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教育虐待という言葉が頭を巡った。
あやかちゃんは話を続けた。
「お母さんが私に馬乗りになって殴ってきて、私が動けなくなったら包丁を持ってきたの。怖くて…必死に抵抗した…」
あやかちゃんは少し涙ぐみ体が震えだした。
「お母さんから包丁を奪おうとして…起き上がろうとしたらお母さんのお腹に包丁が…」
私は、あやかちゃんの震える手を握った。
「あやかちゃんは何も悪くないわ…」
そう。正当防衛。
「母親とこの娘、どちらか助けてやれるとしたらお前はどっちを選ぶ?」
突如サタンがとんでもない質問を私にしてきた。
「私が選ぶの?」
「選ばなければどちらも助けない」
助けない。
二人の命はサタンに握られている。
そして、選択権は私。
そんなだいそれた権利は要らない。
しかし、選ばなければあやかちゃんも助からない。
「あやかちゃんは、お母さん以外に頼れる人はいる?」
私は覚悟を決めた。
「お父さんが、単身赴任だけど地方にいる」
「お父さんと暮らせる?」
「本当は三人で暮らしたかったのに、お母さんが中学受験があるからってお父さんを一人で行かせたの」
それなら、この母親はいない方があやかちゃんのためではないか。
「おばちゃん、お母さんを助けて」
「えっ」
こんなにひどい目に遭わされてもやはり母親を嫌いにはなれないのだろうか。
「でもあやかちゃん、もし元の生活に戻ってもまたお母さんにひどい事されるわよ?」
「私はお母さんときちんと話し合いたい」
あやかちゃんは11歳と思えぬほど強かった。
「二人とも助けることは出来ないの?」
私はサタンに恐る恐る聞いた。
「お前は本当にそれを望むのか?」
本当はこの母親と一瞬でもあやかちゃんを一緒にいさせることは危険だと思っている。
しかし、元の世界に戻り引き離してお父さんと暮らせるのであれば安心ではないか。
「私、このままお母さんが死んだら後悔する。きちんと話し合わなかったこと」
あやかちゃんが言った。
「二人とも助けるとなると、お前の労働時間が延びるぞ」
サタンが私を指さした。
「労働時間てどういうこと?」
「この世界で働くことだ」
「現実の世界にいつ戻れるの?」
「それはお前次第」
「この世界は何?生と死の境目の世界?じゃあ私も現実では生死をさまよっているの?」
「それはいずれわかるか、わからぬままだ」
相変わらずこの世界のことは曖昧なままだ。
しかし、現実に帰れるチャンスはあるということ。
「早く選べ。どちらの命を助ける?」
「二人とも…」
私は、あやかちゃんの気持ちを尊重した。
と言えば聞こえは良いが人の命を委ねられるのが怖かった。
だがこの子なら大丈夫、きっと困難に立ち向かえる。
私が娘に会える日は少しのびてしまうけど。
「後悔しないか?」
サタンが私に確かめる。
「しないわ」
「ありがとう、おばさん」
あやかちゃんは涙を流しながら少し微笑んだ。
「あやかちゃん、元の世界に戻ったらすぐに誰かに助けを求めてね。お願い」
「わかった。おばちゃん、ここは三途の川の手前?おばちゃんはずっとここにいるの?」
「いつか戻れると信じているわ」
「そうしたら、また会えるね」
可愛らしい。娘の春奈を思い出して私ももらい泣きしてしまった。
次の瞬間、目も開けられないほどの激しい光が部屋中を照らした。
次の瞬間、あやかちゃんと母親は消えていた。
私も気付くと、またいつものオフィスに戻っていた。
サタンの姿もなかった。
あやかちゃん、無事に戻れたであろうか。
これからは幸せに暮らせるよう私は祈るしかなかった。
また夜が来て私は喫煙室で渡邉さんと話していた。
もはや渡邉さんが殺人犯であろうと、この世界で話が出来る相手がいる事に安心できた。
その時、スマホの通知音が鳴った。
あの真っ赤な文字で知らされる現実世界でのニュース。
今度は何があったのだろうと、スマホ画面を観ると私は事態を飲み込むまでに時間を要した。
「小5女児が母親を刺殺」
見出しにはそう書かれていた。
小5女児…これってあやかちゃんのこと?
しかし、二人はサタンの手によって生かされたはずだ。
きっと別の事件だ。
しかし嫌な想像が頭を埋め尽くし、何故だが胸の奥から恐怖がせり上がってくる。
詳しく読むと
「父親は数年前に失踪しており、母親と2人暮らし」
「少女の部屋からはナイフや自作のボウガンなどが見つかる」
「また女児の近辺では猫や小動物が殺される事件が増えていたが、部屋から猫の遺体なども見つかった」
よく聞く人間を殺す前の動物への虐待。
猟奇的な殺人だとか、いろいろな言葉が頭を巡らすが話がまとまらない。
そうだ!あやかちゃんはお父さんは単身赴任で地方にいると言った。
ニュースでは父親は失踪していると書かれている。
やはりこれは、あやかちゃんの家庭のことではない。
と安堵するようなことではないが、少し恐怖がぬぐえた所で嫌な文字が飛び込んできた。
「殺された立花英恵さんは」
被害者の母親の名字が立花。
あの娘は「立花あやか」と名乗っていた。
やっぱり、あの母子のこと。
それならば、あの母親はあやかちゃんの手によって殺されたことになる。
どうしてどうして。
先ほどのあやかちゃんの涙や子供らしい純粋さと、現実に起きている子供がやったとは思えない恐ろしい事件。
いったいどっちが真実なんだ。