テラーノベル
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涼ちゃんが泣き崩れたスタジオで、
旭は自分の手に戸惑っていた。
「僕……なんで『涼ちゃん』なんて……。
会ったこともないのに、体が勝手に言葉を選んで……」
若井は旭の肩を抱き寄せ、静かに、けれど力強く言った。
「無理に思い出さなくていい。
……ただ、これだけは信じてくれ。
君の中にいる『誰か』も、今の君も、俺たちにとってはかけがえのない宝物なんだ」
それから数日。
若井と涼ちゃんは、旭を連れてあの
「思い出の岬」へと向かった。
かつて元貴が、最後に見たいと言ったあの海。
旭は岬の先端に立つと、深く息を吸い込んだ。
「……知ってる。
僕、ここに来たことがある。
……隣に、すごく必死な顔をした若井さんがいて、僕の耳を塞いで、一緒に波の音を聴いてくれた」
旭はゆっくりと振り返り、若井を見つめた。
その瞳は、もはや17歳の少年ではなく、かつて共に戦った戦友、大森元貴の輝きを宿していた。
「若井。……僕がいなくなった後、ちゃんと歌ってくれたんだね。……空まで聞こえてたよ。オレンジ色の、綺麗な歌」
「……元貴、お前……」
「旭」としての意識と、「元貴」としての記憶が溶け合う奇跡。
元貴は、旭の体を借りて、最後にもう一度だけ若井に伝えたかったのだ。
「あの100日間は、僕の人生で一番幸せな『卒業旅行』だった。
……でも、一つだけやり残したことがあったんだ。……若井に、笑顔で『いってきます』って言うこと」
旭は、若井の手をギュッと握った。
「僕はもう、病気に怯える必要はない。……この『旭』っていう体で、新しい人生を歩むよ。
……若井や涼ちゃんと、また新しい音楽を作るために、戻ってきたんだ」
若井の目から、堰を切ったように涙が溢れた。
5年前は「さよなら」の涙だった。けれど今は、再会の喜びと、運命への感謝の涙だった。
「……おかえり。
……遅かったじゃねえか、元貴
ほら、さよならなんか言わなくて良かった。」
「……ただいま、滉斗」
涼ちゃんも二人の輪に加わり、3人は夕暮れの海に向かって、誰に聴かせるでもない、けれど世界で一番幸せなハーモニーを奏でた。
数ヶ月後。
新生『Mrs. GREEN APPLE』のライブ会場。
ステージの中央には、ギターを抱えた若井と、キーボードの涼ちゃん。
そして、その真ん中に、少し緊張しながらも、誇らしげにマイクを握る少年・旭の姿があった。
「……はじめまして、旭です。
……僕の、大好きな相棒たちが信じてくれた、この声を聴いてください」
旭が歌い始めた瞬間、スタジアムは5年前と同じ、鮮やかなオレンジ色の光に包まれた。
けれど、かつての「切ないオレンジ」ではない。
それは、新しい一日が始まる瞬間の、力強く、温かい**「朝焼けのオレンジ」**だった。
客席の端で、若井はギターを弾きながら、空に向かって小さくウインクした。
空の上の特等席はもう空っぽ。
だって、彼らの音楽は、今ここに、生きる熱を持って鳴り響いているのだから。
「いくぞ旭、いや元貴! お前の色を、世界中に見せつけてやれ!」
若井の叫びに、旭が最高の笑顔で応える。
音楽が続く限り、オレンジ色の光は、決して消えることはない。
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