冷徹専務の偽装婚約者になりました〜地味な総務ですが、契約の期限まで溺愛は困ります〜
桐谷商事の総務部、水瀬ひより、二十八歳。朝七時四十分に全フロアの備品を補充し、誰の机のペンが減りやすいかまで覚えている。緑の表紙の台帳は、六年分の記録でひよりの字に埋まっている。
ある日の会議。元カレの佐伯が「三か月かけて作りました」と発表した提案は、ひよりが渡した改善メモだった。その夜、社内チャットに流れる。「総務の水瀬さん、二股らしいよ」。
残業中のひよりの前に現れたのは、「人を切る専務」と恐れられる創業家の次男・桐谷奏。
「俺の婚約者になってくれ。半年でいい」
奏は父の決めた縁談を止めたい。ひよりは父の借金を返す報酬がいる。恋の約束はしない。契約と、同居と、人前での婚約者の顔。
翌朝、社内に婚約が知れ渡り、周囲の目が変わる。元カレは青ざめ、噂を流した秘書は口をつぐむ。奏は会議で問う。「この提案の最初の下書きは、誰が書いた」。
誰も見ていなかった地味な仕事を、一人だけが見ていた。誰も読まない備品の台帳が、人の本当の姿を映している。
期限は半年。溺愛は、契約に入っていません。