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第15話
あらすじ
事故により せん妄の症状に苦しむ大森。
二人は大森を支えるべく、日々奮闘するのだが…
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15-1 〜 交差する線〜
鈴木は口を開くと、ゆったりとした口調で話した。
「今日から、ここの病棟を担当させて貰っているんです
良かったら少しだけ、お加減のこと教えて貰えませんか?」
鈴木は少し膝を曲げると、目線の高さを大森に合わせた。
大森は鈴木から目線を外すと、黒髪の青年をじっと見つめた。
目を合わせられた黒髪の青年は、困ったように笑った。
大森がもう一度、鈴木を見るという。
「体調…悪くないです」
鈴木は笑顔で頷く。
「そうですか…何か困ったら遠慮なく、声をかけてくださいね」
大森が唇を薄く開く。
そして、何かを小さく呟いた。
その後に、こくりと頷いて答える。
「…ありがとうございます」
鈴木はにっこりとしたまま、思い出した様に言う。
「あ、そういえば…今日の朝食、何か嫌いな物ありませんでしたか?」
大森が右上を見て考える。
「無かったです
まだ食べてないけど」
鈴木は一瞬、意味を汲み取れずに固まった。
嫌いなものは無かったです。
でも、まだ食べていません。
一瞬、矛盾して聞こえる話だ。
嫌いな物は無かったけど、ご飯を残しましたという事だろうか。
鈴木はとりあえず、笑顔で頷いた。
「そうなんですね
今、お腹空いてないですか?」
大森は鈴木の様子をじっと見つめた。
「え? 」
大森がきょとんとした顔で言う。
その顔のまま、藤澤を見ると話しかける。
「ねぇ、僕どう見える?」
藤澤は一瞬、唇をぎゅっと結んだが右上を見ながら唸る。
「うーん…」
鈴木も内心、困惑して大森を見ていた。
質問に答えずに別の会話に移ったのか?
それか、この質問に答えようと努力をしているのかもしれない
今の所 大森の言動には違和感がある。
これは脳の損傷が原因だろうか。
鈴木は笑顔を保ったまま、大森の仕草や瞳の動きを観察する。
大森は目線を動かすと、若井の方を見た。
「どう?お腹すいてる?」
若井の瞳が揺れる。
口角を上げながら、困ったように頭をかいた。
「え…どうだろう
あんまり…空いてない…?」
大森が首を傾げると、前のめりになった。
若井は聞こえずらかったのかと、もう一度答えようとする。
しかし、先に大森が口を開く。
「え…どうだろう
あんまり…空いてない…?」
大森が若井の言った事を、もう一度言った。
言葉のトーン、呼吸まで同じように発音する。
まるで、録音を再生してる様な雰囲気が漂った。
若井は驚きで、目を見開くと固まってしまう。
しかし、鈴木は おやっと思った。
“エコラリア” を思わせるものがある。
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“エコラリア”
相手が話した言葉を繰り返して発声すること。反響動作の一種です。
自閉症スペクトラムの子供などに、多く見られる特徴です。
言葉のリズムや構造を覚えるために、このような動作を通じて学習します。
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しかし、彼のカルテには自閉症に関する記述なかった。
だが その傾向が少なくても、今のは 反響動作で間違いないだろう。
彼は、何かを学ぼうとしているのかもしれない。
大森が独り言のように、続けて話した。
「あまり空いてない?あんまり?」
若井は困惑しながら、大森の様子を伺っている。
大森は、もう一度聞く。
「あんまり?あまり?」
若井はやっと、これが質問だと気がついた。
「あ…、」
若井が右側を見ると、自信がなさそうに答える。
「…あまり?」
しかし、大森があっさりという。
「さっきと違うじゃん」
若井は、困惑したように笑った。
「あ、はは…ごめん」
手元を見ていた、大森がぱっと目線をあげて若井を見る。
「で、実際どうなの?」
若井の口角が、ひくっと動いた。
何が、正解か分からないのだろう。
それでも正解を答えようと、足掻いているように見える。
大森はその様子を穴が出来るほど、 じっと観察した。
若井の身体が少し震えると、泣きそうに苦笑いをする。
「え、と…ごめん、分からない」
大森が首を傾げると、再び反響動作をする。
若井の言葉を同じように繰り返した。
「え、と…ごめん、分からない」
若井は、耐えられずに眉を顰めた。
何かを言おうとしたが、それも飲み込むととうとう俯いてしまった。
鈴木はその様子を見て、心が痛んだ。
黒髪の青年は反響動作を知らないのかも知れない。
実際、反響動作はコミニュケーションに弊害を与える事がある。
患者が同じ言葉を発音するので、相手は返答に困ってしまうのだ。
時には煽りのように感じたり、それに恐怖心を抱いたりする。
しかし、ここで反響動作を説明するのも無遠慮な話だ。
どこかで時間をとって説明をする方が、 理想的だろう。
どちらにしろ、彼の現状を 説明するには、まだ曖昧な部分が多い。
臨床心理士として、もっと深く彼の心を知る必要がある。
二人に伝えるのは、その後になるだろう。
鈴木は今後の方針を何となく定めると、大森に声をかけた。
「話してくれてありがとうございます
また、具合を見に来ますね」
鈴木はぺこっと頭を下げる。
初対面では、患者の時間を多く取りすぎない様に注意する。
これもカウンセリングをする際、守られている項目の一つだ。
大森は鈴木に目線を投げたが、何も答えなかった。
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鈴木という医師が部屋から立ち去る時
若井も、一緒について行きたい気持ちになった。
全く大森の言ってる事が分からない。
こんな気持ちは初めてだ。
声や雰囲気は大森、そのものなのに
言葉はコラージュのように意味を成さない物に思えた。
藤澤が、隣で話す。
「朝ごはん…食べたの?」
若井はちらっと、藤澤を見る。
若井も、そこは疑問に思っていた。
大森は、顔を横に振った。
「食べてない」
藤澤が続けて、聞く。
「残しちゃったの?」
大森の瞳が、右、左と忙しなく動く。
「あ、あ…」
断片的に言葉を繰り返すと、藤澤を見つめた。
「なんで、まだ朝じゃない」
藤澤と若井は固まった。
今の時刻は11時頃だ。
もはや昼と言えるほどの時間だった。
若井は内心、衝撃を受けていた。
今朝の事をもう、忘れているのか
事故の後遺症で?
でも、昨日はもっと話ができたのに
もしかして悪化してるのか?
藤澤が、大森にそっと聞く。
「今、何時?」
若井は、藤澤の太ももに触れる。
藤澤がこちらを見たので、若井は微かに首を振った。
この事実を、大森にわざわざ自覚させる必要はない気がする。
しかし、それを見た大森は顔を顰めた。
「今のなに?」
若井は大森を見ると、にこやかに笑う。
「ううん、なんでも」
大森の瞳が突き刺さるような目つきに変わる。
そして、もう一度繰り返した。
「今のなに?」
若井と藤澤はヒリっとした緊張に包まれた。
しかし、何を言って良いのか分からない。
藤澤が、なんとも煮え切らない反応をした。
「い、いや…」
大森の目線が走るように藤澤を見る。
藤澤の顔が引き攣った瞬間、大森は目の前の机を吹っ飛ばした。
机がそのまま倒れると、派手な音を立てた。
二人はその机を見たまま、動けなくなってしまう。
大森は、立ち上がろうとベッドから足を下ろした。
二人は慌てて大森を見ると、肩を抑えてそれを止める。
まだ、脚の骨折と頚椎の損傷のダメージが残っている。
できるだけ、立ち上がらず安静と医師に言われているからだ。
しかし、大森は叫びながらそれでも立ち上がろうとする。
「どけ!邪魔!離せ!!」
藤澤が一生懸命に説得を始める。
「ごめん!謝るから!!
とりあえず座ろう!」
藤澤がそういうと、大森は唸りながら顔を激しく振る。
若井は、それも頚椎を痛めるのでやめて欲しかった。
大森が顔をあげると叫ぶ。
「本当は!?本当は!!俺なんて捨てたいんだろ!!」
大森が藤澤を見上げると、肩を掴む。
そして爪を立てるように、ぐっと肩を押し込んだ。
藤澤は肩の痛みに、小さく唸る。
大森が藤澤の瞳を覗き込んだ。
そして、静かに囁く。
「ほら、言えよ」
藤澤は、 ゆっくりと顔を振った。
「そんなわけ…ないでしょ」
大森の口角が上がる。
対照的に瞳は泣きそうに震えた。
「いいから本当の事、教えて」
藤澤が震える声で答える。
「…本当だよ?」
しかし、大森は下唇をぐっと噛み締めた。
右手を伸ばすと、藤澤の口を手の平で塞いだ。
大森は、続けて話す。
「じゃあどうして、あんな顔したの?
どうして、僕を傷つけたの?
僕に言ってない事あるよね、どうして? 」
藤澤は大森を見つめ続けた。
若井もその場から、固まったように動けない。
大森の瞳がみるみると潤んで行く。
「ねぇ、答えて」
しかし、藤澤は大森に口を塞がれている状態なので話せない。
それでも藤澤は、もごもごと答えた。
すると大森は、さらに強い力で藤澤を口を塞いだ。
大森が悲しそうに囁く。
「全然信用できない
涼ちゃんは僕の事、どうでもいいんだ
なのに、わざわざ近くに来るんだね
なんで?僕のこと笑いに来たの?」
藤澤は一生懸命に首を振った。
大森が、もう片方の手で藤澤の頬を撫でる。
指先がするりと肌の上を滑ると、藤澤の鼻を塞いだ。
藤澤が目を見開く。
身を縮ませると、肩がぐっと上がった。
隣に座っていた若井も、異様な光景に身体が強ばる。
どう動いて良いのか、分からない。
いや確実に、止めるべきだろう。
しかし、大森が限界そうなこのタイミングで藤澤の肩を持つのは大丈夫なのか。
大森が、低い声で話す。
「また僕を1人にするんだ 」
藤澤が息苦しさから、ぶるぶると身体が震え始める。
しかし、大森は口も鼻もしっかりと塞ぎ続けた。
「痛かったのに、すっごく痛かったのに
なのに、何も気づいてくれないんだね 」
藤澤の瞳が、徐々に虚ろになって来ている。
さすがに助けないとまずい
若井は身を切る想いで、大森に声をかける。
「元貴、やめよう」
若井が声をかけても、大森は若井の方すら見ない。
仕方なく、大森の肩を掴むと藤澤から引き剥がす。
少し強めに押すと、意外とすぐに手を離した。
藤澤が、ひゅっと息を吸うと激しく噎せる。
若井は急いで、水を手渡した。
「涼ちゃん…大丈夫?」
藤澤が咳き込みながらも、頷いて水を飲む。
若井はそれを確認すると大森の様子を見た。
大森は打って変わって、静かにベッドに座って手元を見つめている。
若井は、ベッドに近づくと大森の名前を呼んだ。
「元貴」
名前を呼んでも反応しない。
電源が切れたように、ぼーっとしている。
藤澤が、自分の喉を擦りながら呟く。
「疲れちゃったの…かな」
大森がやっと顔をあげる。
若井を見ると、小さく返答をした。
「…ん?」
若井は、できるだけ優しく声をかける。
「疲れた?」
大森が若井をじっと見つめると、こくっと頷く。
若井も同じように頷くと、大森の背中を撫でる。
「ちょっと寝る?」
若井がそういうと、大森が子供のように甘えた声で話す。
「うん…ねむい」
若井は頷くと、ベッドのリクライニングを下ろした。
藤澤が、後ろでカーテンを閉める。
若井が、大森の胸元に布団をかけると大森が幸せそうに微笑んだ。
「ふわふわー」
大森が子供のように言う。
若井の 胸の痛みが、喉元までぐっと湧き上がった。
藤澤が、そろそろと寄ってくると大森の髪を撫でた。
本当は、眠って欲しくないのかもしれない。
とても寂しそうに大森を見つめている。
大森が瞳を開けると、微睡みながら話す。
「涼ちゃん、明日遅刻したら…だめだよ」
藤澤が、ふっと笑う。
瞳から涙が一筋、零れた。
「元貴もね」
大森は瞳を閉じると、すーすーと寝息を立て始める。
藤澤が、ぽつっと呟く。
「寝ちゃった…」
若井はそんな藤澤を見れずに、背を向けた。
病室の扉を見つめながら、言う。
「涼ちゃん、行こう」
藤澤が涙声で答える。
「もうちょっと…待って」
しかし、若井の心は海原の様に荒れていた。
早く病室から出ないと、この想いを大森にぶつけてしまいそうだ。
「大丈夫だって、また明日来るんだから」
藤澤が少し棘のある声で答えた。
「分かってる」
若井は、ぎゅっと手を握りしめると藤澤に言った。
「先、外いるから」
そういうと、若井は病室の外へ出ていった。
藤澤は返事をせずに、大森を見続ける。
帰りたくない
夜、一人で起きて寂しい思いをしないだろうか
藤澤は振り返って窓を見る。
当たり前だが、鍵を開ければ窓は開く。
さっきカーテンを閉める時、ここから大森が飛び降りたらどうしようと思った。
なんで4階なんだろう
もっと低い階の方がいいな
大森の言葉が頭から離れない
“痛かったのに、すごく痛かったのに”
“何も気づいてくれないんだね”
あの言葉が大森の本心なんじゃないかと思ったら、藤澤は気が狂いそうだった。
まだ大森は救われてない。
それなら、また
藤澤は大森の顔を見つめる。
すーすーと寝息を立てる表情は、とても健やかだ。
それが何故か、藤澤の心を痛ませた。
これが最期なんじゃないか
どうしようもない不安が藤澤を襲う。
病室の扉が、そっと開くと若井が中を除く。
「涼ちゃん…いくよ」
藤澤は頷く。
立ち上がると、大森に顔を寄せる。
そして、軽く唇にキスをした。
大森の体温を覚えると、唇を離す。
最後に大森の耳元で、囁いた。
「ごめんね…おやすみ 」
コメント
14件
大森さん、心配… めっちゃ泣けます…!! 見てる時に涙目なりました… 続き楽しみです🥹
ああ泣く😭 なんでこんなに刺さるのか、、 作るの頑張ってください🥹