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惑星テラ・ノヴァ。
赤茶色に乾いた大地を、土煙を上げて進む車列があった。
先頭を行くのは、国防色に塗装された「73式大型トラック(改良型)」。
荷台には幌がかけられているが、その隙間からは機関銃の銃座と、鋭い眼光を光らせる隊員たちの姿が見える。
続くのは、工藤創一が運転する「いすゞ・エルフ(4トンダンプ仕様)」。
そして殿(しんがり)を、もう一台の装甲化された高機動車が固める。
総勢十二名。車両三台。
これが日本政府と工藤創一が送り出した、第一次「資源探査・討伐隊」の陣容だった。
「……快適ですねえ、エアコンがあるってのは」
エルフのハンドルを握りながら、創一は独り言ちた。
窓を開けて風を感じていた軽トラ時代とは大違いだ。
サスペンションも(軍用よりは)柔らかいし、何よりキャビンが静かだ。
助手席には護衛兼監視役の権田隊長が座っている。
彼は膝の上に20式小銃を置き、油断なく周囲を警戒していた。
「工藤さん、遊びじゃないぞ。
ここはFOB(前線基地)の防衛ラインの外だ。
いつ、何が飛び出してくるか分からん」
「分かってますよ。イヴの広域スキャナーも、全開にしてますから」
創一は視界の端に表示されるミニマップを確認した。
半径五百メートル以内の地形、熱源、資源反応が、リアルタイムで更新されていく。
『マスター。進行方向2時の方向に、特異な鉱物反応を検知しました。
地表に露出しています』
「お、早速か」
創一は無線機のマイクを握った。
「こちら工藤。2時の方向、岩場の陰に資源反応あり。
ちょっと寄り道します。停車してください」
車列が速度を落とし、岩場の陰へと回り込む。
そこには直径数メートルほどのクレーターがあり、中心に黒く焦げたような岩塊が鎮座していた。
「……隕石か?」
権田が双眼鏡を覗く。
創一はトラックを降り、携帯用の成分分析機(スペクトロメーター)をかざした。
「ビンゴです。
ただの岩じゃありません。高純度のレアメタル……イリジウムとチタンの合金です」
「イリジウムだと? 地球じゃ、プラチナより希少な金属だぞ」
「この星では、空から宝くじが降ってくるみたいですね。
回収しましょう。工場の触媒や、強化装甲の素材に使えます」
創一の合図で、防衛隊員たちがトラックから降りてきた。
彼らは手際よく周囲を警戒しつつ、重機を使って隕石をダンプの荷台へと積み込んでいく。
ガコン、という重い音と共に、数億円の価値があるかもしれない石塊が放り込まれる。
「……感覚が麻痺しそうだ」
権田が呆れたように呟く。
創一は笑った。
「慣れてください。ここは宝の山なんです。
ただ、その宝を守ってる『番犬』が厄介なだけで」
さらに一時間ほど荒野を進むと、風景が少し変化した。
乾いた赤土の大地に、湿り気が混じり始める。
やがて視界が開け、巨大な水面が現れた。
「水場だ……」
誰かが息を呑む。
直径数百メートルはあるだろうか。静まり返った湖沼だ。
水の色は地球のような透明ではなく、僅かに蛍光がかった薄いブルー。
岸辺には奇妙な形状のシダ植物が群生している。
「休憩を兼ねて、サンプリングを行いましょう」
創一の提案で、車列は湖畔に停車した。
隊員たちは警戒態勢を解かずに散開し、水際へと近づく。
「水質検査……pH(ペーハー)は7.2。中性です。
重金属の含有量も許容範囲内。……煮沸と濾過をすれば、飲用可能です」
技官の報告に、隊員たちの間に安堵の空気が流れる。
水がある。
それだけで、長期滞在の難易度は劇的に下がる。
「さてと」
創一は水際にしゃがみ込み、水面を凝視した。
ゆらりと、何かが動いた。
「いた」
彼は素早く右手を水中に突っ込んだ。
バシャッ!
水しぶきと共に引き上げられたのは、体長三十センチほどの魚類……のような生物だ。
鱗はなく、ヌメッとした皮膚に覆われている。
目は退化しており、代わりに側線のような器官が発達している。
「うわ、グロテスクだな……」
近づいてきた権田が顔をしかめる。
「見た目は悪いですけど、栄養価は高いですよ。
それに、こいつの体液には特殊な再生酵素が含まれてます。
そのままでも回復アイテムになりますし、精製すれば医薬品の原料になります」
創一は躊躇なく、そのヌルヌルした「生魚」をインベントリに放り込んだ。
FOBとの通信回線が開く。
モニター越しに、日下部駐在員が顔を出した。
『……工藤さん。それは、食べるつもりですか?』
「ええ。刺し身は怖いんで焼いてみますけど。
とりあえずサンプルとして、十匹ほど確保します。日本で養殖できれば、食料問題の解決になるかも」
『……検討しておきます。しかし、君のサバイバル能力には驚かされる』
日下部は苦笑いしたが、目は笑っていなかった。
彼は知っているのだ。
水と食料。
これが確保できれば、日本はこの星に「永住」できるということを。
「水質サンプルも確保しました。
さて、そろそろ本題に行きましょうか」
創一は立ち上がり、湖の対岸、遥か彼方に霞む「赤い領域」を見据えた。
そこから漂ってくるのは、水の匂いではない。
腐臭と、甘ったるいフェロモンの匂い。
「バイターの巣が近いです」
車列は慎重に、しかし確実に「敵地」へと近づいていた。
地面は赤土から、血管のような粘膜質に覆われた不気味な大地へと変わっている。
『クリープ(菌苔)』と呼ばれる、バイターの巣特有の有機土壌だ。
『警告。敵性生物の巣、距離1500。
大型の反応が複数。スポナー(巣穴)の数は、12基以上と推測されます』
イヴの警告を受け、権田が停止命令を出した。
ここからは徒歩、あるいは慎重な偵察が必要な距離だ。
「……でかいな」
丘の上から双眼鏡を覗いた権田が呻く。
視界の先には、悪夢のような光景が広がっていた。
大地から突き出した巨大な肉塊の塔。
脈動し、時折、緑色の体液を噴き出している。
その周囲を無数のバイターたちが徘徊している。
小型だけでなく、中型、そして明らかに装甲の厚そうな個体も混じっている。
「あれを正面から叩くのは、骨が折れそうですね」
創一も眉をひそめた。
ガンタレットの研究は終わっているが、まだ持ち運び可能なタレットの数は少ない。
歩兵の火力だけで制圧するには、数が多すぎる。
その時だった。
『マスター。スキャン結果に、看過できない資源反応があります』
「ん? またレアメタルか?」
『いいえ。液体資源です。
巣の直下、および周辺の地下浅い層に、大規模な有機化合物……炭化水素の溜まり場を確認』
イヴがマップに、青黒いマーカーを表示させる。
『成分分析……硫黄分を含んでいますが、精製可能です。
原油(Crude Oil)です』
車内の空気が、一瞬で凍りついた。
創一は目を見開いた。
「……マジか。石油が出たのか」
『埋蔵量は推定不能ですが、地表に滲み出ている量からして、大規模な油田である可能性が高いです』
即座に通信機から、日下部の絶叫に近い声が響いた。
『く工藤さん! 今、原油と言いましたか!?』
「ええ。間違いないようです。
あの巣の下は、油田ですよ」
モニターの中で日下部が、興奮のあまり眼鏡をずらしている。
無理もない。
日本という国にとって「石油」という二文字が持つ意味は、他のどんなレアメタルよりも重い。
エネルギー自給率の向上。
中東情勢への依存脱却。
円安対策。
国家の悲願が、今、この異星の荒野の下に眠っているのだ。
『……凄い。凄いですよ、これは!』
日下部の声が震えている。
『もし安定的に石油を輸入できれば……日本のエネルギー政策は、根底から変わります!
もうホルムズ海峡の封鎖に怯える必要も、産油国の顔色を伺う必要もない!
工藤さん、確保です! 何としても、その油田を確保してください!』
「落ち着いてください。
確保したいのは山々ですが、問題は、あの『住人』たちです」
創一はバイターの巣を指差した。
「あいつらが巣食っている限り、採掘リグ(櫓)は建てられません。
かといって、今の戦力で強引に制圧しようとすれば、こちらの被害も甚大になります」
権田が冷静に補足する。
「敵の数は百を超える。
それにバイターは、仲間が攻撃されると集団で襲ってくる習性がある。
下手に手を出せば、蜂の巣をつついたような騒ぎになるぞ」
『……むう』
日下部が唸る。
官僚としての欲望と、管理者としての理性が葛藤しているようだ。
「工藤さん。どうしますか?
貴方の判断に従います。撤退もやむなしですが……」
「いえ、やりましょう」
創一は不敵に笑った。
彼にとっても石油は、プラスチックや化学製品を作るために、喉から手が出るほど欲しい資源だ。
「ただし、全滅は狙いません。
今回は『削り』です。
敵をおびき寄せて、基地から離れた場所で各個撃破する。
いわゆる『釣り出し(Luring)』戦法で行きます」
「……釣り出しか」
権田がニヤリとした。
「得意分野だ。
キルゾーン(殺害エリア)を形成し、そこに敵を誘い込んで十字砲火を浴びせる。
古典的だが、最も消耗の少ない戦術だな」
『許可します!』
日下部が即答した。
『原油があるなら、リスクを冒す価値は十分にあります。
日本政府として、防衛隊の交戦を正式に承認します。
……やってください!』
作戦は迅速に決定された。
バイターの巣から約五百メートル離れた岩場。
ここを「迎撃地点」とする。
「第一分隊、73式トラックの荷台から重機関銃(M2)を据え付けろ! 射界確保!」
「第二分隊、高機動車を盾にして散開! グレネードランチャー用意!」
「工藤さんは後方へ! 射線に入らないでくれよ!」
権田の怒号が飛び交う。
流石はプロだ。
数分もしないうちに、岩場を利用した堅牢な防衛陣地が構築された。
12.7mm重機関銃の黒い銃身が、巣の方角を睨んでいる。
「準備完了です、隊長」
「よし。……では、客人を招待しようか」
権田は狙撃手に合図を送った。
特殊なサイレンサーを装着していない大口径の対物ライフル。
その目的は「狙撃」ではなく「音」だ。
ズドンッ!!
乾いた轟音が荒野に響き渡る。
弾丸は巣の一つであるスポナー(肉塊)に着弾し、紫色の体液を撒き散らした。
瞬間。
巣全体が、波打ったように震えた。
キシャァァァァッ!!
ギチチチチッ!
無数の咆哮が重なり、不協和音となって押し寄せる。
巣穴から黒い奔流となって、バイターたちが溢れ出してきた。
その数、およそ三十。
音のした方向——つまり、この岩場に向かって一直線に殺到してくる。
「来たぞ! 総員、引きつけろ!」
権田が叫ぶ。
地響きが伝わってくる。
三十匹の巨大昆虫が迫る光景は、生理的な恐怖を呼び起こすが、隊員たちの手元は狂わない。
距離、四百……三百……二百。
「撃てッ!!」
ドガガガガガガッ!!
ダダダダダッ!!
重機関銃とアサルトライフルが、一斉に火を噴いた。
岩場が閃光と轟音に包まれる。
12.7mm弾の威力は絶大だった。
前回、小銃弾を弾いた甲殻も、重機関銃の運動エネルギーの前には紙同然だ。
先頭を走っていた中型バイターが、肉片となって弾け飛ぶ。
ギャッ!
グギッ!
悲鳴を上げて転がるバイターたち。
後続がそれを乗り越えて突っ込んでくるが、そこにはグレネードランチャーの炸裂弾が降り注ぐ。
ドンッ!
ドンッ!
爆炎が上がり、節足が宙を舞う。
一方的な虐殺だった。
巣の防衛圏内なら数で押し切られるが、開けた場所での待ち伏せなら火力が物を言う。
「弾幕を絶やすな! 一匹も近づけるな!」
「右翼、回り込もうとしています!」
「任せろ!」
工藤創一もサブマシンガンを構えて、援護射撃を行った。
彼の狙いは正確だった。
インベントリから取り出した「試作型ガンタレット」も、機械的な動作で正確にバイターの頭部を撃ち抜いていく。
「……ふぅ。片付いたか?」
数分後。
銃声が止み、荒野には硝煙と、バイターの体液の臭いが漂っていた。
岩場の前には、累々たる死体の山が築かれている。
「状況終了(クリア)!」
権田が確認の声を上げる。
隊員たちに怪我はない。
完全勝利だ。
「よし、今のうちに回収だ!
次の波が来る前に、済ませるぞ!」
創一がナイフを持って飛び出した。
ここからが、彼にとっての本番だ。
バイターの死体は、ただのゴミではない。
貴重な資源だ。
彼は手際よくバイターの甲殻を切り開き、特定の臓器——紫色の核のような部分——を摘出していく。
ヌルリとした感触。強烈な異臭。
だが、創一の手は止まらない。
「バイオマター確保。……これも、これもだ」
次々とインベントリに放り込んでいく。
全部で二十個。
予想以上の収穫だ。
「工藤さん、そろそろ潮時だ。巣の方で、また動きがある」
権田が双眼鏡を見ながら警告する。
巣穴から新たな増援が、這い出してきているのが見えた。
「了解! 十分です!」
創一は血のついた手袋を脱ぎ捨て、トラックへと走った。
「撤収! ずらかるぞ!」
帰りの車内。
緊張から解放された空気の中、創一はインベントリの中身を確認して頬を緩ませていた。
「大戦果ですね。
バイオマター20個。これで『医療用キット』が20本、作成できます」
通信機越しに、日下部が感極まったような声を上げる。
『20本……! 素晴らしい!
これでまた多くの命が……いや、外交カードが手に入る』
「約束通り、半分は政府にお渡ししますよ。
残りの10本は、こちらの基地の備蓄と、俺の研究用に使わせてもらいます」
『ええ、構いませんとも!
それに何よりの収穫は「油田」の確認です。
早速、採掘プラントの建設予算を計上します。次の遠征では、あの巣を完全に制圧し、リグを建てましょう!』
日下部の鼻息は荒い。
権田隊長も満足げに頷いている。
「部隊の連携も確認できた。
バイターに対する恐怖心も払拭できたし、自信がついたようだ。
……悪くない遠征だったな」
「ええ。大成功ですよ」
創一は夕日に染まるテラ・ノヴァの地平線を眺めた。
イリジウム、水、食料、そして石油。
この星は、まさに人類にとっての約束の地(テラ・ノヴァ)だ。
だが、その豊かさは、血と火薬によって購われるものでもある。
(工場は成長する。……防衛線も、もっと広げなきゃな)
創一はアクセルを踏み込んだ。
エルフのエンジンが唸りを上げ、基地への帰路を急ぐ。
荷台に積まれた隕石と、インベントリの中のバイオマター。
それらは地球の運命を変える、小さな、しかし確実な「種」だった。