テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ベッドに頬づえをついて、寝ている春樹を眺めながら、これじゃあ前と変わらないじゃないと感じる。
だけど一ヶ月やそこらで、急に変わったりするわけもないのかな……。
横で寝息を立てる彼にため息がこぼれて、このままでは寝られそうにもないからと、ベッドを起き上がった。
「少し、お酒でも飲もうかな……」
そう呟いて冷蔵庫を覗いてみるけれど、もう缶ビールのストックは残っていなかった。
どうせ寝られないんだしと、気分転換がてらに、コンビニへ買い出しに行くことにする。
エレベーターを待って足を踏み入れる──と、鷹騰社長と先ほど連れ立っていた女性が中にいるのに出くわした。
気まずい思いを感じつつ、「さっきは、どうも……」と、軽く頭を下げる。
「こちらこそ……」
紅いルージュで色づいた唇を引き上げて、その女性が微笑む。さらりとしたストレートの黒髪の彼女に、春樹じゃないけど綺麗な人だなと感じた……。
「……もう、帰られるんですか?」
泊まってはいかないのかなと感じて、そう訊くと、
「ええ」と、頷いて、「あの人は、忙しいから……」と、彼女が口にした。
あの人という言葉に引っかかりを覚えて、(鷹騰社長のことを、”あの人”と呼べるなんてうらやましいな……)と、ちょっと思う。
「いいですね、あんな人が彼氏なんて……」
そんな風にも感じていたせいで、つい口を滑らせた私に、
「え? でも、あなたも彼といっしょだったでしょう?」
やや驚いた顔で、彼女に訊き返された。
「あ……はは、そうですよね……」
戸惑い気味に小さく笑いはしたものの、場を誤魔化し切れずに妙な間合いができてしまった。
少しの沈黙の後、「あの、たいしたことじゃないんだけど……」と、前置きがされて、
「……颯さんとは、親しいのかしら?」
彼女の方から、ふいにそう切り出された──。
「はやてさん……?」
他に誰もいないしたぶん鷹騰社長のことなんだろうなとも思いつつ、彼の下の名前なんてそう言えば知らないしと思った。
「そう、あの人のことよ……鷹騰 颯っていうの。知らなかったかしら?」
彼女が当然といった顔つきになる。
「鷹騰社長のことですか……」
ぼんやりと呟いて、だけど私には名前で呼ぶような機会もないんだし、フルネームまで詳しく覚えてるわけもないよねと感じる。
「……さっき、なんだか親しい雰囲気にも見えたから、よく知ってるのかとも思ったんだけど」
心の内を探るような視線が、ふと投げかけられて、
「……そんなに親しいってわけでも……ただの顔見知り程度です」
彼女から目を逸らして、ボソボソと答えた。
「そう……顔見知りなのね……」
彼女が口にするも、あまり納得はいってない風で、
「じゃあ、あんまり面識とかはなくて?」
さらにそう食い下がってきた。
「ええ……何度か顔を合わせたくらいですから……」
気まずさを拭えないまま応じる。
「そう、なのね……」
彼女が長い睫毛をしばたいて、また食い入るように私の顔を見つめた。
「……。……だけどさっき、あなたのことを、彼が名前で呼んでたでしょう?」
真っ直ぐに見据えられて、今度は目を外せないと感じる。
「……あれは、その……私が鷹騰社長のことを先に知っていたんで、『フェアじゃないから名前を教えろ』って言われたから伝えただけで……」
「……そう、」と、短く頷いて、「あの人らしいわね、そういう言い方って」と、彼女が口元に手を当ててクスリと笑った。
あの人らしい──彼女は、彼のことにどれくらい詳しいんだろうと思う。少なくとも私よりはずっとだろうなと一瞬考えて、そんなつまらない考えをすぐに頭から振り払った。
「……。……鷹騰社長は、また仕事を?」
話題を変えようと、彼女へ尋ねる。
「そうじゃないかしら……」
と、なんだか他人事みたいにも口にして、
「……仕事ばっかりよね、あの人って」
彼女は、うっすらと笑みを浮かべて見せた。
その微笑みの意味もあまりわからないまま、「ああ……そんな感じもありますよね……」と、何気なしに相づちを打った私に、
「仕事の方が、そんなに大切なのかしらね?」
薄く笑った顔を微かに歪めて、彼女がポツリと呟いた。
「あ、ごめんなさい……こんな話、あなたにするべきじゃなかったわよね……」
そう口にして、彼女がひと息を吐いたところへ、エレベーターがポーンと音を響かせて一階に着いた。
「じゃあ、また……」と、エレベーターを降りて行く背中に、「はい、また」と、応じた。
去って行くコツコツと高いヒールの音を聞きながら、
彼女は、関係に何か不満でもあるのかな……と、思った。
言い方にどこか含みがありそうで……でも、あれだけ忙しそうな人と付き合っていれば、不満が湧いてくるのも当たり前なような気もした……。
……そう言えば社長のことは顔見知り程度って言っちゃったけど、二人でバーに飲みに行ったこととかは、別に言わなくてもいいよね……。
ぐちゃぐちゃといろんなことを考えつつマンションの外に出ようとすると、
エントランスを彼女の付けていた香水が仄かに漂っていて、ふわりとフローラルベースのフレグランスが鼻をかすめた。
彼女にぴったりな香りにも思って、上品そうな女性だったなと改めて感じる……。鷹騰社長って、ああいう人がタイプなんだ……。
私とはまるで正反対で……。
でも、自分はどう転んだってあんな有名人の彼女にはなれるわけでもないんだから、好みかどうかなんて、正直どっちでもいいのかもと感じた……。
かんゆ
14
コメント
1件
え〜!今回もすごく良かったです😭💕 主人公が寝不足でコンビニ行こうとしたらまさかのエレベーターで社長の彼女と鉢合わせするとか…運命の悪戯すぎるでしょ!? 「顔見知り程度」って言いながらバー行ったこと隠すとこ、胸がぎゅっとなりました…。 「私とは正反対」って自己卑下しちゃう主人公に「そんなことないよ!」って全力で言いたい気持ち🥺✨ 社長の彼女の複雑そうな表情とか、仕事ばかりな人への不満含みとか、大人の恋愛のほろ苦さがじんわり伝わってきました…次が気になりすぎる〜!🌸