※あらすじを読んでいただけると嬉しいです。
この物語は過去作品「また会えたなら」を基 に作った物語ですので、重複する部分が多いです。番外編(ifストーリー)はそちらにありますが、名前が決まっていない上にがちがちのBLです。
【登場人物・注意】
魏皇帝 趙子睿
腹心(右腕 )薛泰然
皇子…皇帝と妃の息子
公主…皇帝と妃の娘
知己…友達以上恋人未満の関係。大大大親友みたいな。
甘く、懐かしい香りがする。
焚かれた香は、
まるで己を包み込むかのように
終焉へと導いていく──
ぼんやりとする意識の中、脳裏に浮かんだのは一人の知己、薛泰然。
私に笑顔を向けてくれていた幼い頃、
右腕として、知己として支えてくれた繁栄期、
そして、彼の苦しみと絶望に満ちた表情。
私は世の太平の為に数々の汚れ仕事を彼に任せてきた。
彼もまた、私を理解してくれていると思っていた。
だが彼は自害した。
まるで自らを罰するかのように。
世の太平の為と口にしながら、己が心の内に秘めていたものはただの支配欲や野望だったのではないか。
そして、それに彼は気づいていたのではないだろうか。
「余の孤独を埋め尽くしてくれたのはそなただけだった」
窗に目をやると、柔らかい日差しがいつもに増して輝いていた。
魏の都はがやがやとお祭り騒ぎ状態となっており、はずれから境内まで屋台がひしめきあっている。
そんな都もしんと息を静めるように静寂に包まれるときがあった。
魏の皇帝は従属国の皇子を迎え入れ、皇帝の弟と同じ待遇をすると言うのだ。
まるで敷かれたレールのように空いた道を一台の馬車ががたがたと音を立てながら通り抜けると、都の民は一列にひれ伏して見送る。
「こちらを見てみなさい」
「母上、ここが魏ですか?」
馬車に乗っているのは従属国の第六皇子薛泰然と、母である周賢妃。
「皆が貴方に頭を下げて歓迎しているわ。魏の陛下も17歳で貴方と同じくらいの歳なのよ。私は見送ることしかできないけれど、仲良くやりなさい。」
「知っていますよ。趙兄でしょう?幼い頃によく私の国に遊びに来ていたのを覚えています。」
「そうね。けれど、彼のことはここでは陛下と呼びなさい」
「分かりました。」
歓迎されながら城門をくぐり宮廷内へと入っていくと、宮殿はきらびやかで、それはまるで魏の繁栄を示しているようだった。
昔訪れたときよりも更に変わっている内装に少しばかり見惚れながら歩いていくと、皇帝のいる宮殿へと辿り着く。
どっしりと佇んでいる宮殿の長い階段を登っていくと、玉座には自分の記憶の中にいる”趙兄”より少し成長した姿の陛下が掛けていた。
「陛下、拝謁いたします。」
膝を付き拱手をする(古代中国のお辞儀)と、唖然とした顔をする陛下、もとい趙子睿は顔を背けた後にやめてくれ、と話した。
「堅苦しいのはよせ。泰然、会うのは久しいな。」
「感謝致します。そうですね、4年振りでしょうか。」
「もうそんなに経つのか。また昔のように趙兄と呼んでくれて構わない。」
「陛下、それはできません。」
二人は幼い頃によく遊んでいた仲とはいえ、従属国の皇子と宗主国である魏の皇帝とでは身分に格差がある。
薛泰然が皇帝の名前を呼ぶことは失礼にあたるため、躊躇うのも当然であった。
「それでは、余の囲碁に付き合ってくれないか。その間だけで良いから昔のように接してくれ。これは勅令としよう。」
「分かりました、趙兄。」
二人で凧を上げたこと、二人でイタズラをしかけて一緒に怒られたこと、趙子睿がいじめられていたときに薛泰然が助けたこと、
何より、二人で乱世を乗り切り太平の世を築こうと約束したこと。
さまざまな思い出が二人の中には残っていた。
囲碁を打ちながら幼少期の出来事を語っていると、あっという間に一刻が経っていた。
「泰然よ、昔のようにとは行かなかったがそなたとの時間はなかなかに楽しかった」
普段は政務でほとんど休みを取ることができない趙子睿にとっても貴重な憩いとなり、
また幼い頃から後継者争いに巻き込まれ常に気を張っていた薛泰然に取っても癒やしの時間となった。
「陛下と思い出話をすることができて、この上ない幸せです」
「泰然は昔から礼儀を重んじるやつであったな。そなたの宮殿を整えさせた。自由に使うがよい。」
「感謝いたします。それでは、失礼いたします。」
そして趙子睿、もとい陛下に右腕として信頼され、部下から尊敬の眼差しを受けることだけでなく、民からも高い名声を得ることはそう遅くはなかった。
夕闇が迫り、空が漆黒に包まれた頃、従属国の公主の自室、麗庵殿で薛泰然と公主が対峙していた。
「い、嫌だ…!私にはまだしたいことが山程あるというのに!」
薛泰然は、従属国の公主を暗殺しろ、という命により公主の自室へと赴いていた。
「宗主権を持つ皇帝からの指示には逆らえない。それは貴方も分かっているはすだ。」
「私は仮にも貴方の妹よ。それに、殺せば貴方はこの国の裏切り者となる。あの陛下の犬になるつもり?」
公主を殺めてしまえば、反旗を翻していた者らの反乱は更に凶暴なものとなってしまうだろう。
そして、この暗殺が露見してしまえば皇帝の娘を暗殺した薛泰然は母親に会うことはおろか、二度と自身の生まれ育った国に帰ることすらできなくなってしまう。
「死因なんぞ幾らでも偽ることができる。最後に、公主として尊厳のある死を与えよう。私が後ろを向いている間にこの短剣を使って自害するが良い。」
しかし、皇帝の命には逆らえない。逆らってしまえば反逆罪となり、己が斬首刑となってしまうからだ。
「…私を待ち受けているのは死しかないのね。いいわ。死んでやる!!」
そして薛泰然が振り返った先には横たえた公主の姿があった。
「任務完了。よって退散とする。」
「御意」
己が生きるために、皇帝の信頼を損なわないために、また尊い命を奪ってしまった。
このどこにもやり場のない感情を必至にごまかし、その場を去っていった。
薛泰然は報告のため、皇帝の元へ赴いた。
「任務完了致しました。」
「我が知己よ、良くやった。」
しかし、瞼を閉じても浮かんでくるのは横たえた公主の姿。
それは後悔からなのか、動揺からなのか、普段ならば口にしない言葉を続けてしまった。
「公主に罪はありません。なぜ私に暗殺命令を下したのでしょうか」
「知己とはいえ、お主がそれを知る必要は無い。なぜそのようなことを余に聞くのか?」
皇帝はこれ以上詮索するな、と釘を指すと、薛泰然はハッとしたかのように言葉を紡ぐ。
「いえ、申し訳ありません。」
「後で褒美を遣わせよう。自分の持ち場につくがよい。」
「ご厚意に感謝します。それでは失礼致します。」
こうした後悔をこれからも積み重ねていかねばならないのか、
皇帝に逆らうことすらできない自分に苛立ちながらも、それを決して表に出すことなく身を翻した。
幼い頃に世のため民のために命を捧げようと陛下と天に誓った。
二人ならば、それを成し遂げられる。それをずっと信じてきた。
その為に暗殺、密偵など数々の汚れ仕事を引き受けてきたはずだった。
しかし今や、罪なき人にまで手を下してしまっている。これが本当に太平の世のために行われていることなのだろうか。
無論、違う。私はきっと皇帝の駒と化してしまっているだろう。
己の罪を償うには犯してきた罪が多すぎる。
償うために自害をすることも、逃げになるのかもしれない。
ただ、もう、背負わされているものから逃れたいのだ。
「今まで皇帝の知己として、腹心として支えてきたが、私はもう耐えられない。貴方は此の選択を許してくれるだろうか。」
こんな重責を担わず、穏やかで、何のしがらみのない場所で出会うことができたらどんなに良かったか。
しかし、もうその願いも叶わないだろう。
「我が知己よ。后会无期。」
崖に足を踏み入れ、最期に見た景色はどこか澄んでいる気がした。
︎︎
︎︎
終
コメント
6件
最高……!!! やっぱり知己とはいえ、皇帝の命令で何の罪もない人を殺 め ることを苦痛に感じた挙句、自分が壊れてしまったって展開が何度読んでも辛い……😭😭
久しぶりにテラー開いた() やっぱりお前才能あるよ🤯