テラーノベル
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翌朝、AM9:00。
昨日の夜にパックをしたおかげで、(本人曰く)お肌ツルツルになり(男の俺から見ると、どこがどう違うのかさっぱり分からないが)、俺チョイスのシンプルワンピを着た美紗と一緒に俺の実家に行くべく、2人で美紗の部屋を出た。俺の隣で、
「美容室に行けば良かった」
と毛先を摘まみながら呟く美紗。
「イヤイヤイヤ。そんなに張り切らなくていいから。美紗が気張ると、ウチの親も変に取り繕わなくちゃいけなくなるじゃん。気楽に行こうよ、美紗。大丈夫。美紗は、【お義母さんが立派に育て上げた、素敵なお嬢さん】だよ」
毛先を弄る美紗の手を取り、繋ぐ。
「気楽に……。無理だよ。緊張するよ。勇太くん、私の実家に行くのに全然緊張しなかったよね。なんで? 営業職だから? 職業病? 心臓に毛が生えているの?」
家を出てから終始そわそわしっぱなしの美紗が、ナチュラルに失礼なことを口にした。
「オイ、コラ」
「だって落ち着かないんだもん」
美紗が「変じゃないよね? どこもおかしくないよね?」と自分の身体のあらゆる所を見回した。
「大丈夫‼ 可愛いよ」
美紗の肩を「落ち着いて」掴むと、『可愛い』と言われたことに照れる美紗が、
「……普通でしょ」
と顔を赤くした。やっぱり美紗は可愛い。
美紗の緊張を解す為、電車移動中も降りてからも他愛のない話をして、途中で焼き菓子の手土産をお購入し、俺の実家に到着。
美紗が、インターホンの前で大きく深呼吸をした。
平気だろうか。真琴に会って、また美紗の呼吸はおかしくなったりしないだろうか。
万が一、美紗が過呼吸を起こしてしまった場合のことを考えて、昨日の夜に土曜診療をしている最寄の内科は調べた。
大丈夫。何があっても美紗を助けられる。
「押すよ?」
インターホンのボタンに人差指を乗せると、
「うん」
覚悟を決めた美紗が、力強く返事をした。
ボタンを押すとすぐに、
「すぐに玄関開けるね」
オカンが返事をして玄関の鍵を開けた。
ドアを開けるとオカンが駆け寄ってきて、
「良く来てくれたね、美紗ちゃん。もう会ってもらえないかと思ってた。ずっと美紗ちゃんに謝りたいと思ってたの。本当にごめんなさい。私の躾が至らなかったばっかりに、美紗ちゃんに辛い思いをさせてしまった。謝ったところで簡単に赦されるなんて思ってないけど……。ごめんなさい。ごめんなさい」
美紗に頭を下げながら泣き出した。
「私の方こそ、先日は挨拶もなしに突然帰ってしまって、失礼なことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。あの、お義母さん。どうか顔を上げて頂けませんか?」
美紗がそう言っても、オカンは「ごめんなさいごめんなさい」と何度も謝りながら頭を下げ続ける。
「勇太くん、どうしよう。私、そんなつもりじゃないのに……。お義母さんに謝って欲しかったわけじゃないのに」
泣きながら謝り続けるオカンに、美紗がオロオロしながら早速俺に助けを求めた。
「オカン、とりあえず中に入ろう」
オカンの肩を摩り、「大丈夫。オカンの気持ち、美紗はちゃんと分かってるから」と家の中に入る様促すと、
「玄関で何をやってるんだ。早く美紗ちゃんを中に入れてさしあげなさい」
リビングからオトンがやって来て、オカンの二の腕を掴み、オカンを玄関から中に引き上げた。
「お父さんごめんなさい。美紗ちゃんもごめんなさい。勇太もごめんなさい」
泣きすぎてわけが分からなくなってしまったオカンが全員に頭を下げる。
「すまないねぇ、美紗ちゃん。来た早々に騒々しくて。どうぞ、中に入って」
オトンがオカンの手を引きながら苦笑いした。
「いえいえ、そんな……。あの……お邪魔します」
戸惑いながら美紗が靴を脱いだ。
泣きじゃくるオカンを支えながら4人でリビングへ。
中に入ると、ソファに座っていた真琴がこっちを見た。
美紗の顔が一気に強張る。オカンのことはオトンに任せ、俺は美紗を支えようと美紗の背中にそっと手を置いた。
「居たんだ、真琴」
緊張で硬直する美紗の代わりに、俺が真琴へ声を掛ける。
「居るでしょ。自分の家なんだから」
美紗が勇気を出して来てくれたというのに、ふてぶてしい態度の真琴にイラっとする。
「逃げて居ないもんだと思ってたわ」
美紗の為に話し易い環境を作るべきなのに、真琴に苛立って、言葉に棘が立ってしまう。
「何で私が美紗から逃げなきゃいけないのよ」
真琴にとって『美紗を避ける』という選択肢はプライドが許さなかったらしい。
「い……今、お茶用意しますね」
不穏な空気を感じ取ったオカンが、泣くのをやめてキッチンに向かった。
そんなオカンに買ってきた手土産を渡し、美紗に寄り添い、テーブルを挟んで真琴と向かい合う形でソファに座る。
小刻みに震える美紗の肩が、俺の二の腕に当たった。
美紗を初めて実家に連れて来た、あの日の光景が脳裏を過る。
「美紗、やっぱり……」
「あの、真琴ちゃん。新婚旅行のこと……本当にいいの?」
美紗の様子が心配になって、美紗に『出直そう』と言いかけた時、美紗の震える唇が動いた。
「お兄ちゃんに約束しちゃったしね。行きたいところを好きに選べばいいよ」
遠慮がちに話す美紗に、居丈高な態度を取る真琴。
真琴は、自分が言ったことを撤回するのもプライドが許さないらしい。
隣に座ったオトンに「何なんだ、その態度は」と叱られても、真琴はその振る舞いを変えようとしない。
「なんでそんな約束をしたの? 中学時代の苛めの代償?」
それでも美紗は、真琴の口から反省の言葉を引き出そうとしていた。
「美紗、中学時代に私に『どうして私を虐めるの?』って聞いたことがあったよね? 覚えてる?」
真琴は美紗の質問に答えず、逆に質問を返した。
「……うん」
美紗が、ぎゅうっとスカートを握りしめた。過去の記憶が蘇ってきたのかもしれない。美紗が恐怖に耐えていた。
大丈夫。今は俺がいる。美紗の恐怖を和らげたくて、美紗の手の上から自分の手を重ねた。
「目障りだった。美紗が。みんながどこかしらのグループに属して、自分より冴えないグループを蔑んで、イケてるグループから洩れない様に神経尖らせて立ち振る舞ってる時に、どこのグループにも入らずに、みんながしている苦労を味わうことなく本を読んでた美紗を卑怯だと思った。仲間はずれにならない様に、周りに合わせて無理矢理足並みそろえる私たちを冷めた目で見て、自分はみんなの日常とは関わらずに淡々と勉強して、成績を上げていた美紗を、セコイと思った。自分が上に居続けるには、ハブられない為には、常に自分の下に誰かが必要だった。だから美紗を選んだ。それが、苛めの理由。周りに自分の強さを誇示する為に、次第に苛めに歯止めが効かなくなっていった」
真琴によって、美紗が知りたかっただろうイジメの真相が明かされた。
「……なんだその、クソしょうもない理由」
怒りで今度は俺の手が震え出す。
「お兄ちゃんには分からないだろうね。下に誰もいない怖さは。お兄ちゃんの下には常に出来の悪い私がいたから、そんな気持ちになったことがないのよ。誰かの上にいるってことが、誰かが下にいるってことが、安心になるのよ。自分より下の存在がいれば、馬鹿にされることもないし、イジメの標的になることもない。家の中で、ずっとお兄ちゃんの下で不当に扱われてたのに、学校でまで下にいようなんて思えなかった」
日本語のはずなのに、全く理解が出来ない真琴の主張。
「不当? はぁ? オトンもオカンもちゃんと平等に俺たちを育ててくれただろうが。初めは塾だって同じ数習わせてくれてたし。途中で真琴は逃げ出したけど。被害妄想が甚だしいんだよ、真琴」
俺には真琴が、卑劣な自分を正当化しようとしているようにしか見えない。
「そうね。確かにお兄ちゃんと同じ様に育てられたわ。私とお兄ちゃんは違うのに。お兄ちゃんを基準にお兄ちゃんのレベルのものを、私もさせられてたわ。2人に同じことをさせるのは平等であっても正当じゃないわよ。お兄ちゃん、私のことを『馬鹿だ馬鹿だと思ってた』って言ってたよね? そうだよ。私はお兄ちゃんみたいに頭が良くないんだよ。そんな私にお兄ちゃんと同じことをさせて、同じ様に出来るわけがないじゃない‼ お兄ちゃんのレベルについて行けなくて、落ちこぼれれば呆れられて、諦められて。やる気の出し方さえ分からなくなった人間に、それでも『反骨精神を持って頑張れよ』って言うのは無理があるのよ‼」
真琴が、積もり積もった恨みを吐き出した。
真琴の言うことに、心当たりはある。
何をするにも俺より時間のかかっていた真琴に、『お兄ちゃんもしていたことだから』と言ってオトンもオカンも俺も、真琴のスピードに合わせようともせずに【平等】を押し付けていた。
俺たちの【平等】が真琴にとっての【不公平】になるなんて、思いもしなかったから。
真琴の性格を歪めてしまったのは、真琴を虐めに走らせてしまったのは、俺たち家族だったんだ。
真琴が頑なに謝罪することを拒む様になったり、家族に悉く反抗していたのは、真琴なりの抗議だったのかもしれない。
「家族が真琴に嫌な思いをさせていたなら謝る。申し訳なかった。でも、それでも真琴のしたことは許されない。真琴の気持ちが分からなくはないけど、苛めは犯罪だ」
真琴の気持ちを分かってあげられなかった俺らにも非はある。でも、だからと言って『じゃあ仕方がないな』などと言えるわけもない。
「……馬鹿な私にだって、苛めが悪いことだってことくらい分かってた。今でも申し訳なかったなって思ってる。美紗に謝らずに中学を卒業してしまったこと、後悔した。だからあれ以来、あんな酷いことは誰にもしていない。私なりにちゃんと反省した。お兄ちゃんが婚約者として美紗を連れて来た時、ビックリしたけど、謝るチャンスだって思った。……だけど美紗、私を見るなり顔色変えて脅えて……。謝る隙さえくれなかったし、あんな風に一方的に悪者にされたら、謝る気さえなくなるわよ。その上、私が過去にしたことを和馬にまで話した。……赦せなかった。真剣に付き合ってたのに。和馬のこと、大切に思ってたのに……」
真琴が目を真っ赤にしながら歯を食いしばった。
真琴の話に美紗は両目を見開き、口に手を当てて驚くと、
「後悔してたの? 反省してたの? 真琴ちゃん。……私、知らなくて……。真琴ちゃんに酷いことをした。ごめんなさい。どうしよう。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
黒目を左右に泳がせながら上半身を折り畳み、真琴に謝り出した。
真琴の気持ちを知るはずもない美紗は、反省し後悔していた真琴に仕返しをしてしまっていた。
「美紗ちゃんが謝る必要なんてない。反省も後悔も、相手に伝えなければしていないのと一緒だ。真琴は美紗ちゃんに1度も謝罪してないんだろう? 美紗ちゃんは何も悪くない。美紗ちゃんが真琴を怖がるのも無理もないことだ。真琴はそれだけのことをしたんだから。だから頭なんか下げないで」
オトンが美紗の肩を叩き、顔を上げる様に促した。
「でも私は……」
「言わなくていい。美紗、それは言わなくていいことだ」
おそらく和馬と温泉に行ったことを懺悔しようとしただろう美紗の言葉を遮る様に、美紗に向かって左右に首を振ると、
「でも‼」
美紗が俺を見つめ返した。
「俺も一緒にいただろ。何もなかったんだろ? 昨日も言ったよね? 反省しなくて良いことは反省しなくていいんだよ。悪いことも疚しいこともしていないなら、堂々としていればいい。変にオトンやオカンが不安がったり勘ぐったりしそうな話はしなくていいんだよ」
美紗に余計なことを話させまいと、美紗に強い視線と強めの言葉を放つ。
俺自身、美紗と和馬の間には本当に何もなかったのか、100%疑いを拭い去れてはいない。だけど、美紗を信じると決めたし、何より美紗を信じたいんだ。だって、美紗が勇気を出して俺の元に戻って来てくれたから。それは紛れもなく美紗の誠意だから。俺を好きでいてくれる気持ちは、間違いないと確信しているから。
何の話をしているのか分からないオトンは、首を傾げてはいるが、空気は読めているのだろう。首を突っ込んではこなかった。
一部始終を聞いていたオカンも、俺らの話に口を挟んでこようとはせず、用意したお茶を配り、オトンの隣に腰を掛けた。
だけど、黙っていることに抵抗がある様子の美紗は、『真琴ちゃんはどう思う?』とばかりに真琴の方を見た。
「……お兄ちゃんと結婚するってことは、お兄ちゃんが上手くやってくれたんでしょ? あの日。そうじゃないなら、私は美紗を軽蔑するし、過去の苛めの反省も一切しない」
言葉を選びながら探りを入れる真琴。美紗と和馬の温泉の件は、真琴だって引っ掛かるところだろう。だけど馬鹿なりに、怒り任せに全部を暴露してしまっては状況が悪化することは理解出来ているのだろう。
「……勇太くんが上手くやったと言うか……でも、うん。結果的にはそうかも」
和馬と何もなかったことは伝えたいが、俺のことをどう話せば良いのか悩んでいる様子の美紗は、真琴の質問の答えに四苦八苦。なぜなら俺は、特に何も上手くやっていなかったから。
「なるほど。つまり、どうこうはなっていないけど、お兄ちゃん自体はポンコツだったってこと?」
今まで散々馬鹿にされた報復とばかりに、真琴が俺に呆れた笑顔を向けた。
「イヤ。そういうわけでは……。勇太くんの存在が大きかったっていうか……」
そんな真琴に、美紗が変なフォローを入れる。
「要するに、お兄ちゃん自体は何もしてないけど、美紗的にお兄ちゃんのことが気になって戻る決意をしたってこと?」
しかし、美紗の擁護の甲斐なく、真琴にバッサリ要約されてしまった。しかも、美紗が俺に話したことをズバリ的中させていた。真琴は勉強は出来ないが、結構鋭い。
「……もう少し違う言い回しにしてくれると頷き易いんだけど……うん。そんな感じです」
俺に気を遣ってか、返事が吃る美紗。
「お兄ちゃんって昔からそうなのよね。勉強は出来るのに、他がしょぼいのよね」
真琴が俺を見ながら嘲笑った。
「オイ、話が変わってるじゃねぇか。馬鹿の特徴だよな。話が逸れていることに気付かない。あ、真琴は性根が腐ってるから、わざと逸らしたのかもな。どっち?」
真琴の態度が癇に障る為言い返すと、
「話を変えたのは私。ゴメンね、勇太くん」
真琴ではなく美紗に謝られてしまった。
「そう。私ではない」
そして真琴は勝ち誇ったかの様に笑った。
「美ー紗-。美紗が謝ると話が抉れる。どうでもいいけど、さっさと謝れよ、真琴‼ 当時の真琴の心情を加味しても、どう考えても真琴が悪い。和馬くんとのことだって、自業自得だろ。美紗を逆恨みするな。見当違いも甚だしいぞ」
今日の目的は、ウチの家族への挨拶と、真琴からの謝罪。何故俺が馬鹿にされなければならないんだ。と、話を戻す。
「分かってるよ‼ ちゃんと謝るわよ‼ じゃないと和馬、私の話を聞いてくれないから。和馬、そういう人だから」
俺が折角話の軌道修正をしたというのに、やっぱり馬鹿な真琴はおかしな方向へ向かってしまう。
「ちゃんと反省しろ‼ 和馬くんとよりを戻したいから謝るって何だよ‼ 美紗に失礼過ぎる‼ 馬鹿か。いい加減にしろ」
と真琴を窘めると、
「馬鹿なのはお兄ちゃんでしょうが‼ 和馬がちゃんと反省しない人間を受け入れるわけないでしょうが‼」
真琴が、和馬のことが前提とは言え、反省の意らしきものを見せた。そして、
「……美紗。あの時はゴメン。本当にごめんなさい。ごめんなさい」
遂に真琴が美紗に頭を下げた。
真琴の姿に、美紗は安堵したのか小さな息を吐いた。
「……真琴ちゃんはまだ、日下さんのことが好きなんだよね? 私、日下に話しておくよ。真琴ちゃんが謝ってくれた。反省してるって」
涙目になりながらニッコリ笑う美紗。
「やめて。金輪際、和馬に関わらないで。美紗はお兄ちゃんのお嫁さんになるんでしょ。他の男に近付かないで」
美紗の言葉に、真琴が下げていた頭を振り上げた。
「……え。あ、そうだよね。ごめんね。私なんかが出しゃばることじゃなかったね。ねぇ真琴ちゃん。私、今日真琴ちゃんに謝ってもらえて嬉しかった。だから、やっぱり新婚旅行のプレゼントはいらないよ。そこまでしなくていい」
真琴への善意が余計なことだった事態にショックを受けながらも、真琴を赦す気になれただろう美紗は、真琴の善意だけを受け取り、真琴からのプレゼントを辞退した。
「いいよ。寛大な人ぶらなくて。赦せるわけないじゃない。私、美紗を3年間も苛め抜いたんだよ? 『ごめんなさい』の一言で済むわけないじゃない。今の私にはこれ以上のお詫びは考え付かない。他に何かして欲しいことがあるなら聞くけど、無いなら受け取って」
しかし、真琴は引かなかった。真琴の謝罪の気持ちは本物なのだろう。
「他にって。急に言われても……」
『どうしよう』と美紗が俺の顔を見た。
「真琴がそう言ってるんだから、受け取ってやろうよ、ね?」
と美紗の肩を摩るも、
「でも……」
美紗はやはり、高額のプレゼントを貰うのに気が引けるのだろう。今度は俺のオトンとオカンに助けを求める様な視線を飛ばした。
美紗の様子に気付いたオトンが、
「遠慮なんかしなくていいし、すべきでない。これで勘弁して下さいとは言わない。美紗ちゃんの苦痛はこんなものでチャラになる様なものじゃない。だけど、真琴の反省している気持ちはどうか認め欲しい。そして、私たちも謝りたい。真琴の親として、何も気付かず真琴を注意することさえせずに、美紗ちゃんを苦しめ続けてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」
美紗に真琴のプレゼントを受け取る様に促すと、深々を頭を下げた。そんなオトンの隣でオカンも「ごめんなさいごめんなさい」と上半身を折り畳む。
「顔を上げてください‼ 今日は結婚のご挨拶をしにお邪魔したのに、何かおかしなことになってる‼ どうしよう、勇太くん‼」
オトンとオカンの前で「やめてください‼ やめてください‼」と両手を振ると、『どうにかして』とばかりに俺の名前を呼ぶ美紗。
「だから、新婚旅行は真琴に奢ってもらおうって。それでこの場は収まるんだから」
『美紗が引けばいいの』と美紗の頭を撫でると、
「……じゃあ、プランは真琴ちゃんが練って。真琴ちゃん、プロでしょ? 真琴ちゃんにプランニングして欲しい」
美紗が真琴に美紗らしい提案をした。
美紗は、【おねだり】という行為をすることによって、『気を赦しています』ということを示したかったのだろう。
こういう気遣いが出来る美紗を、愛おしいなと思う。
「いいよ。頭は悪いけど、旅行に関してだけは美紗より詳しいし、知識もあると思うから。……じゃあ私、そろそろ仕事に行くわ」
美紗に笑い返し、オカンが用意したお茶を啜ると、ポーチからグロスを取出し唇をテカテカにする真琴。
「そのグロス、廃盤になっちゃったよね」
入念にグロスを塗りたくる真琴を見ながら何の気なしに話した美紗の言葉に、
「嘘でしょ⁉ もう売ってないの⁉ 買い溜めしとけば良かった」
真琴が身を乗り出し、美紗に顔を近付けて驚愕した。どうやら真琴のお気に入りのグロスだったらしい。
「私、まだ売ってるところ知ってるから、買い占めておくよ。色、3番だよね?」
至近距離にある真琴の顔に驚きながらも、真琴に笑顔で答える美紗。
こんなにも近くに真琴がいるというのに、美紗の呼吸は乱れなかった。
美紗が少しずつ真琴に心を開いてくれている様で嬉しい。
「そう‼ 3番‼ でも、自分で買いに行くからいいよ。後で店の名前と住所、LINEしといて。私、まじでもう行かないと遅刻する」
床に転がしていた鞄を掴み、立ち上がる真琴の腕を、
「私、真琴ちゃんのID知らない」
『待って』と美紗が掴んだ。
「お兄ちゃんに聞けばいいでしょうが。急いでるって言ってるでしょうが‼」
と美紗の手を払う真琴。
「……いいの? 聞いても」
真琴とID交換する展開になるとは思っていなかっただろう美紗は、ビックリしつつも嬉しそうに真琴に聞き返した。
「じゃあ、どうやって店の情報を得たらいいの? 念力? 無理だし。お兄ちゃん経由ってのもまどろっこしいし。お兄ちゃん、メイクについては無知だから、間違って伝えてきそうだし。ていうか、家族グループに美紗を招待しておいてよ、お兄ちゃん。ってことでもういいでしょ? 本当に遅れたらどうしてくれるのよ‼ 行ってきます‼」
言うだけ言って勢いよくリビングを飛び出して行った真琴。
「い……行ってらっしゃい‼ お仕事頑張って‼」
ドアが閉まる前に真琴に手を振った美紗が、「家族グループに招待してもらえるんだ」と呟きながら微笑んだ。
「普通にするよ。家族だし」
ポケットからスマホを取出し、早速美紗を【佐藤家】のグループに招待すると、美紗も鞄からスマホを出し、
「宜しくお願いします」
と言いながら、【佐藤家】のグループに自分のIDが加わった画面をオトンとオカンに見せた。
「こちらこそ。ようこそ美紗ちゃん。家族になってくれてありがとう」
美紗のスマホを覗き込みながら涙するオカン。
そんなオカンの隣で「美紗ちゃん用に可愛いスタンプ買おうかな」と言っているオトンが、じわじわ面白い。
LINEの話や、結婚の話で盛り上がり、暫くして実家を後にすることに。
時刻はAM11:00。
お昼ご飯には早いし、これからどうしようかなと考えていると、
「今日、これから時間あるし、真琴ちゃんのグロス買いに行かない? 真琴ちゃんが買いに行った時に売り切れてたら可哀想だし。今のうちにあるだけ買っておこうよ」
美紗が買い物デートの提案をした。
「優しいねー、美紗は。真琴なんかの為に。でも、予定もないし行こっか」
美紗と街をブラブラするのもいいなと思い、美紗の手を取ると、
「うん‼」
嬉しそう返事をした美紗が、俺の手を握り返した。
電車に乗って、真琴愛用の廃盤になったグロスが売っているという化粧品店へ。
店頭にあった5本全てを買い占める美紗。
2番も3番も似た様な色に見える為、「2番も買っておけば?」と美紗に2番のグロスを手渡すが、「色が違うでしょ」と元の位置に戻された。「ほぼ同じ色じゃん」と言うと、「違うから番号が違うんだよ」と美紗に当たり前の返事をされた。男から見たら変わりのない色も、女の目から見たら『違う』らしい。女って難しい。そんな、苛めっ子と苛められっ子の女2人の仲が少し深まった今日は、きっとミラクルな日なのだろう。
無事、真琴のグロスを確保すると、12:00を過ぎていた。
ランチをすべく、近くにあったカフェに入ることに。
オーダーを済ませ、料理が来るまでの間、美紗はさっき買ったグロスを取り出しながら「真琴ちゃん、喜んでくれるかな」と顔を綻ばせていた。
優しい美紗の笑顔を、ずっと見ていたいなと思った。
「……真琴のことも一段落したし、あとは小田さんだね」
頬杖をつき、何か良案はないものかと思考を巡らせる。
「……私、思うんだけどさ。岡本さんって小田ちゃんのことが好きなんじゃないかと思うの」
美紗が、頭を捻る俺に突拍子もないことを言い出した。
「それはない。だってアイツ、俺と小田さんをくっつけようとしてたし」
「私、今まで漫画の中だけの話だと思ってたんだけど、少女マンガ男子って実在するのかもと思って」
美紗の話はもう、突拍子どころかわけが分からない。
「ごめん美紗。ちょっと何を言ってるか分からない」
「少女マンガに出てくる当て馬男子って、相手が自分に気がないと分かるとスーッと引いて、逆に相手の恋を応援し出したりするんだよ。日下さんもそうだったんだけど。だって岡本さん、タイミング良すぎると思わない? 小田ちゃんが困った時は必ず岡本さんが登場するでしょ?」
人差し指を突き立て『少女マンガ男子とは』の説明をする美紗。
美紗の言うことには思い当たる節がある。
そう言われてみれば、岡本はいつも小田さんの味方をしていた。小田さんの為に怒ったり、小田さんの為に美紗を悪く言ってみたり。確かに岡本は、小田さんの置かれている状態を一早く察知していた。
「岡本が……小田さんを……」
だとしたら……。
「美紗、ランチ食い終わったら、真琴の店にそのグロス届けに行こっか。ちょっと思いついたことがあってさ。俺、『嘘は懲り懲り』って言ったけどさ、岡本を巻き込んで、真琴に協力させつつ、大ホラかましたいんだけど」
ふいに思いついた大嘘計画。
「真琴ちゃんにグロスを届けるのはもちろんいいけど……何する気なの? 勇太くん」
美紗が眉間に深い皺を作った。
美紗に俺が考えた計画を話すと、
「大丈夫? 勇太くん。上手に嘘吐ける?」
美紗が不安を露わにした。
「そこは美紗がこの土日で指南してよ。美紗、嘘吐くの上手いじゃん」
美紗に「ね、お願い」両手を合わせると、
「言い方が酷い。とりあえず今日帰ったら練習しようか」
美紗が唇を尖らせながらも頷いた。
「よし‼ そうと決まればさっさと食って真琴の店に行こう‼」
「うん‼」
月曜日、俺らの企てた嘘八百計画は成功するのだろうか。
コメント
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読んだよ……第20話、めちゃくちゃ良かったわ。 真琴がようやく謝ったシーン、マジでじーんときたね。あの「謝るチャンスだと思った」って本音、真琴なりにちゃんと後悔してたんだなって伝わってきてさ。美紗が「グロス買い占めに行こう」って提案するところも、優しすぎるだろ……泣ける。 それにしても、真琴の「お兄ちゃんと同じことをさせられるのが平等じゃなかった」って主張、結構重かった。家族の在り方って難しいなって考えさせられたわ。 最後の「大嘘計画」、なにやら面白くなりそうでワクワクする🔥 続き、楽しみにしてる!