辺境特務隊の動きを封じ、俺たちは北転移門から外へ出る。外に出るとそこには北ガレオス兵士が数人と、為政者《いせいしゃ》らしき人が待ち受けていた。辺境特務隊を含め、帝国の人間の姿は見えない。
北ガレオスは中立都市。バルディン帝国とは争いもせず、従いもしない人間が数多い。そして個人的な対立にも一切関わらないとされている。
「あなたは魔術師ルカスさん……で間違いありませんか?」
俺のことを以前から知っているのか、為政者が声をかけてきた。”宮廷”と付けられず、魔術師とだけ言われたのは初めてのことだ。てっきり宮廷魔術師が待ち構えていると思っていた。彼女たちも同じだったせいか、今の状況に唖然としている。
とにかく俺だけでも冷静に対応するしかない。目の前の兵士から特に敵意を感じない以上、ここは素直に応じることにする。
「そうです。俺は魔術師のルカス。そちらはガレオスの?」
俺の返事を聞いた兵士たちは、一様に軽く頷きながらどこか期待した表情を見せた。何か頼み事でもあるのだろうか。
「いかにも。このような姿勢で対峙することになり、申し訳ない」
為政者相手だから礼儀良くするべきかな?
話し合いをするにしても怒らせないようにしておこう。
「いえ、まぁ。一応聞きますが、ここにバルディン帝国の者は?」
「全て退去済みです。我がガレオスは、戦闘を作り出す者は入れませぬ」
「……やはりそうですよね」
戦いでもないし話すこともない。しかし帝国ではなく俺に味方をする態度――。つまり、すでに俺と帝国との争いを知ってのことか。
「ガレオス自体が、魔術師である俺に何かしてもらいたいことでも?」
転移門を出た正面には兵士の姿しか見えていない。しかし彼らの背後に広がる都市の中枢から感じ取れるのは、俺に対する何らかの希望だ。冴眼から見えているのは、夜明けに似た光色な感じを受ける。
「我がガレオスは中立都市。それはあなたもご存じの通りです」
「まあそうですね」
ここには帝国の転移門こそあるものの、ガレオスには深く関わらない規律があった。中立都市ではあるが、帝国に対していい思いは持っていないと聞いたことがある。
「……しかしここ数日にかけて、帝国の宮廷魔術師が大量に侵入して来るようになったのです」
皇帝の命令を超えた賢者の独断による弊害だな。リュクルゴス自身は出て来ないくせに、迷惑はかけまくっている。賢者崇高の宮廷魔術師が、周辺を荒らしているといったところか。
「……それで、俺にどういう?」
「そ、そうだぜ! ルカスに何をさせようってんだ?」
「わ、私もルカスさんの仲間として、よく分からない状況を見過ごすわけにはいきませんよ~!」
「……」
ずっと沈黙してるかと思ったら、ようやく声を出したな。ナビナは相変わらずだけど。
「宮廷魔術師ルカス・アルムグレーン。あなたのことは前から知っていました。無論、”宮廷”を追放されたこともです」
「――!」
「そのあなたがここに転移して来たのも、我がガレオスにとっての希望に相違ありません」
「……希望?」
何だか怪しい話になって来たような。
「北ガレオス中立都市の総意です。ルカスさん、バルディン帝国を陥らせている賢者なる者を、減退状態にして頂けませんか?」
なるほど、ここで賢者に迷惑をかけられてることが話に出てくるわけか。あのバカ兄きめ。俺だけでなく、中立都市にまで嫌われるとは。しかし確かにあの賢者さえどうにかすれば、帝国も少しは大人しくなる。
宮廷魔術師を自由に動かすことも出来なくなるはず。
「賢者リュクルゴスを弱らせる……それだけでいいんですか?」
ガレオスの人間に言われなくても懲らしめるつもりだったが。弱らせてくれと言われるとは驚きだ。俺は俺で冴眼でどういう目に遭わせるかくらいは考えている。やるとすれば『賢者』として保てない無残な姿にするくらい。
「それだけで構いません。無論、それ以上でも……」
それ以上にすると、呪いの力のことでナビナに言われてしまいかねない。
「分かりました。しかしこれは俺が決めたことです。ガレオスが気にすることではありませんよ」
「では、果たされた時、我がガレオスはルカスさんを歓迎いたすことを誓いましょう」
「……それくらいなら」
俺だけの問題だったけど、中立都市が希望してくるとは思わなかったな。
「あぁ、ルカスさん」
「はい?」
「帝国へはどのように行かれますか?」
どうやって向かうかなんて考えてなかった。そもそもリュクルゴスを外に引っ張り出さないと……。
「……歩いて向かうつもりですが」
「それではこちらへ――」
まさかと思うけど、専用の転移門でもあるんじゃ?
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!