テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……じゃあ、改めまして月禎さん。このお団子、値引きシール付けてもらっていいですか?」
「これ?」
呼び名を変えたからだろうか? 籠の中の商品を手に取った月禎の口元が、わずかに上がっているのが分かった。
「はぁー」
わざと溜め息を落とせば、
「何?」
月禎が瑠菜に視線を投げかけてくる。
「今、笑顔になってましたよね?」
「そう?」
「絶対笑ってました」
瑠菜の方が先輩のはずなのに、なんだか月禎に振り回されている気がして腹立たしい。
瑠菜がぷぅっと唇を突き出したら、月禎がクスッと笑って、
「それより、これに値引きシール付けるんだろ?」
話を変えてきた。
むっとしながらも、瑠菜は商品を指差す。
「三十円安くします」
「三十円?」
「消費期限、今日の夜八時までですよね? もう夕方四時過ぎてるんで、三十円引きの対象時間に入ってます」
「……よく覚えてるな」
「当たり前です、先輩なんですから!」
月禎が値札を見る。
そして何気ない感じで「三十円引きか。……それだけで売れ行きが変わるものなのか?」と聞いてくる。
「一二〇円の商品から三十円〝も〟下げるんです! 大きいですよ!?」
「割引率が二十五%なのは分かるけど」
「じゃあ、十分大きいじゃないですか!」
「いや、俺が聞きたいのは、三十円の値引きが実際にどれだけ購買意欲に影響するかってこと」
同じ言葉なのに、どうしてこうも意味が違って聞こえるのだろう。
瑠菜は思わず眉を寄せた。
「四回買ったら一二〇円です! 同じお団子がまたひとつ買えちゃうじゃないですか」
「四回買えば、だろ?」
「買うかもしれないじゃないですか」
「まあ……そうだけど」
納得しているのか、していないのか。
月禎は何とも言えない顔で手元の商品を見つめている。
その顔を見て、瑠菜は
(やっぱりこの人、お金持ちなんだろうなぁ)
と思った。
だって三十円〝くらい〟なんて、瑠菜にはとても言えない。
三十円あれば何が買えるか。
三十円安くなれば、ひと月でいくら違うか。
そういうことを考えるのは、瑠菜にとってあまりにも当たり前のことだったから。
「そういえば、初めて会った時も値引きパンにかぶりついてたよな」
月禎が値引きシールを貼りながら、ふと思い出したように言った。
「……え?」
一瞬、何のことか分からなかった。
けれど、すぐに公園での出来事を思い出して、瑠菜は顔をしかめる。
「あれは! たまたま三割引のパンがあったからです!」
「うん。美味そうに食ってた」
「忘れてくださいよ、そういうのは!」
「いや、あれだけ豪快にかぶりついてたら、嫌でも印象に残るだろ。俺、思わず見惚れたわ」
「うぅ……」
思い出すだけで恥ずかしい。
まさか、あんなところを見られた相手と、こうして一緒に働くことになるなんて。
「でも、割引って結構大きいんですよ? 何十円も安くなるんですから」
「……本当、そう言うとこ、徹底してるな」
「当たり前です!」
月禎が楽しそうに笑う。
「瑠菜って、本当に値引き品が好きなんだな」
「好きですよ。お得じゃないですか。それに、売れ残って捨てられちゃうくらいなら、誰かに買ってもらえたほうがいいでしょう?」
「まあ、それはそうだな」
月禎は頷くと、手元の団子に視線を落とした。
「でも、瑠菜はいつも値段を気にしてるよな」
「そりゃ気にしますよ。数十円だって積もり積もれば大きいですから」
「欲しいものがあっても?」
「高かったら我慢します」
「即答かよ」
呆れたように笑われて、瑠菜は唇を尖らせた。
「けど……別に何でもかんでもケチってるわけじゃないですよ?」
「へえ?」
「必要なものにはちゃんとお金を使いますし、人への贈り物は、安ければいいってわけじゃないですから」
「例えば?」
「そうですねぇ……。この前、おばあちゃんに膝掛けをプレゼントしたんですけど」
瑠菜はその時のことを思い出して、自然と頬を緩めた。
「おばあちゃん、最近足元が冷えるって言ってたから。安いのもあったんですけど、どうせなら肌触りがよくて、あったかいやつがいいなって思って」
「それで?」
「ちょっと奮発しちゃいました。そしたら、すっごく喜んでくれて! 毎日使ってくれてるんですよ」
「そっか。よかったな」
「はい!」
月禎が優しく笑ってくれたのが嬉しくて、瑠菜もつられて笑った。
「……で?」
「え?」
「瑠菜自身には? 何か奮発して買ったりしないのか?」
「うち自身に、ですか?」
思いがけない質問に、瑠菜は目を瞬いた。
「うーん……特には?」
「ないのか?」
「だって、今のところ必要なものは揃ってますし」
「必要かどうかじゃなくて、欲しいものはないのかって聞いてるんだけど」
「欲しいもの……」
改めて聞かれて、瑠菜は考え込んだ。
新しい服?
今あるもので十分だ。
バッグだって、まだ使えるものがある。
靴も、穴が開いているわけじゃないし。
そうやってひとつひとつ考えてみたけれど、どうしても今すぐ買いたいと思えるものは浮かばなかった。
「……やっぱり、ないですね」
「本当に?」
「はい。別に困ってませんし」
「だから、困ってるかどうかじゃなくて――」
そこまで言いかけて、月禎が口を噤んだ。
「……いや、何でもない」
何だろう。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
瑠菜が首を傾げると、月禎は最後の団子に値引きシールを貼り、籠をこちらへ差し出した。
「はい、終わった」
「あ、ありがとうございます」
受け取った籠を持って、瑠菜はカウンター前へ置く。
別に、欲しいものを我慢しているつもりなんてない。
ただ、今あるもので困っていないのに、新しいものを買う必要がないと思っているだけだ。
(だって、もったいないもん)
そう思うことの何が不思議なのか、瑠菜にはよく分からなかった。
コメント
2件
つきさださん、るなちゃんになんか買ってあげたかったりしたのかな?
値引きシールの話から「欲しいものない」って言う瑠菜ちゃん、じわじわ来た…!月禎さんが「思わず見惚れたわ」ってパンかぶりつきシーンを笑いながら思い出してるところ、エモすぎる😭💕 瑠菜ちゃんがおばあちゃんに膝掛け奮発した話も、あったかくなったよね。でも「自分には欲しいものない」って、なんか胸がチクッとする…月禎さんが言いかけてやめた「何でもない」が気になる〜!次が待ち遠しいよ🌸
水羽凛
1,025
#切ない