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ゆぐどらしるの話です。
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9月6日。
今日は俺、ローレンの誕生日だった。
ゆぐどらしるのみんなが集まってくれて、俺のためにパーティーを開いてくれた。
「ローレンさん誕生日おめでとうー!」
「これ、プレゼントっす!」
「いつも笑わせてもらってるからな!」
次から次へとみんなからプレゼントを渡されて、気づけば両腕に抱えきれないくらいの荷物になってた。
「うわ、すげえ……!」
嬉しい気持ちが溢れて、自然と笑みがこぼれる。
「ほんと、ありがたいっす……!」
何度も頭を下げながら、胸があったかくなった。
こんなに祝ってもらえるなんて、思ってもなかったから。
俺なんかが、こんなに大事にしてもらっていいのかなって、ちょっと思ったくらいだ。
でも、そのぶん、ちゃんと返していきたい。
「……誕生日にこんなにもらったからには、皆にも誕生日に返さなきゃな」
ふと、そんなことを思った。
もらいっぱなしってわけにはいかない。
そのとき、ふと気づいた。
(そういや、ぐちさんの誕生日って、いつなんだ?)
毎日顔を合わせてるのに、意外と知らない。
それに、ぐちさんのことだ、きっと人知れず誕生日を流してしまうようなタイプだろう。
……それって、なんか寂しいよな。
知りたい。ちゃんと、祝いたい。
そう思った俺は、ぐちさんを探して声をかけた。
「ぐちさーん」
「んー?どーしたー?って」
「めっちゃプレゼント抱えてんじゃんw」
「ありがとうございます本当に」
「ありがたい限りですわ」
「流石ローレンさんだな、人望が垣間見える」
「そんなことないっすよ!」
「優しいゆぐどらしるの皆のおかげっすよ」
「えー、でもそんだけプレゼント貰ってたら俺のがしょぼく見えちゃうかもな…」
「え!?まじでそんなことないっすよ!」
「このネックレスちょー気に入ったっすよ!!」
「ふふっ、それなら良かった」
「ところでなんですけど、ぐちさんって誕生日いつなんすか?」
そう尋ねると、今までの楽しそうだった表情とは一変して少し暗い表情になった。
「いや、俺の誕生日なんていいんすよ!」
「今日はロレさんの誕生日なんすから楽しんでくださいよ!!」
そう元気に答えているようだが、明らかに表情は曇っている。
これは何かあるんだな、と察しつつもこんな良いプレゼントを貰っておきながら返さないのも俺のプライドが許さないから続けて尋ねる。
「えー?でも俺ぐちさんの誕生日知りたいんすよ!」
「教えてくれなきゃ、今日1日ずっとモヤモヤしながら誕生日過ごすかもっすよ?」
優しいぐちさんなら、ここまで言えばすぐに教えてくれるだろうと思っていたが、表情は曇っていく一方で、何故か気まずそうに視線も下げてしまった。
ぐちさんが気まずそうにしている理由。そして、誕生日を教えてくれない理由。
色々なことを頭に巡らせ考え、ひとつの答えにたどり着いた。
「もしかしてぐちさんの誕生日ってもう終わっちゃってたりしますか?」
そう尋ねると気まずそうに下げていた視線をあげ、少し頷いた。
「うわぁー、マジかー!!」
「俺もぐちさんの誕生日祝いたかったのに!!」
「てか結局誕生日はいつなんすか!?」
「…9月3日」
「3日前マ!!??」
「なんで教えてくんなかったんすか!!」
そう尋ねると、さっきまでも下がっていた目線がもっと下がり、完全に俯いてしまった。
「自分から今日誕生日って言うのも違うっしょ」
「…それに、いいんだよ。俺なんかの誕生日、祝ってもらうほどのもんでもないし……」
ぽつりと、ぐちさんがそう呟いた。
さっきまでの賑やかで明るい空気とは打って変わって、どこか寂しげなその声に、俺は一瞬言葉を失った。
「そんなわけないじゃないっすか……」
小さくそう返すのが精一杯だった。
そのときだった。
「おーい、ぐちつぼと、ローレン。何してんの?」
「ローレンのことみんな探してたよ?」
「今日の主役なんだから!」
らっだぁが、パーティー会場のほうから手を振りながら近づいてきた。
ぐちさんが慌てて俺に視線を向けたけど、俺は隠してはいられなかった。
「らっだぁ、ぐちさんの誕生日、3日前だったって知ってた?」
俺の問いに、らっだぁはきょとんと目を丸くして、それからハッとしたように顔をしかめた。
「……あ」
その一言で、全部わかった。
ぐちさんが肩をびくりと震わせる。
「だ、大丈夫だから!そんな俺の誕生日なんて忘れて当たり前だし」
ぐちさんが無理に笑う。けど、その笑顔は痛いくらいにぎこちなくて、俺の胸が締めつけられる。
「……ごめん」
らっだぁが小さな声で謝った。
でも、ぐちさんは首を横に振る。
「いいんだよ、ほんと。ギャングだし、忙しいし、そんなのいちいち覚えてらんないっしょ。俺も別に、そんなの期待してなかったし」
そう言いながら、ぐちさんはまた、少しだけ笑った。
でも俺には、ぐちさんがどれだけ寂しかったか、わかる気がした。
だって、ぐちさんにとって、らっだぁは特別な存在だって、知ってたから。
子どもの頃からずっと一緒で、誰よりも信じてて、誰よりも大事に思ってる人間だったから。
「ぐちつぼ……」
らっだぁがぐっと拳を握りしめる。
「……今日、パーティー、ローレンのだけじゃねえから」
「え?」
ぐちさんが目をぱちくりさせる。
「ぐちつぼの分もこれからやる。……だから、来てよ」
らっだぁが、まっすぐにぐちさんを見て、そう言った。
その顔は、らっだぁらしくなく、どこか必死だった。
ぐちさんは一瞬呆然とした顔をして、それから、ほんの少しだけ涙を滲ませて、そっと微笑んだ。
「……うん」
小さな声で、でもちゃんと、頷いた。
ロレさんとらっだぁが軽く頷き合うと、俺たちは急いでパーティー会場に戻った。
「おいお前ら!まだ帰るなー!」
らっだぁが声を張ると、散り散りになりかけてたゆぐどらしるのメンバーたちが、またわらわらと集まってきた。
「今からぐちつぼの誕生日もやるから!」
「え!?ぐっちーつぼつぼ、今日誕生日なの!?」
「ちげーよ!9月3日だ!」
「えっ、じゃあ……」
ざわざわする空気の中、らっだぁはにやっと笑った。
「いいから!文句ある奴は表出ろ!」
「うぇーい!」
「了解でーす!」
すぐに場の空気が明るくなった。さすが、らっだぁだ。
ぐちさんは、そんなみんなの様子をぽかんと眺めたあと、俺にだけ聞こえる声で小さく呟いた。
「……なんか、夢みたいだな」
その目は、少し赤かった。
「ほらほら、ぐちさん! せっかくなんだから真ん中行ってきてくださいよ!」
俺がぐいっと背中を押して、ぐちさんをパーティーの中心に連れていく。
「……え、でも俺、何も準備してないし……」
「いいんすよ!ぐちさんがいるだけで、十分っすから!」
俺の言葉に、ぐちさんは照れくさそうに頷いた。
そこからは、もう怒涛だった。
誰かが即席でクラッカーを鳴らし、誰かがケーキを取りに走り、誰かがぐちさんのために即興の歌を歌い出す。
「誕生日おめでとー!!」
「ぐちさんマジ大好きっすー!!」
「これ、急ごしらえだけどプレゼントっす!!」
次々と手渡される、色とりどりのラッピング。正直、さっきローレンに渡してたプレゼントよりも雑だったり、意味不明だったりするものも多かったけど、ぐちさんは一つ一つ、丁寧に、嬉しそうに受け取った。
らっだぁも、その中に紛れて、何か小さな箱を手渡した。
「これ。……遅れて悪かったな」
ぐちさんがそっと箱を開けると、中には細くてシンプルな、銀のリングが入ってた。
「……指輪?」
「ペアのやつだ。俺も持ってる」
らっだぁは照れくさそうにポケットから同じものを取り出して見せた。
ぐちさんは、何か言いたそうに口を開きかけたけど、うまく言葉が出なかったらしく、そのままぎゅっと指輪を握りしめた。
「……ありがとう」
今まで見たことないくらい、幸せそうな顔だった。
その顔を見て、俺も胸が熱くなった。
ぐちさんは、らっだぁにとっても、俺たちにとっても、ちゃんと大事な存在なんだって。
それを、やっとちゃんと、伝えられた気がした。
「……らっだぁ、泣いてね?」
「泣いてねぇし!!」
「嘘だー!絶対目赤いっすよ!」
「うるせぇ!!ローレンぶっ飛ばすぞ!!」
「ぎゃー!!」
みんなが笑い声をあげる中で、ぐちさんも、小さな声で笑った。
その笑顔は、誰よりも輝いて見えた。
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みんなの騒がしい声に紛れて、俺はそっと会場を抜け出した。
屋上へ続く階段をのぼると、涼しい夜風が吹き抜ける。
「……ここ、落ち着くな」
ぽつりと呟くと、すぐ後ろから足音がして、らっだぁが現れた。
「やっぱここにいたか」
「らっだぁ……」
「ぐちつぼ、逃げた?」
からかうように笑いながら、らっだぁは俺の隣に立った。
「……逃げてねーよ。ただ、ちょっと、落ち着きたかっただけ」
「そっか」
二人で並んで、しばらく黙って夜景を見た。
ビルの隙間にチラチラ光る車のヘッドライトや、ネオンの明かり。遠くで誰かが笑ってる声が聞こえる。
そんな何気ない景色が、今日はやけに胸にしみた。
「……怒ってないの?」
ふいにらっだぁが聞いた。
「なにが?」
「俺が、ぐちつぼの誕生日、忘れてたこと」
俺は少し考えてから、首を横に振った。
「……怒るっていうか、寂しかっただけ」
「……」
「昔みたいにさ。俺のこと、ちゃんと見てくれてんのかなー、とか、ちょっとだけ思った」
声が震えないように気をつけたけど、隠しきれなかったかもしれない。
らっだぁは何も言わずに、俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「見てるよ、ちゃんと」
その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。
「ぐちつぼは、俺の大事な……」
言いかけたらっだぁが、言葉を飲み込む。
「大事ななんだよ」
俺が聞き返すと、らっだぁはちょっとだけ苦笑いした。
「……昔からの、相棒だろ」
「……うん」
ちょっとだけ、物足りない気もしたけど。
でも、今はこれでいいかなって思った。
「……もう忘れんなよ」
そう小さく呟くと、らっだぁはニヤッと笑って、俺の肩にぽんっと手を置いた。
「忘れるわけ。来年も、再来年も、その先も」
「……ほんとだな?」
「うん。俺は約束する」
指切りでもするみたいに、らっだぁは拳を俺の胸に軽くあてた。
俺も、そっと自分の拳を重ねる。
ぐしゃぐしゃな誕生日だったけど。
きっと、俺にとっては、一生忘れられない日になるんだろうな。
夜風が、あたたかく感じた。
屋上で少しの間、夜景を眺めたあと、俺たちはまたパーティー会場に戻った。
だけど、もうその頃にはみんな酔いつぶれてたり、寝落ちしてたりして、ぐちゃぐちゃだった。
「はは……こりゃあ、片付け大変だな」
「ま、明日のぐちつぼとローレンに任せるわ」
「おい」
軽く笑いながら、後片付けはそこそこにして、俺たちは解散した。
帰り道。人気のない通りを、らっだぁとふたりで歩く。
ビルの隙間から見える星は少しだけ霞んでたけど、それでも、すごくきれいだった。
「ぐちつぼ」
ふいにらっだぁが呼んだ。
「ん?」
振り向くと、らっだぁはポケットから、小さな包みを取り出して俺に差し出した。
「……これ。改めて」
「……え?」
驚きながら受け取ると、薄い紙に丁寧に包まれたそれは、手のひらにすっぽり収まるくらい軽かった。
中をそっと開くと、そこには――小さな、鍵のペンダント。
「……鍵?」
「俺んちの、スペアキー」
らっだぁは、どこか照れくさそうに笑った。
「ぐちつぼ、いつでも来ていいって思ってたけど……ちゃんと形にしときたかった」
「……」
言葉が出なかった。
この鍵は、ただの鍵じゃない。
「お前は特別だ」って、そう言ってくれてるみたいな――そんな重みがあった。
「……いいの?」
やっとの思いで絞り出すと、らっだぁは即答した。
「当たり前だろ」
「……重い男だな」
「ぐちつぼには重いくらいでちょうどいい」
ふっと、力が抜けた。
気づいたら、俺は笑ってた。
「ありがとな、らっだぁ」
「うん」
ペンダントを握りしめたまま、俺はそっとらっだぁの胸に額を預けた。
らっだぁは驚いたみたいだったけど、すぐに俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「……寂しい思いさせて、ごめんな」
「……もう、いい」
らっだぁのぬくもりが、夜風の冷たさを忘れさせた。
この瞬間だけは、誰にも邪魔されたくなかった。
俺たちの距離は、たぶん今日、ほんの少しだけ変わった。
まだ言葉にはしないけど、それでも、確かに変わったんだ。
だって、俺の胸ポケットには、らっだぁのくれた鍵がしまわれてるから。
これから先、どれだけ時間が経っても。
この夜のことだけは、ずっと、ずっと忘れない。