カーテンを開けると容赦なく流れ込んできた日光に少し眉を響める。強い日差しを感じながらもう昼頃だろうかと寝起きの頭で考えた。今日は休日、せっかくだし2度寝でもしようとベットへ潜ろうとする、そんなおんりーを待っていたかの様に、携帯がピロンと可愛らしい音を立てた。誰だろうと疑問に思いつつ すい、と慣れた手つきで画面を操作しメッセージアプリを開く。と そこには、”今駅に付いた!もうすぐ着くよ!!“というメッセージと共に一生命走る猫のスタンプが添えられていた。そうだ、今日はおらふくんが遊びに来る日。遊びに来ると行っても仕事関係で近くに来ることになったおらふくんがせっかくならおんりーん家行こうかなと話になった事がきっかけだった。
いやそんな回想に浸っている時間は無い。ちらりと時計を確認するともう短針が1の針に差し掛かっていた。片付けをしておいて良かった。昨日の自分に、心の中で礼を言いつつ着替えを引っ張り出し、着替える時間も惜しいので、着替えながら洗面台へ足早に向かう。顔を洗って、歯ブラシを口に突っ込んで、いつものように四方八方に好き勝手暴れてる自身の髪の毛を多少恨みつつ、時間もないので手で雑に髪をとく。勿論、そんなもので自分の毛根がどうにかなる訳でもなく、ぐいぐいと押さえつけているとインターホンの音が部屋に響いた。どう頑張っても治らないぴょんと跳ねた髪を諦め、玄関へ足早に向かった。
は〜いと間延びした声を出しながらドアを開けると、久しぶり!!と人が良さそうに笑うおらふくんがいて、つい顔が綻ぶのを抑える。少し汚いけど、と控えめに笑いながら部屋へ案内した。少し緊張しているのか、そわそわと部屋を見渡すおらふくんが可笑しくってつい笑みがこぼれる。
「実は今日、おらふくんが来る5分前くらいに起きたんだよね」
「ぇえ!?そうなん?眠かったら別に寝とってもええよ?」
まぁ僕はちょっと寂しいけどね、と悪戯に笑うおらふくんを見て、好きだなぁと思う。でも勿論そんな事言えるはずもなくって、自分の醜い心は笑い声と共に外に出した。
「もうこんな時間か〜」
ゲーム機を手にそんな事を口にする。時計を見ると短針が7時を指していた。元々、そこまで長居する気は無かったがつい、もう少しだけ、もう少しだけと伸ばしていた 。好いてる相手の家から帰る、嫌になるのは当然だろう。気づけば離れたくない、あわよくば触りたいと醜い欲望が体の底で渦巻いていた。
おんりーの事だ、別に帰りたくないと言っても、気味悪がらず、照れくさそうに笑うだろう。泊まりたい。ただそれだけ、聞けばいい。断られたら帰ればいい、ただそれだけの事なのに言葉が喉に引っかかって、中々出ない
「どうする、帰る?」
自分に負けて、中々次の言葉が出てこない僕に痺れを切らしたのか、少し心配の混ざった声で顔を覗き込んできたおんりーに、今しかないと口を開く。
「帰りたくない、な」
なるべく普通に、醜い感情は心の底へ追いやって、全てがゆっくりに見えた。大体10秒ほどたっただろうか、きっと人生で1番長い10秒だと思う。おんりーの口が動く。何か、動揺してるのか 言いたい事が上手く言えない様子で、口を数回はくはくと動かす。その様子で、あぁ間違えたんだなと静かに絶望した。
「っごめん!流石に図々しかったよね、帰るわ」
お願い引かないで、そう最後にもう1度、ごめんと呟き立ち上がる。少しでも脈があるんじゃないかと思った僕への罰なのか、あまりの滑稽さに笑えてくる。完全に調子に乗った自分を見て、過去の僕はどう思うだろうか、嘲笑うだろうか、これが自分なのかとショックを受けるだろうか。ツンと鼻の奥が痛くなるのを感じた。
ぐんと裾を引っ張られ、わ、と哀れに声を漏らしながら軽く体制を崩す。そこで、縮まったおんりーとの距離に、1度心臓が跳ねる。2人しか居ないのに、まるで子供が秘密事を話すことかのように、僕にしか聞こえないような声量で、
「別に帰れなんて言ってないけど」
「….え。」
そう言うおんりーの目尻がほのかに色をつけていて、また抑えていた欲が、むくむくと大きくなるのがわかる。なんなんだ、本当に。脈ナシだと思わせて、今度は期待を抱かせる。報われないし、諦めきれない、相手の一挙一動に振り回されてしまう。ただそれが心地よい。
「泊まってく?」
「うん。」
ただ2文字、そう答えるのがやっとだった。胸の奥がじくじくと熱くなる、その気持ちは悟られたくなくて少し俯いた。きっと相手は良心で、友愛で泊めてくれている。そんな相手に自分はこうも酷い感情を向けているのか、恋なんて少女漫画のように綺麗なものだと思ってた、そんなキラキラしたものでは勿論なかった。少なくとも自分がそうだった。ちらりとおんりーの目を見やる。かすかに揺れるビー玉みたいな翠色の瞳がただ愛しくて、欲しくなる。いつもは苦手な無言で流れる時間が今は居心地が良かった。
「ご飯どうする?食べに行く?」
外食もいいけど手料理が食べてみたいなんて言ったら君は笑うだろうか。2人で行ったら話すしファンにバレちゃうかも、なんて吹けば飛ぶような言い訳を並べる。そんな僕に確かにそうだね、なんて幸せそうに笑うもんだから、可愛いなって思った。口には出せないけど。泊めてもらって、手料理も食べたいなんて我儘だけど今日だけだから許して欲しい。
「じゃぁ、ウーバー頼もうか。」
「えっ!?」
ポチポチとスマホを弄るおんりーを焦ってつい止めた、正確には止めようとした。近づこうとした直後、運悪くも足を絡めて前へ倒れた、転倒先は勿論おんりー。ガタンと何かが床に落ちるような音が部屋に響く。あまりにも格好悪い、こんな自分に嫌気がさす。謝ろうとガバッと顔を上げた所で心臓がぎゅんっと縮んだ。睫毛の本数が数えれるくらい、鼻があと少しで触れてしまいそうなくらいの距離にだった。急いで身を引くが、驚いたのかおんりーは固まったままだった。流石にやばい、そう思った時にはもう遅くて、どうする事も出来なくて、どんどんと上がっている己の体温だけを感じる。どうしようも無い心の中の何かが喉に突き上がってくる。だめだ、抑えろ。頭の中で警報が鳴りやまない。
「好き。」
何かを零すように漏れた、か細い声はおんりーの耳に届いたのか、ぶわぶわと顔が熱くなるのが分かる。そんな顔を見られたくなくて軽く俯いたが、隠したところで耳も首も、手さえも真っ赤。意味は無いとわかっていた。目の前の相手は、驚いているだろか、動揺してるだろうか、もしその顔に嫌悪が少しでも滲んでいたら自分はどうすればいいのだろうか。少し身構えながら、ちらりと彼の顔を盗みみる、目の前の彼の顔は予想のどれも違っていた。大きな瞳は水分をたっぷり含み、キラキラと潤んでいて、忙しなく揺れている。空いた口は小さくて、赤く染った頬は林檎のようで、今すぐに食べてしまいたいと思う程だった。こんなのまるで、恋をしている女の子のようだと、そう思った。どうしてそんな顔してるの。期待してもいいの。問い詰めたい気持ちを今はグッと堪えて、1度離した距離をもう一度ゆっくり縮める。真っ赤に染った頬にぴとりと手を重ねると、1度微かに肩を揺らた後、すんなり受け入れられた。ばくばくと煩くなる僕の心臓の音が聞こてるんじゃないかと思うくらいに、吐いた吐息がどちらの物か分からないくらいに近づく。
「おんりー。」
まるでチョコレートを溶かしたみたいな甘ったるい声に、自分もこんな声が出るのかなんて頭の隅で密かに驚きながら、次の言葉を話そうと口を開く。その言葉はなれない手つきで合わせられた唇に奪われた。
コメント
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( ゚∀゚):∵グハッ!!(尊死)
こういう話大好き! 続き楽しみにしてます!
すごい!天才か?