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今日も仕事が始まる。
「神様」はこの世界で人間について学べ、と言っていた。
この仕事にも意味があるのだろうか。
だいぶ久しぶりな気がするが、また作業用の段ボールが配られる。
箱を開けるとドローンが入っていた。
今までに作業で配られたのは、拳銃、防毒マスク。
そして、ドローン。
ここは軍事工場なのだろうか。
ドローンなら使い道はたくさんあるので、軍事だけには結びつけられない。
ふと、中島さんのことを思い出す。
少なくともあの時代にドローンがあれば。今の近代的な戦争なら特攻隊のような悲惨な攻撃を強いられることは無い。
遠隔操作でミサイルを落とすことが出来る。
それでも人は死ぬ。
人が死なない戦争など無いのだ。
ごめんね、中島さん。
あなたは平和な世界の礎となると言ったのに、世界では科学が発展すればするほど人間は新しい形の人殺しの道具を生み出している。
夕方になり、ドローンの検品が終わる。
時計を見ると16時だった。
仕事が終わると自由時間らしいが、この世界では眠くなることもない。おなかが空くこともない。
ただただ暇を持て余す人が大半だが、皆何も話さずぼんやりしている。
今はまだ元の世界に帰るために私は思案を巡らせることが出来るが、このまま時が過ぎ諦めてしまったら彼らのように思考を止めてしまうのだろうか。
数日でもこの世界に少し慣れ始めてしまった私は、人間の適応力と心が麻痺することに臆していた。
ふと気付くと私の横に大きな黒い影が見えた。
黒服のあの女、「サタン」
女が言う。
「お前にはまだ仕事がある」
まともにこの女と話すのは初めてだった。
と言っても業務命令だが。
「付いてこい」
と言われ、私はサタンに導かれるように体が勝手に動いていた。
何故、私だけ呼ばれたのだろう。
「神様」とやらがサタンに話をつけておく、と言っていたがこの事だろうか。
私はサタンに別室に連れて行かれた。
室内を見渡すと中年の女性と女の子、まだ子供だ。
2人がベッドに寝ていた。
また嫌な予感しかしない。
近くに行き、2人の様子を見る。
中年の女性の腹部に包丁が刺さっている。
私の娘の春奈と同じくらいの年だろうか。女の子の顔は赤く腫れあがり、あざだらけだった。
「この二人は親子だ。二人共いま生死の境をさまよっている」
サタンが言った。
「何があったんですか?」
母親に包丁が刺さっているということは少なくとも事故ではない。
それに女の子の顔のあざ、ひどく殴られたようなあとだ。
「お前が娘から話を聞け」
とサタンが言うと、女の子が目を開けた。
「大丈夫?」
つい自分の娘のように思えて私は話しかける。
「ここは?病院…?お母さんは?」
「お名前を教えてくれる?」
「あやか…立花あやか」
「あやかちゃん、その顔の怪我はどうしたの?」
あやかちゃんは黙ってしまった。
「誰かに殴られたの?痛くない?」
「不思議…さっきまで凄く痛かったのに。今は痛みがない。」
「私がお前と話せるように痛みを消している」
サタンが言った。
さすがは悪魔、そんな力があるのか。
そんな力があるなら、この間運ばれてきた兵士達の痛みも消してあげれば良かったのに。
「今回だけ特別だ。お前の試験だから」
え、私いま口に出していなかったよね…。
心の中を読まれているのか?
「悪魔だからな」
やはり、私の心で思うことが全てバレているようだ。
しかも、「お前の試験」と言った。
どういうことだろう。
「娘と話を続けろ。」
サタンが急かす。
「あやかちゃん、おばちゃんに教えてくれる?その怪我は誰にやられたの?」
「おばちゃんは看護師さん?」
「まぁ、そんなようなものだと思って話して欲しい…」
あやかちゃんは、包丁で刺されている母親をちらっと見る。小さな子供にはショックだろう。
「お母さんにやられたの…」
「えっ…」
虐待というやつか。
それにしてもむごい、自分の娘に何があったらこんな顔が腫れ上がるまで危害を加えることなど出来るのか。
「私、お母さんに毎日のように暴力を受けていた。私の頭が悪いからお母さんは私が嫌いなの」
教育熱心な母親だったのだろうか。
それにしてもやりすぎだ。
「あやかちゃんのお母さんは、テストの点が悪かったりすると殴ったりしてきたの?」
「お母さんが小学校なんて行く必要ないって…家で中学受験の勉強をずっとしてたの。お母さんが教えてくれてたけど、問題が解けないと殴られた」
「塾にも行かずに?」
「お母さんは良い大学を出ていて頭が良いから」
だいぶ異常な家庭だ。
学校にも行かせず、母親と2人きりで勉強。出来なければ殴られる。
家庭と言うには恐ろしく冷たい空間。
「あやかちゃんは何歳?」
「11歳。本当は5年生だけど学校に行ってないから」
5年生にしては随分大人びている。
話し方もしっかりしていた。
「あの日、勇気を出してお母さんに言ったの。中学受験なんてしたくないって」
「うん…」
怖かっただろう。そんなことを言ったら殴られるのが分かっているのに…。
「そしたら、お母さんはじゃあ一緒に死のうって」
「包丁を持ち出したの」
心中。
テレビのニュースでしか知らなかった世界が今まさに目の前にあった。