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何が好き?
そう聞かれたら、誰でも何か1つは答えられるだろう。
人によってはゲームが好きだと、趣味を言うかもしれない。
またある人は、ドーナツ、などの食べ物を答えるかもしれない。
ただ趣味嗜好を聞くだけにしか過ぎないと思う質問。
だが、これだけで人生とは簡単に変わってしまうものである。
……何故かって?
人とは他者に『普通』を求めてしまうからだ。
◇◇◇
「よしっ!」
洗面所の鏡の前で身だしなみを整え、もう一度確認して弾んだ声をあげた。
しっかりとケアをしている青いグラデーションのかかった髪の毛は、後ろで高く結ばれたポニーテールの形になっている。
片方に下ろしたちょっと長い横髪には、元からのアホ毛が少しうねりながら跳ねており、それがどこか可笑しくて、クスリと笑った。
当然、鏡には自身とそっくりそのままの動作が写るのみだった。
ん?お前は誰なんだって?
うんうん、分からない人もいるだろうから自己紹介をしましょう!
月宮怜(つきみやれい)だよ!
まぁ自己紹介って言っても、名前しか紹介しないからね。
洗面所から出て、リビングへと向かう。
キッチン近くに置かれている台所には、寝ぼけ眼で朝食のトーストを齧っている片割れの姿があった。
怜と同じ位置にあるアホ毛の他に、頭の上や後ろ髪など、様々な場所にバラけて寝癖がついている。
どう見ても寝起きだと分かるラフな格好のTシャツには、よく分からないキャラクターがプリントされていた。
正直に言うとそのキャラクターはキモイの部類に入ると思うよ。
思っても絶対口に出してやらないけど。
そんなこと知ってか知らずか、本人は自慢げに怜に見せつけるんだよね。
多分前者しかない。
つくづく、その残念なファッションセンスに呆れることも日常茶飯事である。
ダサいTシャツを着ているのは、怜の片割れである月宮萩(つきみやはぎ)だ。
「もぉ〜、また寝坊?」
こうやって遅く起きてくる萩を叱ることもよくあることだ。
大方、いつものように夜更かししていたのだろう。
トーストを齧っている頭は眠気に抗えずにこくりこくりと船を漕ぎ始めていた。
「夜更かしは良くないよ?」
ちょっとため息混じりで言ってやった。
叱るこっちの身にでもなってよね。
「……あ”ぁ?」
座っているから幾分か低い位置で怜を見上げて返事をした。
がなり声付きで。
目つきの悪い怜とそっくりなヴァイオレットの瞳はちょっと寝ぼけてるけど、怜を射抜くように睨みつけてきた。
ピシッ
悪魔のような眼光に石のようにその場で固まる。
ヤバいや、これ。
やっぱその眼光だけで虫くらいなら殺せちゃいそうだよ。もはやナイフだよね、うん。
…って違う違う違う!!これはダメだ!
こんな生半可な返事しか来ない時はロクな事がないよ!!
食卓から離れて、近くにかけてある通学用のバッグを焦りから少し乱暴に取り、水筒を素早く入れて玄関へと向かう。
「じゃ、じゃあ、怜は先に学校行ってくるからね!!萩!遅刻しちゃダメだよ!」
「いってきまーすっ!」
ローファーに足を突っ込み、ドアノブに手をかけて怜は逃げるように家を飛び出した。
当然、返事は返ってこなかった。
◇◇◇
「ふぅ〜…」
通学路に入ってくると、ようやく安堵して気の抜けた吐息が漏れる。
周りには何人か同じ制服を来た学生達が、親と共に怜と全く同じ方向へと向かっていた。
校章の付いている男女共通のベストのボタンが日差しを受けて、キラキラと輝いている。
今日は高校の入学式。
人生でいったら一大イベントになるんだろうけど……残念ながら、怜にとってはそこまで重要な訳ではない。
というか、今は萩が遅刻しないかが心配だ。
中学校時代も遅刻常習犯。
あの寝ぼけた顔が逆に自信を表してるのではないかと思ってしまうほど、萩は色々とルーズだし。
一応きょうだいではある訳だからね…。
いや、そもそも入学初日から遅刻っていいの???
ふと、心地の良い風来て、髪の毛がフワフワと靡く。
それと同時に、花弁がハラハラと落ちてきていた。
上を見上げると、やわらかいピンク色の桜が咲いている。
「…………っ」
『________________?___!』
ポツンと1人座っていた怜の目の前に、ヘラヘラとした顔の男子生徒が脳裏に浮かぶ。
俯いた怜などお構い無しに、容赦なく浴びせられる言葉。
教室は驚くほど静まり返っていて、その男子生徒の声だけがキンキンと響いていた。
そんな、怜にとって最低最悪の日の窓には、場違いに明るい桜が散っていたのだ。
…あの日の入学式も、こんな感じだったな。
あ〜あ、嫌なこと思い出しちゃった!
まぁこんな高校に期待なんてして無いけど、一応は3年間過ごすからね!
怜はあの日の自分へ皮肉をたっぷりと込めて、地面に落ちた桜の花弁を踏み潰した。
◇◇◇
ようやく高校の校門前に着く。
『入学式』と豪快に書かれた看板の前で、親子が写真を撮っている。
看板前は既に行列が出来ていた。
おぉ〜、流石はマンモス校。
人が多いね。
私立風乃華学園(しりつかぜのばながくえん)。
今日から怜が通う中高一貫校の名前だ。
なんかスカした名前だよね。厨二病が付けてそうというかさ。
ちなみに、怜は高校から入るんだ!
普通は内部進学が殆どなんだけど、ここは中々偏差値が高い。
裕福な家庭とかだと、親が中学校で入学できなかった子供を次こそはと入れたいという訳だ。
怜は自主的に入ったんだけど。
いやはや、子供の肩書きに拘る親は怖いっすなぁ〜。
まぁ、今は入学式!
とりあえずは昇降口へ向かうとしますか!
怜はまだ固いローファーを履いた足を、校門へと踏み入れた。
◇◇◇
「あ”ぁ?なんだこのちびっこいの」
「オレ達にぶつかってきやがってよぉ?」
「舐めてんじゃねぇぞゴラァ!!!」
「いや、あ、あのごめんなさ…」
…………な、なんでこうなっちゃったのさー!!!
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