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第19話、読了しました。美紗さんが自分の弱さや後悔を素直に話すシーン、本当に胸に来ましたね。それを受けて勇太くんが「反省すべきは嘘をついたことであって、虐めの原因を自分に求める必要はない」と優しく諭すところ、二人の関係性の深さを感じました。お義母さんの「苦は悪じゃない」という台詞も、キャリアを経た言葉だからこそ重みがあって、じんわり沁みました。家族の形が少しずつ整っていくのが、とても温かいです。
淡々と戦略会議を終え、着々と今日の仕事を片付け、美紗と一緒に退社。
2人で仲良く電車に乗り、美紗の実家に向かっている最中に、今日岡本と話した内容を美紗に話した。
「美紗に小田さんを傷付けるつもりはなかったってことは分かってるから」
と最後に付け加え、気分を悪くしただだろう美紗に気遣うと、視線を落としながら黙って俺の話を聞いていた美紗が、
「最初はそうだった。勇太くんのことしか考えてなくて、自分の吐く嘘によって小田ちゃんがどんな気持ちになるかまでは、気が回ってなかった。でも小田ちゃんが勇太くんに近付き出した時に、焦って私、小田ちゃんにちょっと意地の悪いことをしたんだ。勇太くんと結婚出来ないって言ってたくせに、小田ちゃんに勇太くんを取られたくなくて、勇太くんに【私の方が仕事出来ますアピール】してみたりした。今日もそう。勇太くんがこんな私とそれでも結婚するって言ってくれた時、ただただ嬉しくて、小田ちゃんのことを気にもしなかった。酷いよね。嫌な思いをしている人がいるのに、自分の幸せに酔ってるなんて。真琴ちゃんが私を嫌った理由は、私のこういうところにあったんだと思う」
後悔を口にしながら俯いた。
美紗はこういう時、素直すぎるくらいに正直者だ。自分の汚い部分を隠そうとしない。
「反省してるなら、もう嘘はだめだよ」
よしよしと美紗の頭を撫でると、
「……私のこと、嫌になってない?」
美紗が顔を上げて、不安そうに俺を見た。
「なってないよ。こんなことで美紗を嫌いになるくらいなら、嘘を吐かれた時点で終わってたでしょ、ウチら。むしろ嬉しかった。美紗、小田さんに嫉妬するくらい俺を好きでいてくれたんだなーって。それと、反省しすぎて真琴に虐められた原因を変に解釈するのは良くないよ。俺、【虐められる側にも悪い部分はある】っていう理屈、大嫌いだから。そんなのは虐めていい理由になるはずがない。今回の件に真琴のことは関係ない。虐められた理由の反省はしなくていい。反省しなきゃいけないのは、嘘を吐いて小田さんを傷付けたことについてだよ。つか、それに関しては俺にも責任があるし。美紗のことで気持ちが参ってて、つい小田さんに甘えてしまったから。小田さんの気持ち、知っていてやったから」
自分が情けなくて、無意識に出た溜息が美紗の髪の毛を揺らした。
「……どうしたら、勇太くんと私の反省を、小田ちゃんを傷付けずに伝えられるかな」
これからお母さんに会いに行くというのに、泣きそうに声を震わす美紗。
「ゆっくり2人で考えよう。大丈夫。俺もいるから。美紗がひとりで悩むことじゃない。月曜日まであと2日あるんだよ。考える時間はちゃんとある。だから、そんな顔しないで、美紗。お母さんが心配するよ」
そっと美紗の背中を擦ると、美紗が自分の身体を預けるように、俺の肩に頭を乗せた。
美紗が俺を頼っている。
どうにかして解決策を見付けたい。
美紗と小田さんが笑い合う姿が見たい。
移り変わる車窓の景色を眺めながら、どうすべきなのかを考えていると、美紗の実家の最寄り駅に到着した。
電車の中で良い案を捻り出すことは出来ず、一旦この事は頭の隅に置いて置くことにして、2人で美紗の実家まで歩く。
この近くを会社の人間が歩いている可能性は低い。
手、繋ぎたいな。と、そっと美紗の右手に自分の左手を触れさせると、
「……繋いでもいい?」
と、質問をしておきながら俺の返事も待たずに、美紗から指を絡めてきた。
「もう繋いじゃってるし」
『ははは』と笑いながら美紗の手を握り返すと、
「待てなかった」
『へへへ』と美紗も笑い返した。
幸せだなと思った。
幸せは確かに今、俺の手の中にある。
今日はこの幸せをお義母さんに見せて、安心させたい。たくさん心配かけたから。
美紗の実家に着き、ベルを鳴らすと、
「はーい。いらっしゃーい」
お義母さんが元気に玄関のドアを開けた。
「急に俺まで付いてきてしまってすみません」
ぺこっと頭を下げて挨拶をすると、
「美紗から突然『2人で行く』ってLINE来たから、たいした料理作れなかったー。もうちょっと早く言ってくれれば良かったのにー。お買い物に行く時間もなかったから、勇太くんの好きな料理はからあげくらいしかないわよ。あとはみんな美紗の好きなものばっかりになっちゃった」
頭の上からお義母さんのチョップが下りてきた。
頭を摩りながら顔を上げると、お義母さんが俺に「グッジョブ」と口パクしながら笑った。
「お気遣いありがとうございます。……あのー、お義母さん。『美紗の話をしたことは美紗には黙っていてください』と自分からお願いしておいて何なのですが……俺、話しちゃいました。すみません。美紗、全部知ってます。口パクじゃなくて、声にしちゃって大丈夫です」
俺との約束をしっかり守っていてくれただろうお義母さんに、更なる謝罪をすると、
「えぇー‼ 約束させた側が破るって何⁉ まぁいいけど‼ だって2人揃って来たってことは、仲直りしたってことでしょ?」
お義母さんは、一瞬頬を膨らませて怒った仕草をしたけれど、すぐに笑顔で俺の顔を覗き込んだ。
「結婚しますってことですよ。先回来た時は気が引けて【お義母さん】って呼べなかったんですけど、今日からは気兼ねなしに呼ばせて頂きます」
「それ、実はこの前気になってて、結構淋しかったのよ。でも良かったわー。本当にー」
涙ぐみながら、何故か俺にハイタッチを求めるお義理母さん。
美紗はきっと、お義母さんのこういう明るさと優しさに救われていたから、真琴の酷い虐めに耐えることが出来たのだろうと思った。
「すみませんでした。お義母さん」
お義母さんの手に自分の手を重ねると、
「良くやった‼ 義息子ー‼」
と、お義母さんが何度もパチパチと音を鳴らせながら、ハイタッチを繰り返した。
玄関ではしゃぐ俺らに、美紗がクスクスと笑った。
美紗の笑顔に、お義母さんも俺も嬉しくなって、必要以上に大騒ぎをしてみせると、
「ねぇねぇ。そろそろお家の中に入ろうよ」
さすがにやりすぎてしまったのか、美紗の笑顔が困り顔になり、口の前に人差指を立てた美紗に「ご近所さんの迷惑になっちゃうよ」と注意をされてしまった。
「怒られちゃったー。さぁさぁ、2人共靴脱いであがってー」
てへッとおどけたお義母さんが俺たちに手招きをした。
「おじゃましまーす」
美紗と一緒に中に入ると、美紗は早速鞄を床に置き、コートを脱いでキッチンへと向かった。
基本、美紗は働き者だ。会社でもそう。家でもよく動く。
先にキッチンに入り、出来上がった料理を盛り付けていたお義母さんの隣に立ち、美紗もしゃもじを片手にご飯をよそい出した。
自分だけじっとしているのも申し訳なくて、
「俺は何をしましょうか?」
と2人に尋ねると、
「ありがとうね、勇太くん。でも、勇太くんは椅子に座ってテレビでも見てて。大人3人が動ける程、この家は大きくない。身動きが取れなくなっちゃう」
美紗が笑いながらお義母さんに意地悪な顔をした。
「悪かったわねー、狭い家で‼」
そんな美紗の腕を肘で突くお義母さん。
「悪くないよ。掃除しやすかったもん」
それでも意地悪し続ける美紗。
「嫌味言うしー‼ もーう‼」
手に持っていた料理にかからない様に、そっぽを向いて鼻息を荒くするお義母さん。面白い。美紗が意地悪したくなる気持ちが分かる。
美紗に言われた通り、椅子に座って料理が並べ終わるのを待つ事に。
じゃれ合いながらキッチンに立つ美紗とお義母さんの姿が可愛くて、微笑ましくて、勝手に頬の筋肉が緩んだ。
そんな2人が目の前に次々料理を運ぶ。
美紗の好きなかぼちゃの煮物。きんぴらごぼう。美紗は基本、素朴な料理を好んで食べる。そこに突然の俺の好物・から揚げが登場。お義母さん、ありがとう。俺は基本、肉を食わせておけばご機嫌な人間だ。
お義母さんの手料理がテーブルの上に全て並び、やっと美紗とお義母さんが椅子に座った。
「いただきまーす」
3人で手を合わせて唱和すると、早速からあげから口に入れる。
「美味ーい。肉々しい」
口の中にまだ肉が入っていると言うのに、箸には次に口に入れる肉を挟んでスタンバイ。そんな幸せいっぱいの俺に、
「勇太くんっていっつも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるのよねー。美紗と私の料理、どっちが美味しい?」
お義母さんが、結構難しい質問をしてきた。
答え辛いなーと思いながら、チラっと美紗の方を見ると、美紗が興味津々な目で俺の答えを待っていた。助けてくれないのか、美紗さんよ。
「……そりゃあ、美紗ですよ。嫁の料理の方が美味いと感じるのは当然でしょ」
ちょっと照れくさくて、ボソボソっと答えると、
「『嫁』ー‼」
と言いながら、お義母さんが大笑い。
美紗は顔を真っ赤にして、俺の二の腕をバシバシ叩いた。そこそこ痛い。でも照れる美紗は可愛い。
いっぱい笑って、たらふく食ったというのに、食後には美紗が買った温泉まんじゅうを食べることに。
美紗が俺らの為にお茶を注いでいると、
「ねぇ美紗。真面目な話をしてもいい?」
さっきまでケラケラ笑っていたお義母さんが、真剣な顔で美紗に話しかけた。
「何?」
不安そうに返事をすると、お茶を俺らの前に置き、椅子に座る美紗。
「私ね、美紗が自分の子として産まれてきてくれて、本当に良かったなって思ってるの。美紗との生活、毎日楽しくて……。でも、美紗は違ったんだよね。ずっと苦しかったんだよね。なのに、全然気付かなかった。本当にごめんね。ごめんなさい。助けてあげられなくてごめんなさい」
お義母さんが、美紗に向かってゆっくり頭を下げた。
「頭なんか下げないでよ、お母さん。謝らないで。お母さんは何も悪くないでしょ? 私、お母さんに気付かれたくなかったの。助けて欲しいとも思っていなかったの。気付いて欲しかったら、厭らしく仄めかして匂わせてただろうし、助けて欲しかったら声を出していたはずだもん。私もね、お母さんが私のお母さんで良かったと思ってる。お母さん、私のことを大事に大事に育ててくれたから。凄く感謝してるんだよ。でも……だからこそ辛かった。苛められていた時、毎日『死にたい。消えたい』って思ってた。でも、お母さんがいつも愛情いっぱいに接してくるから、『私が死んだら、お母さんはどうなってしまうんだろう?』って、どうしても出来なかった。終いにはね、『お母さんが私のお母さんじゃなければ良かったのに。そしたら、今すぐ死ねるのに』って考えたこともあった。だけどね、何だかんだ言って死を選ばなかったのは、やっぱりお母さんの笑顔が見たかったからなんだ。お母さんに心配かけたくなかった。仕事頑張ってるお母さんに、余計な負担をかけたくなかった。お母さんが喜んでくれるから、家事も勉強も頑張れた。死ななくて本当に良かった。あの時、間違った判断をしなかったから、私は素敵な人に出会うことが出来て、結婚が出来る。お母さん、ありがとうね。私を生かしてくれて、本当にありがとう」
美紗が微笑みながらお義母さんの手を握った。
そんな光景に、俺の目から涙が零れた。
「え⁉ 何故に⁉ 今泣くのって私の方じゃないの⁉ 勇太くんが先に泣くから、じわじわ来てた私の涙、引っこんじゃったじゃないの‼」
うっかり泣いてしまった俺の肩を、お義母さんが半笑いになりながら叩いた。俺の隣で美紗も困った顔をしながら笑うと、近くにあったティッシュボックスからティッシュを数枚抜き取り、俺の頬を流れる涙を拭き取ってくれた。
「すみません。つい……。素敵な親子だなぁって。ぐっと来てしまいました」
美紗の手からティッシュを奪い、鼻を押さえつけ、鼻水をせきとめる。もう、目も鼻も緩みまくり。
「美紗は本当に良い人に出会ったね。良かったね」
泣き止まない俺を見て笑うお義母さんに、
「うん。おかげさまで」
美紗も笑顔で頷いた。
「ねぇ美紗。勇太くんがひとりで私に会いに来た時にね、『将来、自分の親が痴呆になったり、介護が必要になった時、美紗に自分を虐めていた人間の親と関わらせて良いのだろうか?』みたいなことを言っていたの。充分に有り得る話だと思う。美紗はそういうこと、考えてる? どう思ってる? 関わりたくない? それならそれでいいと思うよ、私は。無理矢理関わってあちらとの関係が悪くなったり、美沙が辛い思いをするなら、疎遠になるのも別に悪いことじゃないと思う」
泣いている俺を置き去りに、お義母さんがだいぶ重要な話を進める。
「今はそういう状況じゃないから何とでも言えちゃう。簡単に『頑張る』って言えてしまう。頑張る気持ちはもちろんある。だけど、そういうのって綺麗事で済まされないと思う。もう、やるしかないんだと思う。やってやれないことはないと思ってる。関わりたくないとは思ってない」
真剣に答える美紗。美紗の気持ちが嬉しくて、涙腺が更に崩壊。
「美紗らしい答えね。介護のことで困ったり分からないことがあったら、いつでも私を頼ってきなさい。私、この道のプロだから。介護の仕事で美紗を育て上げたんだから。私はもう充分すぎるくらいに美紗に親孝行をしてもらった。今度は私が美紗を助ける。あの時助けられなかった分、美紗の力になるから。だから心配なんていらないわ。介護って、精神的に追い込まれることがあるの。それは、どんなに円満な家族にも起こり有ることなの。何の問題もない家庭でも、私たちの様な介護職員の手を必要とするの。だから、苦しくなったら誰かの手を借りてもいいのよ。もう、ひとりで抱え込んじゃだめよ。【苦】は【悪】じゃない。助けを求めることは悪いことでも恥ずかしいことでもなんでもない。でも、介護職員へ依頼するにはお金がかかる。だから美紗も勇太くんもしっかり働くのよ‼ 人は誰でも老いる。【親の為】じゃなくて、【介護の時間を少なくしたい自分たちの為】に働くの。恩着せがましい考え方はだめよ。憎しみが生まれてしまうから」
お義母さんは、あの日俺が話したことを覚えていてくれて、一緒に考えていてくれた。
優しくて、力強くて、芯の通っている話。
そうだった。お義母さんの職業は、ケアマネだった。
「ありがとう、お母さん。でも、親孝行はまだしたいから……」「俺がする‼」
お義母さんの話に感動しすぎて、話し出す美紗にカットイン。
『え?』
美紗とお義母さんが『どうしちゃったの、勇太くん』とでも言いたげな表情で俺を見た。
「俺も美紗を助ける‼ お義母さんへの親孝行、俺がする‼ だって俺からの親孝行は不充分でしょ? 全然何もしてないし。いっぱい親孝行する‼ 美紗のこともいっぱい幸せにする‼ 2人共、俺が守る‼」
何故かひとりで高ぶってしまい、思わず右手で美紗の手を、左手でお義母さんの手を握る。
「……あ、ありがとう。でも、何から守ろうとしてるのかしら」
お義母さんが肩を揺らして笑った。
「外敵からじゃない?」
美紗に至っては、話す言葉が震える程に笑っている。
「~~~俺、真剣に話したのに‼」
2人にからかわれてやや憤慨していると、
「ゴメンゴメン。でも、嬉しい。ありがとう。だけど、親孝行は二の次でいいわ。最優先は美紗にして」
お義母さんが「どうどう」と俺の腕を摩った。
「俺のポテンシャルを見縊らないでくださいよ‼ 全然いけます。余裕で2人を同時進行で幸せに出来ますけど‼」
興奮が収まらない俺の腕に、
「ありがとうね、勇太くん。大好き。お母さんのことも私のことも、末永く宜しくお願いします」
美紗が絡みついた。
そんな俺らをお義母さんが目を細めて見ていて。
2人のこの笑顔は何があっても死守しようと心に決めた。
泣いて笑ってまんじゅう食って、美紗の実家を後にすることに。
お義母さんに手を振って、最寄り駅まで歩く。
美紗のアパートにお泊りしたいな。若しくは、美紗に俺のアパートに来て欲しいな。どっちがいいかな。と、最早1人で帰るという選択肢を除外しながら歩いていると、
「……勇太くん。今日はウチに泊まりませんか?」
美紗が恥ずかしそうに俺の指を握った。
俺が選ぶ前に、美紗が俺の頭の中の2択の答えを出してくれた。
「うん。泊まりたい」
もちろん即答。
「……それで明日、2人で勇太くんの実家に御挨拶に行けないかな? 私もちゃんと挨拶したいしお詫びもしたい。真琴ちゃん、何時だったら家にいる?」
美紗が俺の指を握る手を、きゅうっと強く握った。多分、緊張しているのだろう。
「大丈夫? 焦らなくても大丈夫だよ。嫌だったら無理することないんだよ? 真琴は……休みじゃなければ、遅番でもお昼には家を出るはずだから、行くなら午後にしよっか」
もう一度俺の実家に行く勇気を出してくれた美紗に無理をさせたくなくて、真琴のいない時間に行こうと提案する。
「じゃあ、午前中に行きたい。でも真琴ちゃん、ちょっとでも長く寝ていたいかな? 迷惑かな?」
でも美紗は、むしろ真琴が家にいる時間に行きたいらしい。
「美紗、大丈夫なの? 美紗が真琴に会う気があるなら、真琴なんか叩き起こすけど……」
戸惑う俺に、
「だって、新婚旅行のお礼言わなきゃ。正直怖いよ。やっぱりどうしても怖い。だけど、私には盾がある。家族になるのに、味方になるはずの人に盾を翳すのはおかしなことだとは分かってるけど、でもまだ私には勇太くんが必要。今はまだ、傍についていて欲しい」
美紗は『大丈夫』とは言わずに、本音を返した。そんな美紗の言葉が引っかかる。
「『まだ』って。そのうち俺を必要としなくなるってこと?」
「この件に関してはだよ。勇太くんがいなきゃ、お義父さんやお義母さんや真琴ちゃんに会えない関係なんて嫌だから。勇太くんのことはずっと必要。勇太くんが私を必要としなくなっても、私には勇太くんが必要不可欠」
顔の中央に全パーツを寄せて顰める俺に、美紗が大きく首を左右に振った。
「よく言うよ。結婚取りやめようとしたくせに」
美紗に『必要』と言われて嬉しかったくせに、意地悪を言ったらもっと別な言葉で喜ばせてくれるんじゃないかと期待して捻くれてみせると、
「結局出来なかったじゃん。勇太くんのこと、やっぱり好きなんだもん。勝手なことをして困らせて嫌な思いをさせて、本当にごめんなさい。これからは勇太くんのこと、大事にするから。だからずっと、私の傍にいてください。お願いします」
俺の言葉は美紗にとってキツイ一言だったらしく、美紗が申し訳なさそうに俺に懇願した。
ちょっとやりすぎてしまったかなと反省。
「もちろんだよ。美紗もずっと俺の傍にいてね。もう離れていかないでね。お願いだから」
美紗を「意地悪してごめんね」と抱き寄せると、
「うん。約束」
美紗が俺の背中に手を回した。
幸せだな。ずっとこうしていたいな。と、思うけど、
「……美紗ー。取り敢えず歩こっか。この調子だと、一向に駅に辿り着かない」
続きはゆっくり美紗の家で。
美紗の肩をツンツンと突くと、
「確かに。よし‼ 早く帰ろう‼」
美紗がパっと俺から身体を剥がした。
美紗はこういう時、全然余韻を残さない。ちょっと寂しいけど、『早く帰って一緒に過ごしたい』と思ってくれているだろう美紗の性格を知っているから、淋しいのに楽しい。
「……本当はね、今日は勇太くんの部屋にお泊りしたいなって思ってたんだけど、明日勇太くんの実家に行くなら、ちゃんとした洋服選びたいし、パックもしたいなぁと思って。自分の部屋で、ちょっとでも良いコンディションにして、少しでも印象良く思われたいっていうか……。勇太くん、私の家より自分の部屋の方が良かった? 私の実家に行って、お母さんに気を遣ったりして何かと疲れただろうし、自分の部屋で寛ぎたかった? ごめんね、わがまま言って」
再び歩き出した美紗が、俺に向かって可愛く両手を合わせた。
「女子って大変だねー。てか、俺は『今日はずっと美紗と居たいなー』って思ってただけで、どっちの家でも構わなかったから別にいいよ。それに俺、お義母さんのこと超好きだから、全然疲れてないよ。気を遣うどころか楽しみすぎて、逆に迷惑掛けちゃったかなって思う」
美紗の頭をポンポンと撫でる。
「大丈夫だよ。お母さん、勇太くんのことが大好きだから、迷惑になんか絶対に思ってないよ。めちゃめちゃ楽しそうにしてたじゃん。私も明日……」
『明日』の次の言葉が続かず、下を向いてしまった美紗。
俺の家族と良い関係を築きたいと思ってくれている美紗。でも、不安が拭えないのは当然だ。
「焦らない焦らない。ゆっくり行こうよ」
腰を屈めて美紗の顔を覗くと、
「そうだね。焦ってどうにかなることじゃないもんね。焦らないしゆっくり行くけど、さっさと帰ろう。早く勇太くんと部屋でまったりしたい」
美紗が笑顔で頷いた。
「俺もー。美紗とゴロゴロしたい。よし‼ しゃきしゃき歩こう、美紗‼」
美紗の手を取り、2人で若干早歩きになりながら駅に向かった。