」

ギュッと抱きしめられ、私も手を回した。


***


「じゃあ、お互いの気持ちを確認できたところでこれは俺からのお願いだ」

「何?」

少し怖いな。


「俺は先祖代々守ってきた中野コンツェルンを継ぎたいと思っている。それには必ず家族の助けが必要になるはずだ」


それは、事情を知らない私にも想像できる。

きっと大変な仕事だろうし、その分責任も重いはず。

それを一番近くで支えられるのは家族だろうと思う。


「私にできることは何でもしますよ」

「いいのか?」

「ええ」

そのくらいの覚悟はあるつもり。


「昔、会社に入る時親父に言われたんだ。『経営陣は会社に対して責任を負う。もし会社にトラブルがあれば、まずはお客様を助ける、次に取引先、その次に従業員。そして自分たちは最後。常にそれだけの責任を持ち続ける』その覚悟はあるかってね」


それはとっても重い言葉。

そして、私が淳之介さんと家族になるってことは同じ覚悟を求められるってこと。


「それでも、俺について来てくれるか?」

「大丈夫。いざとなったら私が働いて養ってあげるわ」

「璃子、お前ってやつは・・・」


中野コンツェルンほどの財閥が消えてなくなるとは思わないけれど、何かのトラブルに巻き込まれる可能性は必ずある。

いつ何があるかわからない覚悟は、常に持っていなくてはいけないってことだろう。


考えてみれば実家の父がそうだ。

家事全般をこなしていた母がいきなり病気になって、それまで家事なんてしたことのなかった父が家事を始めた。

私達には言わなかったけれど、きっと大変だったことだろう。

それでも今は2人で幸せに暮らしている。

私にだってその気になれば何でもできるわ。


***


「それと」

「まだあるの?」


普段2人で話す時間があまり持てないから、お互いのことをこんなに話したのは初めてかもしれない。

さすがに一時間以上たったのを見て、まだあるのかと聞いてしまった。


「これからが登生のことだ」

「ああ」

それが一番の議題だったわね。


「璃子はどうしたい?」

「私はもちろん一緒にいたいわ。半年一緒に暮らして情も移っているし、手放すなんて考えられない。でも、お母様のもとで育つことが登生のためになるなら我慢するしかないと思う」


やはり、登生のためになるのが一番。

間違っても将来を潰すようなことはしたくない。

それに、私と淳之介さんで育てるってことは、中野財閥の子として育つことになる。

そのことを玄次郎さんは納得するだろうか?


「俺も、璃子と同じ気持ちだよ。できれば自分の手元で育てたい」

「でも、玄次郎さんの遺言が・・・」

「うん、それは俺から玄次郎に報告しておくよ」

「いいの?」

「ああ。ただ、登生が大きくなった時、そうだなあ、高校か大学に上がるころに一度本人と話そう。その時に母さんのもとに行きたいと言えばそれでもいいと思う。ただ、今はまだ手放したくはない」

「そうね」


ちょっといびつな家族だけれど、愛情深く育ててやりたい。

愛することも、愛されることも、きちんと教えてやりたい。


「母さんには俺から話しておくよ」

「お願いします」


***


それからは本当にあっという間だった。


その週のうちにお父様に報告。

淳之介さんは一人で行くと言ったけれど、きちんとご挨拶したいからと3人で行くことにした。

中野財閥の総帥何て言うからどんな恐ろしい人が出てくるんだろうとドキドキしていたけれど、穏やかで優しそうな老紳士だった。


「こんにちは、やしまとういです」


ぺこりと頭を下げ教えた通りにご挨拶した登生を見て、お父様は固まっていらした。


「そ、そうか、登生くんか、おいで」

そう言って登生を膝に抱きながら、目頭を押さえられた。


きっと、淳之介さんや玄次郎さんの子供の頃に面影を重ねていらしたんだろう。


もちろん登生を連れ去ったことや麗華との縁談を進めていたことも謝っていただき、「淳之介をお願いします」と言ってもらった。


「璃子さん、今は家や家業に縛られる時代ではないから、自由に育ててやってほしい」

「はい」


過度な期待をされていないことにホッとすると同時に、このお父様を見て淳之介さんが中野コンツェルンを引き継ごうと思ったように、登生もきっと同じ道をたどるのだろうなと感じた。

そのためにも、正直に、まっすぐな人間に育ててやらなければいけないと肝に銘じた。


***


そして、次の週末は私の実家へ。


家から少し離れたショッピングモールの駐車場に車を止められ

「俺が先に話をするから、30分だけ買い物でもしていてくれ」

と言われた。


一体何をする気だろうと心配になったけれど、実家への手土産も買いたかったから素直に従った。



買い物を終え、改めて車に乗り込んで、久しぶりの実家。

客間のテーブルにはすでにごちそうが並んでいて、両親もニコニコしている。


「さあどうぞ。璃子も登生も上がりなさい」

「はーい」


何度か来たことのある登生はわがもの顔で家の中を走り回っている。


「ねえ母さん、淳之介さんが何か言ったの?」


わざわざ私や登生を遠ざけてまで先に来たってことは話があったに違いない。

どうしてもそのことが気になった。


「父さんと私の前で両手をついて、『茉子さんを妊娠させたにもかかわらずご挨拶もできなかった弟に変わりお詫びいたします。申し訳ありませんでした。その上で、私は璃子さんを愛しております。登生も含めて璃子さんをいただけないでしょうか?』そう言ってお父さんが『わかった』って言うまで頭を下げ続けたのよ」


ウゥッ。

ヤダ、泣きそう。


「璃子、あなたはいい人と巡り合ったわね」

「うん」

私にはもったいない、最高の旦那様。



思えば、玄次郎さんの死も、姉との別れも、悲しい出来事ではあった。

でも、その出来事を経て淳之介さんとの出会もあった。

きっと、全てが運命。一つ掛けていても、今この時間はない。

だからもう少し、この運命に従ってみようと思う。


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