……その夜のこと、午後十時を回り、そろそろお風呂にでも入ろうかなと思っていると、テーブルの上のスマホが振動して着信を知らせた。
誰だろうと画面を覗くと、そこには『久我 貴仁』と表示されていた。
「貴仁さん……!」
待ち望んでいた電話に、嬉しさのあまり震える指先で、応答ボタンをスライドさせる。
「遅い時間にすまないな。まだ起きていただろうか?」
「はい、起きてました!」
はやる気持ちで答えて、お風呂に入っちゃう前でよかったと、こっそりと思う。
「実は、今夜の月がとても綺麗なんで、君と見たかったんだ」
そんな甘いセリフを低めなトーンで囁かれたら、まだお風呂には入っていないのに身体の芯から火照ってきそうになる。
「そこから、月が見えるか?」
ベランダのサッシ窓に目をやると、冴え冴えとして丸い満月が映った。
「ええ、とても綺麗で」
「この月を、せめて君と見たくて。あまり会えなくて、悪いな」
「いいえ」と、画面越しに首を振る。
「そんなに謝らないでください。貴仁さんの大変さはわかっていますから」
「君は、優しいんだな……」
電話の向こうで、微かに照れる彼の顔が浮かぶ。
「もしかしてまだお仕事中なんですか?」
「ああ」と、返事が戻る。
「ふとガラス窓の外を見たら、月がよく見えて君と共有したくなってな」
「嬉しいです……。ですが、あんまり頑張りすぎないでくださいね」
「ありがとう、そろそろ帰ろうかと思う」
応えた彼が、ふと「それと──」と付け加えて、何だろうとドキドキとしながらその先を待った。
「次の休日には、会えるから。また、普通のデートをしよう」
「はいっ!」と、喜んで返事をする。もし私が犬なら、嬉しすぎて、きっとしっぽがぶんぶんと振り切れていたかもしれないと感じる。
「……ワンコじゃなくてよかった」
「ワンコ?」
「な、なんでもないです!」
無意識の呟きを慌てて否定をしつつも、彼が電話の向こうで『ワンコ?』と首を傾げているところを想像したら、それだけで愛おしくも思えてしまった。
私ってば、大概に貴仁さんのことが好きすぎるかも……。
スマホ片手に、ひとり苦笑いを浮かべてから、
「それじゃあ、早めに帰られてくださいね。また休日に会えるのを、楽しみにしています。おやすみなさい」
気を取り直して、疲れているだろう彼とのおしゃべりをあまり長引かせてもと、そう伝えた。
「ああ、私も楽しみにしている。おやすみ」
電話を切ると、少しの時間でも彼と話せたことで、寂しく感じていた気持ちが、ほっこりと癒やされて、今日はとってもよく眠れそうに感じられた。
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